第23話 王女さまの画策 2
「また機動甲冑を、姫さまのお部屋に持ち込むのですか?」
翔太の異世界転移の謎を探ろうと、思い立った翌日。
武器庫からウィントレスを運び込む際、運び手の家臣に「またか」と呆れられた。
「これも機動甲冑を良く知る研究のためよ」
レーアは本心から転移の謎を探求をしたいと語っているのだが、いかんせん意味不明な現象な上にレーア自身がクリス以外に事実を伏せている。
つまるところ誰も本来の意味を知る由もなく、前述の「またか」に繋がるのである。
加えて機動甲冑は最新鋭の兵器ではあるが、世の認知がまだ低いうえに乗り手がレーアということもあってか、家臣たちからは〝王女のおもちゃ〟という扱いでしかない。
「これって酷い偏見よね。わたしは真剣に機動甲冑の扱いに長けたいだけなのに、」
持ち込まれたウィントレスの躯体を撫でながらレーアがぼやくと、クリスから「姫さまが無頓着すぎるからですよ」と窘められた。
「こんな血生臭い武具を理由も述べずにお部屋に持ち込む。家臣たちからしてみれば〝王女の気まぐれに付き合わされている〟と考えるのも当然でございましょう?」
ぐうの音も出ないほどの正論、反論のひとつもできやしない。
「じゃあ、どうしたら良いの?」
半ばやけくそで訊けば「無視をしたらよろしいのでは?」と、予想の斜め下をいく答えが返ってきた。
「そもそもが翔太さまがこの世界に呼ばれるという、理解の範囲外にあることの理を探求するのです。説明などしたって理解不能ですし、そもそもが説明もご法度な内密の事がら。ならば無視をして放置するのが最善の策だと思いますが?」
そんなことに気を煩わすなとの助言。
「家臣たちの目が気になるのであれば、武器庫でコソコソやれば問題も解消しますが、いかがなされます?」
「それは勘弁かな」
クリスの出した提案に手を振って拒否をする。
最初の頃こそ機動甲冑の物珍しさもあってかすんなりと入室したが、明り取りの窓さえなくかび臭い臭いがこもる武器庫はゴメン願いたい。
「ならば家臣たちの奇人を見る目は甘んじて受けるべきです」
「納得はするけど、いまいち釈然としないわね」
「愚民には分からない。そう思うしかありませんね」
「わたし、そこまで傲慢じゃないわよ」
「そうですね。傍若無人なだけでしたね」
「何か言った?」
「いえ、何も」
とか何とか非生産的な押し問答の末、やっとウィントレスを交えての実証ができるようになったのがその日のお昼過ぎ。
とはいっても何か特別な実験方法を思い付いたわけではない。起動すれば翔太お意識を召喚できるのかを確かめるだけだ。
「では、起動させるぞ」
ハッチを開けてレーアはウィントレスに乗り込むと、神妙な顔つきでクリスに機動甲冑の起動を告げる。
主動力の回路スイッチをオンにしたのち、軽く目を瞑ると暫しの瞑想。ビタリーが躯体内に循環するのを確認したら、ウィントレスの起動スイッチを押す。
少し経って低く鈍い起動音が聞こえたかと思うと、操作もしていないのに勝手に機動甲冑が動きだす。
「え? あれ? また、レーアの部屋なのか?」
この挙動は間違いない。
どうやら無事に? 翔太を召喚できたようだ。
「ええ、そうよ」
予測が実証されて満足したレーアは、翔太の問いににこやかに答える。
「それで、今日は何をするんだ? 動かすだけなら、もう不自由してないぞ」
両手をぐるぐる回して翔太がアピールするが、そんなことは既に承知している。
「ええ、それはもう十分に理解しているわ。だから部屋の中で暴れないで頂戴」
そんなことをされたら調度品が大惨事になってしまう。そうなればいかな王女とはいえ、大目玉を喰らうことは必至だ。
皆まで言わずとも、さすがに空気を読んでか「暴れる気はないけど」と翔太も苦笑いで答える。
そのうえで「なら、今日は何をやらせる気なんだ?」と、部屋で召喚した目的を尋ねてきた。
むろん、質問に対する回答はひとつしかない。
「別に。何もないわよ」
「何だ、そりゃ?」
意味が分からないと首を傾げる翔太に、レーアが「……そうね、敢えていうなら」と理由に注釈を加える。
「わたしの都合でアンタを呼ぶことができるか、確かめることかしら」
「なんじゃ、そら?」
呆れる翔太に向き合うこともなく「だから一旦、翔太は元の世界に戻ってね」と、レーアは用が終わったとばかりに話を切り上げる。
「おい。ちょっと待てよ!」
焦った翔太が呼び止めるが、レーアは躊躇うことなく「じゃあね」とウィントレスの動力を落として停止させる。
モノを言わずオブジェと化したウィントレスを確認すると「ヨシ」と小さく拳を固めた。
「すごいわ。本当にわたしの意思で翔太の心が、ウィントレスの中にやってきたわよ」
根拠のある仮説を立てていたとはいえ、実際に証明されたとなれば感慨もひとしお。
「姫さま、おめでとうございます。本当に実証することができましたね」
ともすればあからさまなクリスのヨイショにも「ありがとう」と素直に賛辞を受け取るほど。
「これで考えの半分は証明できたわね」
「と、申しますと?」
意味が解らぬとばかりに首を傾げるクリスに「実に簡単なことよ」とレーアが疑問を説く。
「アイツを呼んだのが1回だけだと、まぐれか偶然かも知れないでしょう?」
至極もっともな理由にクリスも得心したのか「なるほど」と首を縦に振る。
「1回だけだと次も呼ぶことができるのかが分からないから、姫さまの言う通りたまたまだったという懸念は残りますね」
「そういうこと。だから、間違いがないことを証明するために、もういちどウィントレスを起動させるわよ」
言うや否や先の実験と同じように、レーアがウィントレスの主動力を再び入りにすると、躯体内でビタリーの循環を始める。
「今日はもう用がなかったんじゃないのか?」
再起動したウィントレスから、不機嫌を隠しもせずに翔太が訊いてくる。戻された直後にまた呼びつけられたのだから、いったい何なんだと不満が募るのも当然だ。
もっともレーアからすれば翔太の都合にお構いなどなく「また用ができたのよ」と澄ました声で答える。
「ずいぶんと身勝手だなあ」
「だけど。たった今、用は終わったわ。だから翔太は元の世界に戻ってね」
「コラ、マテや! 1度ならず2度もか!」
度重なる肩透かしに翔太が怒鳴るが、レーアは表情ひとつ変えずにスルー。問答無用で動力を落とす。
再び訪れた沈黙をバックに「2回目も成功ね」と満足そうにつぶやく。
「連続しての召還も問題なかったようですね。それで……まだ、するのですか?」
躊躇いがちに尋ねたクリスに「もちろんよ」と断言。
「上手くいったといっても成功が2回では、まだまだ偶然の疑いが払しょくされないわ。少なくても5回くらいは連続して召喚できないと成功とは言えなくて?」
非の打ち所がない至極真っ当な正論ではあるが、そこに翔太の感情はこれっぽっちも入っていない。
「5回も続けたら、さすがに翔太さまもお怒りになるのでは?」
いくらなんでも限度があるだろうと、遠回しにクリスが諫めるが仮説の実証に躍起なレーアには糠に釘。
「大丈夫よ。起動させるだけだから5回くらい連続したって、ウィントレスのビタリーが尽きたりはしないわ」
「……話し、ぜんぜん聞いていませんよね」
とんちんかんなレーアの返答にクリスが呆れ、少し強い口調で「いいですか」と諭しだす。
「姫さまが思慮深いのはよく分かりましたが、それに勝手に付き合わされる翔太さまは堪ったものではないでしょう? 少なくても事情をお話して協力を仰ぐべきではないですか?」
「う~ん。でも、確証を得るための実験でしょう? そんな段階で事情を説明しても、眉唾物だと思うんじゃないの?」
巻き込まれた相手を慮れと説くクリスに、レーアは不完全な情報なら与えるべきでないと反論。
双方ともあながち間違いではないが、どちらに義があるといえば明らかにクリスの言い分だろう。
しかし現実には、ともすれば正義よりも力の差がモノをいう。
「だから、まずは5回連続ちゃっちゃとやっちゃいましょう。最後にキチンと説明をすれば、翔太だって解ってくれるわよ」
主従の差はいかんともし難く、クリスの意見は黙殺される。
結局レーアの主張通り、その日翔太は連続で5回立て続けに召喚されたのだった。
「はあ! 実験?」
5回目の召還でいいかげんキレた翔太に、レーアが「実は」と真意を切り出した第一声がこれである。さんざん理不尽な召還を繰り返されたのだ、怒るなというほうにムリがある。
しかしそこは面の皮が常人の3倍あるレーアのこと、翔太の抗議など蚊に刺されたほども感じちゃいない。
「ええ、そうよ」
ふたつ返事であっさり認めると、返す刀で「理由はあるのよ」と実力行使をけん制する。
「可能性は高いといってもそれは机上の考えだけで、実際にどうなるのやら不確定要素の高い実験なの。下手にアンタの意思が介在すると効果がぼやけるから、心苦しかったけど敢えて実験の内容を話さなかったのよ」
重々しい口調でもっともらしく理由を語ると、暫し考えたのち「なら、仕方ないか」とボソッと呟く。
あっさり懐柔された。
どうでも良いが、チョロ過ぎやしないか?
「迷惑をかけたお詫びって訳じゃないけど、この世界に来て身体が機動甲冑だと外にも出歩けないしイロイロ不便でしょ?」
「まあな」
「だから自由に動き回れる方法を考えてみるわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます