第22話 王女さまの画策

「思うのだけれど……ウィントレスを起動させてしか、この世界に翔太の意識を呼ぶことはできないのかしら?」

 

 翔太が憑依したウィントレスに同乗して、4体のドロールを相手に薙刀を振り回して無双した夜。

 長い1日を締めくくるべく湯あみを終えたレーアは、自室で興奮冷めやらぬといった面持ちで侍女のクリスを相手に、愚痴とも妄想とも言えない悩みを打ち明けた。


「またそんな、無茶なことをおっしゃる」


 湯上りの渇きを癒す白湯を差し出しながら「またいつもの悪癖がでた」とクリスがため息を吐く。

 良く言えば〝有言即実行〟だが実際のところ〝考えなしの猪行動〟の権化ともいえ、そのツケを一手に引き受けているのが王女付きの貧乏くじを引いたクリスだった。


「翔太さまがどんな理屈で私たちの世界に来ているのかも解らないのに、私たちの都合で呼ぼうなんて、それこそ夢物語でございましょう?」


 ゆえに最早レーアの無理難題には慣れたもの。

 言外に「ムリ言うな」が滲み出る回答でクリスが諫めるが、レーアも当然慣れたもので叱責など馬の耳に念仏というか糠に釘、これっぽっちも堪えていやしない。


「夢で終わるかどうかは、わたしたちの頑張り次第。それに何もせず指を咥えているって、勿体ないとは思わない?」


「と、申しますと?」


 レーアの謎問答にクリスが食い付いた。


「まだ世に広く出回っていない機動甲冑を自在に扱えるだけでも十分な価値があるわ」


 それだけでも戦略的アドバンテージはとてつもなく高いが、翔太の価値はそれだけにとどまらない。


「さらには薙刀という長槍を自在に操り、筆頭騎士の4人を完全に退けた。その技術と知識は、きっとナの国の財産となる」


「遠目からですが……あんな戦いかたは見たことがございません」


 護身程度ではあるが侍女として武芸の嗜みを受けたクリスも、翔太が繰り広げた戦いの特異性を驚きをもって評価した。


「嗜みの知識だけだからこそ判るのですが、騎士の戦いとは剣と剣で切り結ぶか、馬に乗りなが長槍で一突きして駆け抜けていくものと伺っています。長槍を振り回して剣と切り結ぶなど、見たことも聞いたこともございません」


 ナの国、いやこの世界の常識として、切り合いをするのは剣であり槍は突くものだと決まっていた。それが時には剣であり時には槍と状況に応じて自在に使い分けるあの槍剣術は、間近で見ただけに余計に異質に映り同時に頼もしさすら感じた。


「父王が仰っていたのよ「近い将来、機動甲冑がこの世界を席巻する」とね」


 筆頭騎士4人へドロールを下賜するにあたって滔々と語っていたのだから、ことの真意と思惑はレーアにだった理解できる。

 だからこそその先も理解できてしまうのだ、その次にやって来るのは〝数の原則〟であると。


「姫さまは数多の国に機動甲冑が溢れたら、ナの国は大国の前に屈すると考えてらっしゃるのですか?」


 付き合いの長いクリスがレーアの考えをあっさりと汲み取る。

 その通りであると頷いたうえで「でも」と真逆の意見を口にする。


「新しい知恵や技術が入れば話は別、数の倫理も覆すことが可能よ。翔太が見せた薙刀術はその一例になると思うの」


 そしてあれはその一片にしか過ぎないはず。恐らくだが翔太の住む世界は、我々の世界よりも遥かに進んだ知恵や技術があるとみて間違いない。


「そう考えると何とかできないかと思いますね」


 レーアの考える翔太召喚理由が極めて真っ当? だったからか、当初否定的だったクリスも賛同の意を示した。

 ただし「できないか? とできるの間には、とんでもなく大きな隔たりがありますが……」とクギを刺すことも忘れていない。


「彼がなぜウィントレスの中に意識だけやってきたのか、その理由を見つけることに突破口がありそうですけど」


「そーなのよねー。そこが謎なのよ、全く」


 お手上げとでも言いたげに両手を挙げてバンザイのポーズをとると、そのままベッドに背中からダイブする。


「姫さま、はしたないです」


 行儀が悪いとクリスが小言を口にするが、王女の寝室を誰が覗くというのだ。


「見ているのはクリスだけよ」


 諫言など一切気にすることなく、駄々をこねるように両手両足をバタバタさせる。


「しかしですが、わたしの記憶によるところですと、ウィントレスが勝手に動くことはございませんでしたね」


 一時はこの部屋にもウィントレスを持ち込んだが、ただ置いていただけでは機動甲冑は壁際のオブジェと変わらず、うんともすんとも言わなかった。


「勝手に動きだしたらそれこそ困るけど、確かにクリスの言う通り、わたしが起動させないとウィントレスが動くことはなかったわね」


 状況を思い出すように記憶をまさぐると、何か気付く点があったのか「ひょっとすると」と言いながら眉間に指を添えながら「ムムム」と唸ること暫し。


「ウィントレスを起動させることが、翔太の意識をこの世界に呼びつけるカギというか装置になっているのかも?」


 閃いたとでも言うが如く、レーアは掌をポンと叩く。


「きっとそうよ。いえ、そうに違いないわ。どうしてこんな単純なことに気付かなかったんだろう?」


 どういった原理で翔太の意識が召喚されるかは不明だが、原理の探求などは学者に任せればよいのであって、大事なところはそこじゃない。 


「翔太を呼びつけるためにはウィントレスを起動させる。それだけで良いのよ、間違いないわ」


 拳をグッと固めると、思い立ったように急にベッドから立ち上がる。


「姫さま、どちらへ?」


 突然の挙動にクリスがどこへ行くと尋ねると、間髪入れることなく「武器庫よ」と即答。どちらへもあるものか!


「ウィントレスを起動したら、翔太の意識が呼びつけれるのよ。だとしたらあとは実践あるのみじゃない」


 猪本能まる出しな、予備動作一切なしの即行動。

 どう控えめに取り繕っても一国の姫には相応しくない、というか年頃の娘としてあるまじき行為にクリスが「お待ちください」とストップをかけた。


「もう夜も更けていかほどかと? 仮にも姫さまとあろう方が夜着で武器庫に行くなど、常識はずれを通り越して非常識の塊です!」


「えー。でも、善は急げって言うじゃない」


「だから、それが拙策に過ぎるって言うんです!」


 言うや否やクリスが「お座りください」とベッド脇の床を指さす。

 敷物もない冷たい床に膝まづくのを躊躇していると、ふたたび「お座りください」と地獄の底から響くような声。


「……はい……」


 クリスの放つ威圧に負けて膝を折る。

 そして始まった説教という名の拷問。


「いいですか、よく考えてください」


 その前置きから始まる、長くてくどい説教。

 要約すると王女が夜中に屋外に出るなどもっての外、翔太の説明を斟酌するなら彼が床に就いて寝ないと、この世界に召喚されることはない等々。理詰めに次々とレーアの逸る気持ちを折っていく。


「ということは、こちらが夜の時は翔太のいる世界は昼間だと?」


「確証はありませんが、その可能性は高いかと」


 そう答えると「なので慌てて武器庫へ行っても翔太を呼ぶことができず、空振りしてすごすごと帰る可能性が高いです」と己の意見を付け加える。

 できれば一笑に付したいところだが、あれだけ散々理詰めで論破されたあととあってはレーアも否とは言い難い。


「分かったわ。今夜はほかに可能性があるのかも検討することにして、実証は明日にしましょう」


 いちおう素直に引き下がることとした。

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