第19話 騎士たちの戯言


「この機動甲冑は、戦の様相を一変させるに違いない」


 最新鋭の機動甲冑であるドロールを下賜するにあたって、国王パーセルがナの国の筆頭騎士らに宛てた言葉である。


「まさにその通りだ」


 銀色に鈍く輝る巨大な躯体を前にして、筆頭騎士のひとりであるガイアールも興奮を隠せずにいた。

 全高が2メトル半もある巨人な躯体は、今までのフルプレート甲冑よりも2周り以上も大きいうえに、手も足も太く強靭で力強い。

 しかも見た目だけのこけおどしではない。

 躯体にビタリーを循環させることで、屈強な騎士10人分にも相当する力を発揮することができるのだ。

 従来の甲冑であれば防御力と引き換えに重く動き辛かったが、機動甲冑はその逆で、巨大な甲冑を着込むことで力のみならず防御までもが強化されるという優れもの。

 パーセルが言うように、まさに戦の様相を一変させる武器となりえるだろう。


 しかし圧倒的過ぎる武器ゆえに、同時に疑念も湧いてきた。


「これほどの武器がなぜ今まで、ひと欠片ほどの噂も流れてこなかったのでしょうか?」


 ガイアールが知らなかっただけなら、己が知見の不足だと悔い改めれば良いだけのこと。だが残る3人の筆頭騎士もお互いの顔を見合わすことから、恐らくは同じようなモノだろう。

 ガイアールが疑念に首を捻る様が面白く映ったのだろう。ひとしきり笑ったのちパーセルが上機嫌に「貴公が悩むのも無理はない」と前置きすると、あっさり種明かしをしてくれた。


「機動甲冑が噂に遡上しない理由の一つとして、このドロールがとてつもなく高価だからだ」


 それは見れば分かる。

 雑兵が装備する革鎧や脚絆の類ならともかく、金属製のプレートアーマーは値が張る。武具一式をあつらえるとなると、最低でも駿馬を1頭買えるくらいの値段となる。良いものになればそれこそ値段は天井知らずで、家と同等あるいはそれ以上の価値にもなり、騎士によっては甲冑のためにローンを組むものまで居るのである。

 ましてやこの機動甲冑は武具ではなく武器である。その価格は大型のバリスタや投石機にも匹敵……いや、それ以上の値段となるだろう。

 結果を先に言えば、ガイアールの想像が及ばない論外だった。


「こいつの値段を聞いたときはさすがの儂も肝が冷えたぞ、この4体を買うだけでちょっとした砦が建てられる」


 予想をはるかに上回る値段に、思わず「ほえー」と驚愕するようなため息が出るほど。更に止めを刺すように「その辺の野戦陣地ではなく、石垣を組んだ堅牢なヤツだぞ」のダメ出しまで。

 つまりは小規模な城である。


「数を揃えることができぬゆえに、ドロールは扱い手を厳選することにした。その結果がガイアール・マニッシュ・オルティガルム・デーディリヒ、貴公ら4人を推挙することに相成ったのだ」


 ガイアールたちがあまりの高額さに呆然としている中、パーセルの言を補足するように宰相のカールハインツが後を継いだ。

 下賜の対象が筆頭騎士なのは、まあ当然の成り行きだろう。

 パーセルが直々に指名した筆頭騎士の4人は、いずれもナの国で頂点に属する武人ばかりである。

 ガイアールは年長者で4人のまとめ役を担い、マニッシュとオルテガルムは一兵卒から腕っぷしのみでのし上がった真の実力者。重臣の三男であるデーディリヒは、若輩ながらガイアールら3人をも凌駕しようかという力量の持ち主。つまりは国の守護者たる四天王とも言うべき存在なのだ。


「どれほど高性能な武器であろうとも、使い手が優秀でなければ宝の持ち腐れになるでな」


「まあ、そうですな」


 パーセルの言にガイアールも納得すると「貴公らを選任にする理由がもう一つ」と、さらに理由があると言ってきた。


「誰よりも早くこの機動甲冑を扱いこなし、習熟してもらわねばならぬのだ」


「それはまた、何ゆえに?」


 いきなりなムチャ振りに訝りながらパーセルに尋ねる。


「元よりこれだけの武器を賜ったのだから、習熟して使いこなすのは当然の使命と心得ますが、相応に時間がかかるのは致し方ないかと」


 前例のない未知の兵器だから時間が必要だと訴えるが、カールハインツが焦りを隠さず「それでは遅すぎて、ダメなのだ」と断じる。


「この機動甲冑を売りつけたのは市囲の商人。つまりは他の国でも我らと同じように、商人どもから機動甲冑を入手しているということになる」


「つまり、他国でも機動甲冑を新兵器として取り入れていると?」


 ガイアールの問いにパーセルが「その通りだ」と肯定する。


「商人を介して入手ができるとなれば、遺憾ながら大国であるタオやミロの国が財にモノをいわせて、より多くの機動甲冑を揃えることができよう」


 如何ともしがたい国力の差を憂うと「そんな奴らなど、叩き潰せば宜しかろう。如何に兵の数が多かろうと、我らナの国の精鋭にかかれば造作もないこと」と、マニッシュが問題ないと大口を叩く。

 その意気や良しと言いたいが、根拠のない精神論はバカの遠吠え。若輩のデーディリヒが呆れたように「そのためには相手より早く、機動甲冑を習熟する必要がありますよ」と指摘する始末。おマヌケにもほどがあり、ガイアールとしても頭が痛い。


「言ってみれば技量では、今のところ横一線の優劣無し。他国に先んずるには、我々が1日でも早く習熟する必要がある訳ですか?」


 筆頭騎士惣領として空気を読んで真意を汲むと、その通りだとばかりに「我が国の安寧のために強い力が必要なのだ」とパーセルが重々しく頷いた。


 周囲を小高い山に囲まれたナの国は、豊富な水と広大な耕作地に恵まれた大陸有数の農業国である。その反面主要な街道や交通の要衝からは外れており、商業や工業の盛り上がりはいま一歩である。結果として臣民の暮らしはそこそこ豊かではあるが、国力がいま一歩伴わなず常に周辺国から狙われるという、統治する側からしたら憂慮すべき難問を抱えた国となっている。


「貴公ら騎士の護りがあるからこそ我がナの国の安寧が保たれているが、この機動甲冑が跳梁跋扈するようになればどうなると思う?」


 挑発するパーセルの問いかけを聞いた途端、ガイアールの背筋にえもいわれぬ悪寒が走る。

 1体で剛腕の騎士10人にも匹敵する強大な力、加えて全身を鎧で纏う鋼の肉体に、いくら戦っても衰えない疲れ知らずな剛力持ち。こんな相手を5体10体と揃えた相手との戦など、恐怖以外の何物でもない。


「何の! 我らナの国の筆頭騎士は勇猛果敢。いかなる敵が相手とて、怯むことはないわ!」


 相変わらずマニッシュが空気も読まずに咆えているが、パーセルの意図が読めたガイアールは乾いた喉で「空恐ろしいことになりますな」と答えるのが精いっぱい。


「何せ相手は疲れ知らずの剛腕。これが大群で押し寄せたら、いかにマニッシュのような一騎当千の騎士であっても、どちらが勝つかなど幼子でも分かる愚問であろう?」


 精神論を引っ張るマニッシュをやり込めるようにカールハインツがトドメの言葉を繋ぐ。

 さすがに脳筋にも届いたのかマニッシュが「ぐぬぬ」と唸るが、返す言葉がないのか顔を真っ赤にしたまま立ちつくすのみ。


「儂は思う。5年……いや、3年の後には戦の主役はこの機動甲冑になっているだろうと。その新兵器をいち早くに手にした我らは僥倖であるとな」


 だからいち早く習熟して、いつか訪れる数の脅威に備えるのだ。

 言外の命に対してガイアールは「は!」と膝を付き臣下の礼を取った。

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