第25話 はじめての城下
侍女が傍に付いているとはいえ、仮にも一国の王女が護衛も付けずに城を抜け出せるものなのか?
翔太が当初持っていた率直な疑問は、実にあっさりと覆された。
「それじゃ、行ってくるわね」
「はい。お気をつけて」
城門でレーアは門兵相手ににこやかに手を振り、門兵は門兵で引き留めることもなく出立させたのである。
ザルどころかまったく機能していないセキュリティーチェックに、翔太の口はあんぐりと開いた。
「こんなので良いのか? 碌なチェックもないうえに理由すら訊かないで、王女をこんなカンタンに城下に出しても」
言外に「事故や事件に巻き込まれたら」と匂わせたのだが、レーアはまるで気にする様子もない。二つ返事で「大丈夫よ、大丈夫」とかぶりを振って翔太の疑問に答える。
「城下にはちょくちょく出かけているからね。以前は裏口からこっそり出ていたんだけど、今はもうバレちゃったから城門から堂々と出発してるわよ」
胸を張って堂々と答えるが、多分それは隠れて城から脱走するレーアに家臣たちが匙を投げたんだと思う。
「裏口から隠れて脱走されるくらいだったら、いっそのこと正門から送り出したほうが安心したんだろうな」
みんな大変だったのだろう、苦労の跡が見え隠れする。
それが証拠に何気に呟いた翔太のセリフに、クリスが『ご明察です、翔太さま』と食い気味に反応したほど。
『姫さまは子供のころから大そう活動的で、隙あらば城から抜け出して街中を探検なさっていたのです』
侍女だけあって言葉を選んでいるが、意訳すれば〝レーアはガキの頃からお転婆で、隙あらば城を脱走して街中を徘徊していた〟ということである。
「自由奔放な姫を相手して……みんなホントに、大変だったんだな」
関わった臣下たちを同情するような言葉をかけると、悪意は秒速で伝わるのか「今、ロクでもないことを考えていたでしょう?」とジト目でレーアに睨まれる。
「そこは議論の余地があるが、今するべきことじゃないから、その話は後にしよう」
レーアの傍若無人には閉口するし、臣下たちには同情するが、既に身に付いた性根がちょっとやそっとで改善するモノでもない。
「それよりも、何故この格好で城下に繰り出す必要があるんだ?」
ふわりと膨らんだスカートの裾を摘まみ、辟易しながら翔太が尋ねる。
いくらクリスの身体を借用しているとはいえ翔太はれっきとした男、メンタル的にスカート着用は厳しい。外を出歩くのであれば、こんなフリフリのワンピース姿ではなく、せめてパンツスタイルにしてほしかった。
しかしレーアの口から出た言葉は「もちろん、必要があるからよ」との無慈悲なモノ。
「クリスはわたしの供回りよ。当然だけど護衛も兼ねているのだから、〝丸腰〟で同行なんてあり得ないから」
『万が一のための武具として、短刀をわたしの右足に括りつけてあります。スカート姿なのは物騒な代物を隠すためです』
レーアとクリスの説明に促されるようにスカートを捲ってみると、右足の太ももにホルスターが巻かれており、中に刃渡り20センチほどの短刀が装着されていた。
「うわっ、物騒」
つい言葉に出してしまったが、彼女らの立場を考えれば武器を隠して持ち歩くのはむしろ当然のこと。
『お忍びでの供回りという性格上、これ見よがしに持つわけにはいきませんので』
クリスの説明は誇張でもなんでもないだろう、それらの理由を鑑みるに、これ以上スカート姿にゴネることも出来そうにもない。
不承不承ながらも翔太は服装の不満を引っ込めることにした。
「それで、城下町に下たら何を見せてくれるんだ?」
己の気を衣装から逸らす意味も兼ねて、町では何をするのか本題を尋ねると、小走り気味だったレーアの足がピタリと止まる。
「そーね……」
拳に顎を乗せ眉間に皺を寄せて考えること十数秒。
「特に考えてないわ」
「おい!」
まさかのノープランに翔太は思わずツッコんだ。
「あるだろ! ふつうは? 国が栄えるさまをオレに見せつけて得々と自慢するとか、第三者の目からの視点で問題改善の手がかりを得るきっかけにするとか、相応の理由ってヤツが」
他人様に見せるのなら、そのどちらかになるはずだと翔太は断言する。
しかし、レーアからの返答は「それは、その内ね」という曖昧なモノ。
「そりゃまた、どうして?」
拍子抜けする翔太に「当然でしょう」と、少しばかり呆れが混じったた声。
「わたしがナの国のことを自慢するならともかく、ちょっと城下を覗いたくらいで翔太がナの国にある問題を指摘できるの?」
鋭い指摘に「うっ!」と言い淀む。
「自分の国だから愛着はあるし自慢はしたいけど、自慢のポイントがアンタの国に負けていたら道化でしょう?」
「そうなったら、確かにキツイよな」
「そうでしょう」
イキがってさんざん自慢したら、実は自分のほうが負けていた。実際にやらかしたら恥ずかしいし情けない、レーアはその愚を冒したくないと言っている。
ふだんの行動からは想像もつかないような賢明な判断である。
レーアの賢明はそれだけに留まらない。
「当然だけど、その逆も然りよね。愛着があるとはいえナの国にだって問題はあるし、他の国より劣っている部分もあるとは思う。だからって、それを翔太が一発で言い当てることができるの?」
己が国に問題点はあると認めつつ、だからといって直ぐに見つけられるものでもないと語ったのである。
「なるほど、道理だ」
言われてみればもっともな理屈。
レーアの意見に異を唱えることもなく素直に頷いた。
「つまらないことを考えるよりも、せっかく異世界に来たんだし可愛いガイドも付いているんだから、異文化を素直に楽しんだほうが賢明だよな」
するとどういうことか、レーアのうなじが見る間に真っ赤に染まる。
「言うに事欠いて、失礼なことを口走らないでよ!」
「え、えーっ!」
何故に怒られる。
「とにかく、先ずは色眼鏡なしに城下を堪能しなさい!」
早口でまくし立てると、ロクに返事も聞かずにレーアが足取りも荒くズンズンと先行する。
「おい、待てよ! 城下を堪能しろと言いながらオレを置いてきぼりにするな!」
こちとら完全ビギナーなんだぞ。
堪能する以前にガイドがいなきゃ、道の1本も知らないのに迷子になってしまうだろうが。
ほとほと困った翔太に追い打ちをかけるように、クリスの『あ~あ』という呆れ声が響き渡る。
『恋愛というか色恋沙汰に免疫のない姫さまに、あんなことを言うからですよ』
クリスがやんわりと翔太の発言を咎めるが、当の本人は「あんなことって何だよ?」と謂れのない非難に困惑して首を捻るだけ。
その反応に『はあ~』とクリスが深いため息をつく。
『翔太さまもご同類ですか……姫さまに悪い虫がつかなくてよかったと思うべきか、野暮天を相手にご苦労なのか判断に悩むところですよね』
「クリスさんや。何気にオレをディスってやしまいか?」
『はて、何のことでしょう?』
残念ながらこの攻防に決着がつくことはなかった。
「アンタたち。傍から見たら1人でブツブツ唸るヘンな人にしか見えないわよ」
頭を冷やして戻ってきたレーアに呆れられるという、何じゃソレ? というグダグダな結末を迎えてしまったのであった。
とにもかくにも3人の(傍から見たら2人の)城下町での珍道中が始まったのであった。
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