第18話 機動甲冑+薙刀=最強
まるで舞踏会での舞を見るようだった。
つい今しがた目の前で起きた出来事にもかかわらず、レーアは半ば夢かのように呆然と見つめていた。
4方から攻め込むドロールの猛攻を、なんと翔太が操るウィントレスは、たった1本の丸太槍で見事に躱しきったのである。
『躯体の大きな機動甲冑に刃の短い剣は相応しくない』
レーアが見ても雄々しい訓練の感想を尋ねたら、毒まる出しで翔太が『問題点』だと指摘した。
ならどんな得物が機動甲冑に相応しいのか? 売り言葉に買い言葉で訊いた問いに『薙刀だな』と聞きなれない武具の返答。
それなら実際の戦で翔太自身が優秀さを示してみなさいよ、の流れから始まった起動甲冑同士の模擬戦。
当初は王女相手に本気の模擬戦など大人げないと渋っていた騎士たちであったが、レーアが「躯体にあっていない刀を振り回しても怖くないわね」と煽ったものだから態度が一変。
気分を害した騎士たちから「ならばその棒きれの実力を見せていただきましょう」という流れとなり、4対1という圧倒的に不利な条件で戦う羽目に陥ったのだ。
そんな状況にもかかわらず。
『ま、何とかなるんじゃないの』
尻込みするだろうというレーアの予想に反して、翔太は臆することもなく「大丈夫」だと飄々と答えたのである。
4人の騎士を相手に立ち回るのだから、相応に腕が立つのだろう。
レーアは大船に乗った気でいたが、いざ蓋を開けたらさにあらず。
『実はオレ。薙刀は殆どやったことがないんだけどな』
模擬戦の開始前。
自分でいちばん使い勝手の良い得物だと言っておきながら、戦う直前の土壇場になって未経験者だと、いきなりカミングアウトしたのである。
「ウソでしょう!」
その話を聞いて、レーアが愕然としたのは言うまでもない。
木剣を使う模擬試合とはいえ、ヒトよりも巨大な機動甲冑同士の戦いである。そのパワーは生身のおよそ10倍ということもあって、直撃を受ければ衝撃も相応に激しくかかり、場合によっては死に至らしめることだってある。
『ウソを言っても始まらないしな。遊びで何度か扱ったことはあるから、ゼンゼン使えないってことはないと思うけど』
「アンタが自信満々に言うから騎士たちに「本気で戦え」て言ったのよ。今さら加減しろなんて命ぜられないし、わたしは怪我なんかしたくないわよ!」
蒼くなりながら放った愚痴に対して、翔太が臆する様子は微塵もなく、逆に『当たらなければどうということはない』と断じるほど。
この言い草にレーアがキレる。
「だから。当たったら痛いのは、わたしなんだって!」
地団駄を踏んでヒスを起こすが、悲しいかな傍から見ればひとり芝居。
「姫さま。いきなりドタバタされていますが、お加減は大丈夫ですか?」
突然奇妙なダンス? を踊ったレーアに、騎士たちが体調を危惧するありさま。
「大丈夫。ちょっとした準備運動だから」
慌てて取り繕うがバツが悪いことに変わりはなく、穴があったら入りたい心境。しかし状況はレーアの退場を許してもらえず「武者震いとは重畳」と言われる始末。
「我ら4人を一度に相手をしても勝てるというする、薙刀とやら技の冴え。後学のため是非とも見せていただきましょう」
プライドにケチをつけられただけに、ドロールを駆る4人が4人ともレーアを逃がす気が全くない。
ウィントレスを訓練場の真ん中に立たせると、彼女を囲むように4体のドロールが勝負とばかりに剣を構えた。
「木刀に持ち替えたとはいえ、当たればそれなりに衝撃が加わります。手加減無用で参りますので覚悟召されよ」
騎士のひとりが最後通牒を突きつけるように覚悟を問う。
ここで恥も外聞もなく「待った」と言えば状況は脱せるかも知れないが、王女のプライドが邪魔をしてその一言が出てこない。
代わりに出てきたのは「いつでもかかってらっしゃい」という火に油を注ぐような挑発の文言。
そんなことを言うつもりはなかったのに! と心の中で反省するももう遅い。
試合開始を告げる鐘が鳴らされ、すべての退路が塞がれると「もう、どうにでもしてよ!」と叫んでいた。
『オレが立ち回りをするから、下手にウィントレスを動かそうなんて思うな』
模擬戦の開始早々。
邪魔だから操作に手を出すなと、クギを刺してきた翔太に「言われなくてもしないわよ」と言い返す。
姫の嗜みとして剣は手ほどきを受けているが、長槍の類は扱うどころか触ったことすらないのだ。戦う以前に持つことすらおぼつかず、レーアがウィントレスを動かすのなら秒と経たずに勝敗は決するだろう。
『なら、任されろ!』
「大口叩いてるけど、アンタはロクに薙刀を使ったことがないんでしょう!」
そんな戯言が信用できるか! 相手は4体一斉に襲ってくるのだぞ。
剣を構えての1体1の勝負なら翔太の剣技も信用できるが、1対4で攻め込まれたうえに初心者の長槍でどう対処するというのだ。
レーアが喚く間にもドロールが距離を詰め、騎士たちの殺気がビンビンに伝わってくる。
もう一振りで刀が届きそうな、絶体絶命の至近距離にまで詰められたと思った矢先。
『はっ!』
翔太のかけ声に合わせるかのような薙刀の鋭い突きが、デーディリヒが駆る正面のドロールの動きをけん制する。
剣と長槍のリーチの差が如実に表れ、正面のドロールはこれ以上踏み込むことができずに動きを止める。
「なるほど。ロングレンジは槍の強みですな」
余裕があるところを見せたいのか、動きを封じられたデーディリヒがウィントレスの槍捌きを称賛する。
「しかし私の動きを封じるために槍を使ったことで、得物は逆に私が封じたことになりますな。あとの3対からなる猛追を、姫さまはどうやって捌きますかな?」
言葉通り残る3体のドロールは、左右と後方からウィントレスめがけて肉薄している。彼らに薙刀を向け直せば、デーディリヒをけん制できなくなり、すぐさま斬りかかられることになる。
指摘通り、武で優勢でありながらも、数の暴力で詰んでいるのだ。
「どうするのよ? この状態!」
初手の見事さはともかく所詮は多勢に無勢、レーアも詰んだと諦めるが『まあ見てろ』と翔太は強気を崩さない。
足を一歩引いたかと思うと薙刀の柄を使い、後ろから迫ってくるドロールの鳩尾を思いきり突いたのである。
丸太棒とはいえ3メートル近い業物の重量は重く、己が前進する力も加わったのも相まって「グベッ!」と呻き声をあげながら、後方のドロールが崩れ落ちる。しかもその延長線上にはデーディリヒがいた。
「なんと!」
翔太にけん制されていたこともあり、デーディリヒの機動甲冑は身動きが取れない。
そこに真正面から崩れるようにドロールがつっ込んでくるのだ。デーディリヒはなす術もなく押し潰されてしまった。
「筆頭騎士を瞬殺!」
流れるような槍捌きにレーアが呆然とする。
模擬戦を開始してまだ1分と経っていない。にもかかわらず翔太のウィントレスは、2体のドロールを戦闘不能に追い込んでしまったのである。
だが騎士たちもやられっぱなしではない。
「まさか、ここまでやるとは」
「さすがに槍が強いと豪語するだけのことはありますな」
残る2体のドロールが正攻法を放棄し、左手を剣の柄から離すと片手持ちに切り替えた。
「模擬戦ゆえに刃の部分が姫の機動甲冑に当たりさえすれば良い」
「ならば片手剣でもやれるというもの」
彼らは剣を片手で持つことで、薙刀に対するリーチの不利をなくしたのである。
ふつうなら鍔迫り合いで弾き飛ばされるのがオチ。自殺行為とも思える暴挙だが、機動甲冑の強靭な握力ならば話は別。むしろ同じ土俵に立ったと言えなくもない。
『意地でも勝ちを取りに行くか……執念だねぇ』
名よりも実を取りに行った騎士たちに翔太が感嘆の声をあげるが、口調に焦りも奢りもなく平常心そのもの。
『真剣勝負だったら命を捨てる愚かな行為だけど、これはルールの下に行われる模擬試合。刃の部分がこっちの身体に当たれば勝ちだからな、剣が届くことを優先させたか』
それが証拠に、まるで他人事のように彼らの戦法を解説するほど。
レーアの「勝てるの?」の問いにも『もちろん』と即答。
『少々リーチが伸びたからといっても、アウトレンジの戦いなら薙刀が有利。懐に入らさなければどうってことはない』
宣言通り捨て身で襲いかかる2体のドロールも、翔太の手繰る薙刀の前にはなす術がなかった。
翔太の宣言通り懐に入ることを許されず、右からのドロールは大上段に構えてガラ透きになった左胸を一突きで屠られる。
「残り1体!」
「3体のドロールを鎧袖一触。お見事と言わざる得ないが、私とて騎士の端くれ。我らの面目のためにも、そう簡単には終わらせまいぞ!」
最後の意地とばかりに奮起するが、薙刀の長いリーチに阻まれて、至近距離に飛び込むことは叶わない。
足元を狙った横払いの一撃はどうにか躱せたが、縺れる脚で踏みとどまらんと躍起になった結果、上半身がお留守になったのが致命傷。
一瞬の隙とはいえ翔太が見逃すことはなかった。
『チェックメイト』
無防備となった喉元に薙刀の穂先が付きつけられて詰み。
「いかが?」
建前上? レーアが翔太に代わって訊くと、戦闘続行を諦めたのか手にした剣を下に向けて服従のポーズをとる。
「参りました」
模擬戦の開始からわずか数分で、騎士たちから完敗の言葉をもぎ取ったのである。
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