第24話 王女さまの画策 3


 次にナの国に召喚した時、自由に動ける方法を考えてみる。

 先日、五月雨のようにばらばらと召喚させられた際に、いいかげんキレた翔太にレーアが迷惑をかけた詫びのような形で語ったのだが……


「そんな上手い方法があるのかね?」


 翔太の正直な感想は安直過ぎるというか、さすがにムリだろうであった。

 まあ精々がところ、郊外の演習でもあるときに、わざと単独行動するくらいなものだろう。

 もっとも冷静に考えれば、それも成功するかどうか怪しいモノ。

 あんなのと言ったらなんだが、レーアは仮にも一国の王女である。VIP人物が護衛も付けずに単独行動なんて、そんな大胆な行動ができるとは思えない。

 まあ話半分のさらに半分で考えておこう。

 そんな感じで期待も記憶もしていなかったのだが、レーアは予想もつかない方法で約束を実行したのであった。




 夜、布団に入って眠りに就いたら、次の瞬間ナの国で機動甲冑の躯体として目が覚める。 

 1週間くらい前から唐突に始まった就寝後の異世界召喚は、感覚的にはVRを装着してゲーム画面にログインするようか感じだろうか? 

 ゲームとの違いは召喚に翔太の意思はなく、半ばというか完全にレーアの都合が優先されること。ぶっちゃけ、レーアからのお呼びが無ければ、ぐっすり眠って翌朝ふつうに目覚めるだけ。

 今日も今日とて目覚めたら、既視感たっぷりなレーアの居室だった。


「王女だからって再々機動甲冑を部屋に持ち込むのは、いくら何でもフリーダム過ぎやしないか?」


 いくらレーア用にと買い与えられたにしても、ウィントレスはれっきとした〝兵器〟である。それを気軽にポンポン部屋に持ち込んでよいのかと苦言を呈したら「ん。成功ね」と、全くかみ合わない返事。何をどうしたらそんな会話になるのか、聞く耳を持とうとする以前の態度に翔太も語気を荒げる。


「おい。オレの話を聞いているのか!」


 キレて怒鳴ったのに、声が妙に可愛い。

 小バカにするような口調で「聞いているよ」と言われても説得力は皆無。

 しかも妙にニヤニヤしながら「いいかげん、気付かない?」と翔太の額を指先で突く始末。

 ふざけるのもたいがいにしろよと振り払うと「ホント、鈍いわね」と呆れながら手鏡をひょいと渡す。


「そんなもん見せてどうしろと、って。ええええええ!」


 ベタに大声をあげてしまったがムリもない。

 鏡の中にはいつも憑依する武骨なウィントレスの姿はなく、代わりに口を半開きにマヌケな表情を晒すクリスの姿があったのだからビックリもするというもの。


「これはいったい……どうなっているんだ!」


「どうもこうも見ての通り。ウィントレスで街中に出ていくのは難しいから、召喚先にクリスの身体を使ってみた訳」


 腕をむんすと持ち上げて「わたしって天才」とかほざいているが、どう考えても頭がおかしいしムチャクチャだ。

 反射的に「バカか、オマエ」と口走ったのも無理からぬ。


「オレを街中に連れ出す理由だけで、侍女の身体を差し出さすとか何考えているんだ?」


 機動甲冑のような武具ならともかく、レーアが使ったのは生身の人間なのだ。しかも翔太がウィントレスに召喚されたのは偶然なのに対して、今度の事象は明らかに意図的。

 にもかかわらず。


「あら、クリスの身体じゃご不満? 彼女、けっこう美人だと思うけど」


 またしても明後日の方向に訊いてくる始末で、一向に話しがかみ合う気配がない。


「そういう問題じゃないだろう!」


 業を煮やして声を荒げれば「まあ美人かどうかは、ついでみたいなモノなんだけど」と前置きし、翔太のというかクリスの身体の正面にレーアがどっかと座り込んだ。


「まあ、お聞きなさいよ」


 微妙にイラっとさせる物言いだが、事情を説明をする気はあるようなので「聞いてやろうじゃないか」と顎をぎいと突き出して買い言葉で返す。


「さっきも言った通り、わたしはアンタに練兵場だけじゃなく、この国のすべてを見せたいのよ。多分……いいえきっと、わたしたちと違う視点から見たら、このナの国を今よりも良くするヒントを得られるかも知れないでしょう」

 

 意外や意外にまともな答え。柄ではないと言ったら失礼だが、レーアの国を良くしようという姿勢に、思わず「ほー」と唸ってしまった。


「オレの見識が役に立つとは思わないけど、国のことを第一に考えるのはさすが王女さまだな」


「な、何をいきなり! そ、そ、そ、そんなのは、施政者として当然のことでしょう!」


 心意気を褒めたら顔を真っ赤にしてレーアが焦るが、施政者って、アンタまだ何の実権もないだろう。

 ツッコミたいのは山々だが、それをするとまた振出しに戻りそうなので自重する。それにいちばん大事なことを訊く必要があるし。


「心がけは立派だとは思うけど、そのため〝だけ〟に大切な侍女を犠牲にするのは施政者として許されるのか?」


 どストレートな翔太の質問が想定外だったのだろう、レーアがキョトンとした表情で目を丸くした。

 直後意味を理解したのか「なんだ、そんなこと」と急にケタケタと笑いだす。


「笑ってごまかすな!」


 クリスの可愛らしい声で翔太が怒鳴ると、酷使した腹筋を労わるようにゼーゼーと荒い息を吐きながら「ごまかすも何も……」とレーアが掌を左右に振る。


「このわたしが大事な侍女を犠牲にする訳がないでしょう」


「しかし、現にオレにこの身体を……」


 言いかけた途端、翔太の頭に『早合点もほどほどにしてください』と窘める声が響く。


『しばらくの間お貸しするだけです。妙な誤解はしないでくださいね』


 語り終えるや否や、身体が翔太の意に反して勝手に動きだす。


「えっ、あっ、ちょっ、何だよコレ?」


 焦る翔太にまたしても『落ち着いて』とクリスの声が響く。


『先ほど言いましたでしょう、姫さまといっしょに城下へ下るために〝貸しているだけ〟だと。元々わたしの身体ですから、その気になれば翔太さまの意思に関係なく自在に動かせますとも』


 体が勝手に「エッヘン」と胸を張る。

 と、それでなくても存在を主張していた胸がそれ以上に強調される。

 凶悪な存在を前にして目のやり場に困るのだが、身体を共有している手前視線を逸らすことができない。いや、男としては服越しではなく直で見てみたいのだが、そこは社会的常識というかなけなしの道徳心が「待った」をかけていた。

 のだが……

 翔太の葛藤に目ざとく気付いたレーアが、何かを思い付いたようにニタリといやらしい笑みを浮かべる。


「ふ~ん。クリスの胸が気になるなんて、やっぱり翔太も男の子なのね」


「バカ野郎! そういうことは分かっていても口にしないのが大人のマナーだろう!」


 いきなりの暴露に狼狽える翔太をレーアが「それはムリな相談ね」とさらに追い立てる。


「だってこれから城下に向かうのよ。これ見よがしに王女がってわけにはいかないから、わたしもクリスも目立たないよう町娘の格好に着替えるんだもの」


 ケロリと答え、トドメとばかりに「着替えの際にクリスの裸が見れるわよ」と煽る始末。

 というか〝裸〟というワードが罪作り。これで想像をするなというほうがむしろ拷問。


「興味がないと言ったらウソになるけど……いや、しかしだな、男として出羽亀みたいなことは許されない! でも考えたら今のオレは女か? ていうかクリス本人の意識も同居しているし……てかオレのほうが間借りしているんだっけ?」


 翔太の中で理性と煩悩がまるでハルマゲドンのように争う中、ぶつぶつと悩んでいた声を間近(というより直接)聞いていたクリスから『わたしに興味を持っていただいたのは光栄ですけど、残念ながら翔太さまに肌を晒すのはまたの機会ですね』と言われる。


「何せ既に町娘の格好に着替えていますから」


 勝手に口が開き着替え済みだと宣言される。

 さらには間髪入れずに「わたしも着替えていたんだけど、全然気づいていなかったみたいね」とレーアからも注釈が入り、2人にからかわれていたことが判明

 よくよく見ればレーアはいつものドレスよりも明らかに地味な恰好。クリスも黒を基調とした侍女服ではなく、落ち着いた色彩ながらも要所に赤の入ったワンピースと、言われて見れば服装がまるで違う。


「良くも男の純情を踏みにじってくれたな!」


 クスクス笑うレーアに凄んでみせたが「騙されたアンタが悪いのよ」と悪びれる様子は一切なし。


『拗ねてないで出発しますわよ』


 クリスはさらに容赦なかった。

 

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