第26話 初めての城下 2

 石畳が敷き詰められた緩やかな坂道を下ること凡そ10分、レーアと翔太は今日の目的地である城下の街に到着した。


「何というか。絵に描いたような中世の街並みだよな」


 お城の印象から何となくは予想していたが、ナの国の城下は、まさしく中世の中欧から東欧を思わせる建物が立ち並ぶ街並みだった。

 当然ながら景観を乱すビルのような建物は一切なく、石造りな基礎漆喰と思しき白壁の建物が街道沿いに軒を連ねる景観は美しいの一言に尽きる。

 まるで絵葉書のようだと称しても異論を唱える者はいないだろう、翔太自身別段旅好きでも何でもないが、見ているだけで心が癒され訪れてみたくなる。実にそんな風景だ。


『翔太さまの仰りかただと、向こうの世界にナの国の城下とよく似た町があるのですか?』


 絵に描いたようなの言葉で既視感があると解釈したのだろう。頭の中でクリスが尋ねてきた。


「画や話で見聞きした程度だから詳しい地名までは分からないけど、ドイツかスイスのどこかの町がよく似ていたと思う」


 続く田舎町という言葉には口を紡ぐ。たとえ事実だとしても言ってはいけないセリフもあるのだ。


「ふ~ん、そうなんだ。でも美しさだったらナの国の城下のほうが上でしょう?」


「そうだな。見比べたら全員ではないにせよ、大多数の人はそう答えるだろうな」

 

 見ている分には間違いなく、無粋なビルなどの類が一切ないナの国の城下のほうがキレイだろう。

 もっともココに住みたいか? と問われれば、答えは微妙ではあるが。

 美しさについては太鼓判を押せるが、便利さについては疑問符を付けなばなるまい。

 おそらくというより確実に電気ガスといったライフラインはあろう筈もなく、水道だってあるかどうか怪しいだろう。

 そもそも〝古都〟なんて名の付くところは景観保持のために規制が多く、大なり小なり住民に我慢を強いるところがある。

 その古都が保存地区などではなく、内外共に〝本物〟ならどうなるのか? 我慢を通り越して不便一択であろうことは容易に想像できる。

 そんな翔太の内心など知らず、言葉の表面だけを捉えたレーアが気を良くして「そうでしょ、そうでしょ」と胸を張る。


「人通りも多くて賑やかでしょう。周辺の国々の中でも我がナの国の都が、いちばん人の往来も盛んで活気溢れる賑やかな街なのよ」


 自信たっぷりに街道を指さして「どうよ」ととばかりにドヤ顔を作るが、翔太からすれば対応に困ることひとしお。

 確かに人の往来は多くそれなりの賑わいはあるのだろう。時おり荷を満載にした馬車もすれ違うことから、物資の集積地であることも間違いなさそうだ。

 けど、これはなあ……


「この道は城下のメインストリートなのか?」


「そうよ。この道は城下の門を超えて隣国へとつながる、ナの国いちばんの街道よ」


『ゆえにこの街道は他の道とは違って、城下のみならず城門を超えて国境に至るまで石畳が敷き詰められています。これだけ整備された道はそうそうございませんとも』


 翔太の問いにレーアのみならずクリスも自慢げに応える。

 2人の言葉通り街道には石畳が敷き詰められており、雨が降ってもぬかるむことはない。道幅も他の路地に比べて倍近い広さがあるので、馬車のすれ違いの難なくこなせそうだ。

 だが翔太からすれば「それがどうした?」のレベル。日本なら例え地方の農村でも国道や県道の舗装は当たり前、地方でもちょっとメジャーな観光地ならそれこそ人波で溢れているのだ。

 比較するレベルですらない。


「せっかくなら、いちばん賑わっている、街の中心地に連れていってくれ」


 中心地なら違うかもしれない。敢えて注釈をつけて頼んでみると「もちろん、そのつもりよ」とレーアが腰に手をやる。

 

「今日は市のある日だから、広場にたくさんのお店が出ているわ。ナの国の繁栄ぶりを自分の目でよく見ることね」 


 そう言って翔太の腕を掴むと「ホラ、急いで」と繁華街に向かおうとする。


「分かったから、手を離せ」


 行くのは吝かではないのだが、腕を掴んでは勘弁してもらいたいが、レーアは「ダメよ」と断固拒否をした。


「迷子になったら困るでしょ」


「オレはガキか!」


 はじめての場所で不案内とはいえ子ども扱いをするなと憤るが、レーアは「似たようなモノでしょ」と聞く耳を持たない。


「とにかく急がないとダメなのよ」


 そう言って翔太を急かすが「そうは言っても」こちらにも事情がある。

 何せ召喚時に押し込まれたのが、侍女であるクリスの身体なのである。如何せん履き慣れないスカート姿なうえに心理的な女装からくる恥ずかしさも相まって、いきおい歩幅は狭くなり足どりは遅く結果として鈍足になってしまうのだ。


「外縁部とはいえ、もう街中に入ったんだろう? 街並みだって見てみたいし、ゆっくりでも良いじゃないか」


 焦る必要はないのだと諭すのだが、レーアが翔太の提案に耳を傾けることはない。秒で「とんでもない」と拒否され「早く。早く」と腕を掴まれたまま引きずられる。 


「だから、何でそんなに焦るんだよ?」


 また始まろうとする堂々巡りに飽きたのか『ああ、それはですね』とクリスが2人の間に割ってきた。


『姫さまが早く行こうと焦る理由は、市に出ている屋台で食べ歩きをするためです』


 まさかの買い食い! 


「何? その、くだらない理由」


 王女にあるまじきショボい理由と呆れる翔太に、レーアが「くだらなくなんかない!」と悲痛な叫びを返す。


「屋台のお店は朝早くから出ているわ。今はもうお昼を過ぎているんだから、早く行かないと美味しいものは売り切れてしまうのよ!」


 まるで限定品に並ぶ女子のような魂の叫び。

 美味しいものは早くに売り切れてしまう理屈は分かるのだが、レーアの身分でそんなことを気にする必要があるのだろうか?


「だったら、その美味しいと評判の店を〝城内に出店〟させりゃ良いんじゃないの?」


 領主の権力をもってすれば造作もないことだし、セキュリティー的にもそのほうが断然安心だろう。

 ナイスアイデアというか当然と思える案にもかかわらず、クリスに『ムリです』と一蹴されてしまった。


『そもそも頻繁に城から脱走する姫さまが、評判の屋台を1店や2店くらい招へいしたところで満足するとは思えません』


「当然よ。屋台ってのは〝食べ歩く〟ことに意義があるのよ」


 城内に招へいでは食べ歩きの醍醐味を味わえないのだと力説する。


「だから悠長にしているヒマなんてないの!」


 もはや一刻の猶予もないとばかりに掴んだ腕を引っ張る。

 理屈は分かるが迷惑な話だ。


『そういう訳で諦めてください』


 身体の支配権が翔太でなければ両肩をすぼめていただろう。お付きのクリスはとうに匙を投げており、クリスと2心同体で彼女と付き合わざる得ない翔太もガックリとうな垂れる。


「分かった。かんしゃくを起こされる前にさっさと行こう」


 人間諦めたほうがラク。

 かくして訪れた市の出ている広場は、なるほど確かに人通りが多かった。

 といっても翔太の目から見れば近所の小規模なスーパーマーケットくらいの人出だが、レーアの言葉通り多くの屋台が広場を囲うように店を構えている。

 出店の大半は行商人だろうか。荷車がそのまま店という感じで、織物から日用雑貨に食材まで、ありとあらゆるものが無秩序に陳列されていた。

 翔太の観点だと駐車場で屋台市が開かれている感じのショボいバザールだが、レーアは「これよコレ、これこそが市の醍醐味よ」とぐるりを見回しながら目を輝かす。


「ヨシ! ここにしよう!」


 さらには2秒とかからず突撃する。しかも「串2本ね」と、いつの間にやらオーダーまでもこなしているから開いた口が塞がらない。


「早い。しかも手馴れている」


『姫さまの行動力は時おりわたしたちの理解の限度を超えることがあります』


 そんな散々な評価を下しているとはつゆ知らず、レーアが得意満面の笑顔を貼りつけ戦利品を片手に凱旋してきた。

 曰く「翔太にこの世界の美味しいものを下賜してあげるわ」とのこと。


「屋台のB級グルメがか?」


 見た感じ豚か牛の串焼き。コンビニの総菜カウンターで1本200円くらいで売っいそうな代物である。

 どうせならお城で出される料理を食わせろと思うのだが「下々の食べるモノでもナの国の料理は絶品なのよ」と鼻高々。


「まあ、そこまで言うのなら」


 串肉を頬張ろうとした瞬間。


「やはり、ここに居ましたか」


 背後から威圧的な声。

 声のするほうに向きなおると、デーディリヒの乗る機動甲冑ドロールが、買い物客の波をかき分けるようにしながらレーアに近づいてきていた。

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