第20話 騎士たちの戯言 2

 パーセルの命により始まった機動甲冑への搭乗。

 いざ始めてみると、これが予想以上に難事だった。


「ぐおおおおお!」


「ぬぬぬぬぬっ!」


「ずぉぉぉぉっ!」


「どりゃぁぁっ!」


 ガイアールは言うに及ばず、ドロールの下賜を受けた4人の筆頭騎士全員が奮闘するも、機動甲冑の習熟には程遠いレベル。

 有り体に言えば、掴まり立ちをした童とどこが違う? といった進ちょく具合であり、戦う以前にまともに動けるようになることが当面の課題だった。


 まず何よりも手本がない。

 いちおう動かすにあたって説明らしきものはあったが、手を動かすのにはコレで足を動かすのはコレみたいな内容のみで、マニュアルとも呼べないお粗末な代物。


「手前どもは商人であって武家ではございませんので、これ以上の事がらについてはご容赦を」


 ドロールを卸した商人は「門外漢だから」と弁明すると、そそくさと立ち去ってしまったのである。

 一方、使う側の筆頭騎士たちも戦闘の専門家ではあるが、使い慣れた武具ならともかく機動甲冑という未知の技術には畑違いもいいところ。


「機動甲冑なんて大そうな名前が付いているけど、所詮はふた回り大きな全身甲冑なんだろう。着込んだら終わりの代物に、あーだーこーだとうん蓄が必要か?」


 マニッシュと並んで脳筋なオルティガルムが装着前に大口を叩いていたが、いざ着用すると1分と持たずに「ダメだ! 動かねー」と音をあげた。


「手も足もクソみたいに重たくて、渾身の力を込めても指の1本すら動こうとしねえ。いくら今までの甲冑よりデカイたって、こんなに重くてビクともしないなんておかしいだろう?」


 文字通り必死になって動かそうと努力したのだろう、夏には程遠い季節にもかかわらず、全身が真っ赤に茹で上がり額からは汗が噴きだしている。

 オルティガルムの愚痴に早速マニッシュが「同感だ」と大きく頷く。


「どうにも眉唾っぽくていけねえ。最初手本で動かしていたの、ありゃきっとイカサマに違いない」


 それどころか目の前で行われた模擬操作をインチキとまで言い放ったのである。

 さすがにソレは問題発言だ。


「待て待て、どうやったら連中にイカサマができるんだ? マニッシュも見ただろう、機動甲冑があの巨石を持ち上げたところを」


 いいかげんにしろとばかりにガイアールは2人を窘める。

 ドロールは君主自らにより筆頭騎士の4人に下賜したのだ、露骨な批判はそれこそ不敬に当たる。

 しかしいくら頑張れどもピクリとも動かぬ機動甲冑に2人の不信感は募るばかり、ガイアールの叱責など糠に釘というか馬の耳に念仏でしかない。


「力自慢のオレたち2人が全力でかかったのに、やたらめったら重たくてこれっぽっちも動こうとしないんだぞ。そんな代物を商人風情が軽々と動かせること自体がおかしい」


「ああ、そうだ。そもそもヒトの力で、あんな巨石を持ち上げれるわけがない。きっと魔法か何かを使って、オレたちをダマくらかしたに違いない」


 あろうことか自分たちが動かせないのだから、魔法でズルをしたとまで言い募ってきたのだ。

 これにはガイアールも頭を抱えた。


「そんなわけがあるか!」


 あらん限りの大声を張りあげて、オルティガルムとマニッシュを怒鳴りつける。


「子供の寝言じゃあるまいに、どこの世界に魔法なんて摩訶不思議な現象があるんだ。寝言は寝て言え!」


「しかしだな」


 なおも言い繕うとするマニッシュを「しかしもクソもあるか!」と一喝。


「機動甲冑が巨石を持ち上げたのは紛れもない事実だ。動かないのはテメエの技術が及ばないからだ!」


 言外に「頭を使え」と言い放つ。

 機動甲冑はただの全身甲冑とはモノが違うのだ。

 着込んだのちにビタリーを躯体に循環させないと指の1本とて動かない。

 かくいうガイアールも苦戦はしているが、力業で動かそうなどという愚かなことは考えていない。

 残念ながら頭でイメージする通りに、躯体内でビタリーが上手く循環してくれないのだ。とはいっても脳筋2人とは違いビタリーを循環させることを意識しているので、ガイアールが駆るドロールは、緩慢な動作ながらも四肢に動力は伝わっている。


「コイツが動く原理は魔法じゃない。学のないオレには詳しいことは分からないが、複雑なカラクリを介してヒトの力を何倍にも増しているんだ」


 噛んで含めるようにマニッシュに改めて説明するが、動きが遅々としてならば傍目には五十歩百歩。マニッシュは胡散くさげに「そうは言うけどよ」と、ガイアールが動かす機動甲冑の躯体をポンポンと叩いてさらに愚痴る。


「オマエさんだってオレより少しマシって程度だぜ。多分そっちの甲冑のほうが関節の動きが柔らかいんだろう? オレとオルティガルムが大外れを、オマエさんがハズレを引いたんだろう」


 あくまでも己の理解力不足ではなく、躯体が固すぎるから甲冑が動かないに固辞する。


「この期に及んでまだ言うか!」


 くどいマニッシュの言い訳を聞く耳持たぬと封殺した上で「泣き言をいうヒマがあったら、ビタリーを躯体に循環させろ」と一喝する。


「最初に説明を聞いただろう? 躯体にビタリーが行き渡ったら、コイツは羽毛のように軽く動くはずなんだ」


「渾身の力を込めているんだぞ。全力でもビクともしないんだぞ」


「何度も言わせるな。機動甲冑の扱いに必要なのは、バカ力じゃなくて技術だ」


 頭の中で明確なイメージを持てと、もういちどマニッシュを諭す。


 機動甲冑は想像を絶する強力無比な兵器であるが、動かすのには相応の技術が必要であり、誰にでも扱えるような代物ではない。ゆえに国王パーセル他国の騎士よりもいち早く、機動甲冑の操作をモノにせよと命じたのである。

 そんな苦心惨憺している3人をあざ笑うかのように、横からガチャガチャとした駆動音が鳴らしながら、デーディリヒのドロールがゆっくりと立ち上がった。


「おお、いけるぞ。コイツ動くぞ」


 甲冑越しにデーディリヒの歓喜の声が聴こえてくる。

 まだまだぎこちない動きとはいえ、他の3人がまごついている中ひとりだけ先んじて起動させることができたのである。これで愉悦に浸らぬ理由などない訳で、上機嫌で「足を動かしますよ」と更なる行動を宣言する。


「気に入らねえ。このヤロウ、ホントに機動甲冑を動かしやがったぞ」


 デーディリヒのドロールが一歩踏み出したのを横目で見ながら、未だ起動におぼつかないマニッシュが忌々し気に吐き捨てる。

 一兵卒から腕っぷしでのし上がってきたマニッシュや他の筆頭騎士たちと違い、デーディリヒは重臣の次男という恵まれた地位にいた。

 長子じゃないから世襲ができない? それがどうしたというのだ。マニッシュを始め他の筆頭騎士3人は、出自が農家の三男や水呑み騎士の息子など、上から見向きもされないところからのスタートだったのである。

 つまりは教育からして全く違う。

 次男とはいえデーディリヒは重臣の男児。剣は言わずがな、読み書きから礼儀作法に至るまで相応の教育が施されている。つまりはビタリーが何たるかも、付け焼刃のマニッシュらと違い、きっちりと把握しているのであった。


「躯体へのビタリーの循環は、ちょっとしたコツをつかめれば直ぐにできるようになります。それよりも問題は、機動甲冑の操作方法ですよ。これが殊の外難しい」


 動くには動いたが、お世辞にも自在とはいえぬドロールの動作を愚痴りつつデーディリヒが答える。


「扱いが難しいからこそ、お館様が我らに対して「他国に先んじて習熟しろ」と申されたのだ。その意味を理解して、一刻も早くモノにできるように精進せねばな」


 事の真意を理解しているであろうデーディリヒに、惣領として激励の言葉をかけると「は!」と同意の返事。

 しかしその後に続く言葉に、ガイアールの胸中はえもいわれぬ疑念にかき乱されることになる。


「このデーディリヒ。お館様の期待に応えるよう、誰よりも早く機動甲冑の習熟に励みましょうぞ。そしてナの国がこの大陸の雄になるよう鋭意いたします」


 ドロールの胸部から顔を出し、優雅に一礼をして宣言する。

 言をそのまま聞けばパーセルに忠誠を誓っているのだが、何か引っかかるものを感じずにはいられなかった。


 

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