第21話 騎士たちの戯言 3

 デーディリヒの指摘通りコツさえ飲み込んでしまえば、躯体にビタリーを循環させるのはさして難儀ではなかった。

 それが証拠にあの脳筋のマニッシュやオルティガルムでさえも、日暮れ頃には曲がりなりにも機動甲冑で立ち上がって腕も動くようになっていた。

 そんな中やはり頭一つ抜きんでたのは、いの一番にビタリーの循環を実践したデーディリヒであった。

 ガイアールさえも伝い歩きを卒業した童と同様〝這わない〟という程度だが、ただひとりデーディリヒだけは、拙い動きながらも剣を握って振れるまでになっていた。


「他国の騎士よりも誰よりも早く、私が機動甲冑の頂点を極めてやる」


 その意気込み通りデーディリヒは、機動甲冑の騎士として瞬く間に実力をつけていったのある。

 そこにはデーディリヒの事情があった。


 ナの国の筆頭騎士の一角にいるとはいえ、その地位は末席の最下位。しかも最弱年とあっては、如何に家柄が良くとも、実際の扱いは〝ヒラ騎士より少しマシ〟な程度でしかない。

 はっきり言えば冷遇されている。

 当然だ。 

 剣の実力があるとはいえ、ボンボンな青二才を増長させる気など、ガイアールたちには皆無なのだから。

 家柄による嫉妬があることは否めないが、年長者を立てる礼儀正しい行為の裏に、何かトゲのようなものを感じるのだ。「コイツを上に立たせてはいけない」と。

 それゆえ殊の外序列を意識させ、何かにつけて末席であることを説いていた。


 確かに昨日まではそうだった。


 だが、その〝序列〟は機動甲冑が下賜されたことで、まるで足元をすくわれたかのように瓦解していった。

 生身の剣技ならば単純な実力はともかく、勝負の駆け引きに長けたガイアールたちのほうが強いだろう。しかし機動甲冑同士での勝負となると、経験則では埋まらないほどの実力差がついてしまった。

 五分の勝負がワンサイドに傾いたのである。

 そうなると、どうなったか?

 有り体に言えばデーディリヒが増長していったのだ。

 むろん面と向かってガイアールたちに牙を剥くとか、そんな分かりやすい反抗はしていない。むしろ言葉使いなどは、以前よりも丁重になったほどである。

 ただデーディリヒの言葉の端々に、ガイアールたちを見下すような雰囲気が纏わりついているのだ。

 微かに、ほんとうに微かに……

 だからこそ、鼻につく。


「何かデーディリヒの鼻っ柱を折る方法はないものか?」


 ガイアールたちがそう考えるようになるまでに、さほど時間はかからなかった。


 そしてそれは、意外な形で実現される。





「レーア姫用の機動甲冑……ですと?」


 ガイアールたちに機動甲冑が下賜されて数か月後。

 騎士たちの謁見の席上で、パーセルからとんでもないことを告げられたのである。


「また、何故に?」


 意味が分からないと、ガイアールが真意を尋ねる。

 これが嫡男アルフレートに与えるのならば、まだ分からぬでもない。機動甲冑など一国の王子が乗るような代物ではないが、それでも男子という理由だけで、ある程度は納得することができる。

 しかしレーアは〝姫〟である。

 高貴な身分の常として多少の武芸は教えられているが、最低限の護身のためであり、いわば淑嗜みのようなモノ。決して大剣で立ち回るようなものではないのである。

 それなのに、何故?

 ガイアールの疑問に、パーセルが「困ったことにだな」と前置きして真相を口にした。


「そなたらに与えた機動甲冑を見て、レーアが「自分も乗りたい」と駄々をこねてな。しかたがないので1機与することにした」


 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながらパーセルが理由を語るが、何のことはない王女のわがままに屈して親バカが全開しただけである。それが証拠に口では「困ったことに」と言いながら、言葉の端々におねだりされたことへの嬉しさが見え隠れしている。

 しかも彼らに下賜したドロールよりも、さらに高性能な新型機動甲冑〝ウィントレス〟を買い与えたというのだから聞いて呆れる。

 だからといって姫に戦場を駆けてもらいたいのではない、敢えていうなら姫のおもちゃに駿馬を与えたようなモノ。

 ただモノがモノだけに、生半可に扱うと大怪我をするのは必至。


「そこでだ。機動甲冑の扱いに不慣れなレーアの護役をだな……」


「私がやりましょう」


 パーセルが皆まで言うよりも早く、デーディリヒが自ら買って出たのである。


「他のお三方と違い、私は姫と差ほど歳も離れておりませぬ。護役には適任だと自負いたします」


 明け透けなアピールにマニッシュが「ちっ」と舌打ちする。


「べんちゃら使いやがって!」


「そこまでして、お館さまに取り入りたいのかよ」

 

 吐き捨てる不満をガイアールが「よせ」と叱責する。


「これ以上ここで何か言えば、お館さまへの批判となる」


 そうなれば責めを受けるのはマニッシュたちになる。それが分かったのか歯切りの音だけ立てながらマニッシュが黙りこくった。


「それに、きゃつの言い分は理に適っている」


 魂胆が露骨すぎるが、言ったいることは極めて正論。親子ほども年の離れたガイアールはいうまでもなく、オルティガルムやマニッシュも年齢差に加えて性格面でも適任ではない。人選に思うところはあるが、デーディリヒが適正なのは間違いないのだ。


「ではデーディリヒに頼むとするか」


「承りました」


 茶番の末にデーディリヒがレーアの護役に決まり、同時に指南役も兼ねることとなった。

 もっともデーディリヒが護役を買って出たのはパーセルに取り入ることが目的で、王女であるレーアを本気で指南する気など欠片もなかったのだろう。

 当然ながらパーセルも、そんなことを望んではいない。

 ゆえに2人の利害は一致していた。

 護役の実態はレーアのわがままに付き合うことで、指南の役割も機動甲冑が起動して剣術のまね事ができる以上は期待していない。むしろレーアが暴走せぬよう、手綱を引くほうが重要視されている。

 当然だ。どこの王が王女を戦場に引きずりだす選択をするものか。ゆくゆくはどこかの国に輿入れさせる外交の手駒を、みすみすキズものにしたい為政者などいない。

 実際デーディリヒは護役を卒なくこなしていた。

 レーアのわがままをあしらいつつ、不満を感じさせない程度に機動甲冑の指南をする。パーセルの意向を一字一句読み違えることなく実行していたのだが……

 

 いかんせん相手が悪かった。

 

 最初こそレーアはねっかえりな王女そのままな振る舞いで、機動甲冑の技量にしても見ため相応の拙いモノであった。

 それゆえ奢りがでたのだろうか? 

 いつしかデーディリヒの態度が上から目線となり、護役を逸脱して王女に態度を諭すようになったところに、痛烈なしっぺ返しを食らったのである。

 何と模擬戦でレーアの駆るウィントレスが、デーディリヒから勝ちをもぎ取ったのだ。それも不意打ちのような偶然ではなく、剣で堂々とデーディリヒのドロールを薙ぎ払ったのである。


 一報が届いた際、マニッシュとオルテガルムは大笑いした末に「王女様に一本取られるなんて。図に乗るからだ」と吹聴し、当のデーディリヒは「不覚にも油断した」と己の過信を懺悔した。

 ガイアールも当初は「奢りを戒めないと、戦場では命取りになるぞ」とデーディリヒを諫めたうえで、今度はレーアが筆頭騎士へのまぐれ勝ちで増長しないようにと思案した。

 1体1だとまぐれ勝ちもある。それは先のデーディリヒ戦で証明されている。

 ならば王女には戦場を体験してもらおうと行った演習の席で、レーアはとんでもないことを言い放ったのである。


「機動甲冑の武具に剣を使うなんてナンセンス。長槍だったらふつうの騎士も寄せ付けないし、アナタたち全員を相手にしても引けを取らないわよ」


 天狗になったデーディリヒと同様、増長したうえに世迷言にも等しい妄言を口にしたのだ。


「いかな姫とて、それは聞き捨てならないセリフ」


「我らの真の力を知らぬとは!」


「これは諫めないといけないな」


 案の定騎士たちが憤慨し、レーアの鼻っ柱を折らねばならぬと息巻いた。

 ガイアールもまぐれで1勝しただけのレーアが、勝ちに奢って騎士を軽んじるのは由々しきことと考えており、諫めるためには先の大口が世迷言だと思い知らせる必要があると判断した。


「4対1だから卑怯? 相手が〝姫〟だから手加減? そんな遠慮はいらん! この際少々のケガは構わぬから、我ら4人で全力で姫を叩きのめす!」


 拳を突き上げドロールに乗り込むと、ガイアールはレーアのウィントレスを4人がかりで打ち据えると宣言したのである。


 意気込んだにもかかわらず模擬戦が始まると、レーアが駆るウィントレスは神がかったような槍捌きで、瞬く間に4体のドロールを叩き伏せてしまった。

 まさしく完敗。ぐうの音も出ないとはこのことだ。


「どう? わたしの言った通りでしょう」


 模擬戦が終わってウィントレスの甲冑を開けて出てくるなり、開口一番レーアが堂々と言い放った。

 傷口に塩を塗るような暴言。

 ふつうならそう取るだろう。

 だが不思議と傲慢な印象は欠片もなく、事実を淡々と述べているようにしか聞こえなかった。

 ただ〝リーチの長い薙刀なる槍は戦場では有利〟。その事実が頭の中に残り、レーアの華麗な槍捌きだけが印象に残った。

 あれだけの大立ち回りをしたのに、当のレーアは汗ひとつかいておらず涼しい顔。それだけでなく「どう?」と尋ねる表情にも勝ちを誇る様子はなく、上からマウントする雰囲気すら微塵もない。


 ああ、そういうことか。


 ガイアールは悟った、そもそも相手にすらなっていない。

 次元が違うのだと。


 生身の剣ならともかく、機動甲冑を介しての戦は別の武芸であって、レーアは持って生まれた天才である。と。

 そして彼女には将の器があると気付いたのであった。

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