第17話 機動甲冑、訓練する 2

『剣の使いかたが根本的に間違っているな』


 意見を述べろというレーアの問いに、まるでなっていないと翔太がズバッと答える。


『連中の刀の大きさが、機動甲冑のサイズに比して明らかに小さい。あれは騎乗を前提にした大きさじゃないのか?』


 行軍の最後尾にいた3体のドロールが携えていた刀の長さは目測で1メートルほど、人間換算にすると60センチ程度である。

 アレは馬上で振り回すのに都合の良い長さで、直接対峙して斬り合いをするには正直短すぎる。

 しかもそれは対機動甲冑に特化するため、生身の兵士相手だと剣が届くかすらも怪しいときた。


「それだと問題があるのか?」


 意味が分からないと困惑するレーアに、翔太は『それでは尋ねるが』と逆に質問を投げかける。


『並みの男の1.5倍もの大きさがある機動甲冑が乗るような、大柄な馬がこの城で飼っているのか?』


 しかも重量は成人男子の約3倍。単に大柄なだけでは乗った途端、潰れてしまうこと必至だろう。

 もちろんレーアの答えは単純明快「そんな訳ないでしょう!」だった。


「起動甲冑が乗れるような巨大な馬なんて、どこの国に行ってもいないわよ」


 常識を知らないのか? と言わんばかりの冷めた口調で返事が返ってきた。

 少々カチンとくる言い回しだが、翔太はバイトでクレーマーの相手もしたこともあるのだ。ネチネチと執拗に文句を言う連中に比べれば、この程度の傲慢など可愛いものだ。

 翔太は頷くような口調で『そうだろう』と言って、携行する剣がダメな理由を説明する。


『あれは馬上での斬り合いを前提とした刀剣だ。軽くて取り回しが良い反面、リーチも短く攻撃力に劣る』


「なるほど。理には適っているし、筋も通っているわね」


 おそらく装着者の出自が騎士ゆえに、無意識的に刀剣の長さも騎乗に適したものにしたのだろう。得心したレーアが「なら、適切な得物は何なの?」と改めて尋ねてきた。


『そうだな……』


 周囲を見回して思案を巡らす。

 訓練に参加している機動甲冑は、翔太自身が憑依しているウィントレスとドロール3体の合計4体。万一に備えた予備のドロールがあるかも知れないが、プラス1体というところだろう。

 機動甲冑自体が桁違いに高価だということもあってか、レーアの口ぶりや使いかたも、戦略兵器というよりステータスとしての側面が強い。恐らく他領でも扱いは五十歩百歩といったところ、威嚇として以外は最前線に持ち出す可能性は低いだろう。


『斬り合いをするならば腰くらいある太刀がちょうど良いんだけど、持たせて一番戦果のあがりそうな武具は薙刀かな?』


 薙刀と聞いてキョトンとするレーアに『まったく同じじゃないけど、グレイブと呼ぶところもあるな』と注釈をつけると、意味が通じたのか「穂先に刀の付いたアレか」と答えた。

 もっとも納得はしていないようで「ランスではダメなのか?」と逆に問い返してきた。


『ああ、アレもダメだな』

 

 円錐型で長槍のランスは、騎乗での打突がメインで、用途はほぼ一撃離脱。格闘戦になれば突き以外に使えない最悪の武器と化す。


『そもそも〝すれ違いざまだけしか戦闘をしない〟なんて、こんな高額な兵器を買ったのにコスパが悪すぎるだろう?』


 コスパの概念がないレーアから「何なの、その謎言葉は?」とまたも問い質されたが、全体のニュアンスは理解できたようで、続けて「確かにもったいないわね」との返事もきた。


『薙刀は穂の先に短刀が付いているんだ。槍のように突くもよし、剣と切り結ぶことも可能、懐深くに入り込まれさえしなければ、躯体の大きな機動甲冑にとって最良の武具だな』


 身長差のある生身の兵士を相手に屈む必要がない。

 レーアを含むこの世界の連中は想定すらしていないようだが、戦になればこれは決定的な意味を持つ。

 大河ドラマで騎馬の合戦シーンにツッコミを入れる翔太とすれば、絶対に外せない案件である。

 力説する薙刀の良さに触発されたのだろうか、聞き入っていたレーアが「分かった」と頷く。


「翔太がそんなに言うなら、わたしが試してあげるわ。その薙刀という武具に近いものを見繕ってみなさいよ」


 翔太に否などなく、二つ返事で『わかった』と代用品になるものを探し始めた。




「それで、コレ?」


 テンション低めにレーアが尋ねる。

 無理もない。

 翔太がウィントレスの武具にと見繕った薙刀は、建築現場の足場に使われるような、長さ3メートルほどの細身の〝丸太棒〟だったのだから。


『模擬戦にまさか本物の刀剣は使えないだろう? 他の機動甲冑が使う刀も木刀にすればバランスは取れる』


「そりゃ、そうかも知れないけど……」


 イマイチ興が乗らないレーアに『棒の3分の1のところから先のほう、何か色を付けてくれるかな? そこから先は〝刃〟だということにする』と言って分かりやすく色を塗らせる。

 刃部を着色したことで曲がりなりにも長槍ぽくなったので、見た目のダサさより好奇心が勝ったのだろう。


「棒きれを振り回すなんて優雅さの欠片もないけど、新しく設えると時間がかかるし、最初の模擬戦はこれで勘弁してあげる。その薙刀とやらが機動甲冑の武具に相応しいのか、しっかりと見せてもらおうじゃないの」


 子供のように期待にワクワクさせた捨て台詞を吐くと、続けざまに愛機のウィントレスから飛び降りて、ドロールを駆る臣下たちの許にに小走りで向かって行った。


『ちょっと待てよ、おい!』


 飛び出したレーアに勝手に話をするめるなと諫めたいところだが、無人の機動甲冑が動けばそれこそ大ごと。要らぬ混乱を招かぬために、翔太の存在はまだ秘密ということなので、勝手に動くことができない。

 首どころか指一つ動かすこともできなく、事の成り行きを悶々とした気持ちで待つこと数分。

 程なくしてレーアが躯体に戻ると「準備ができたわよ」と、翔太に模擬戦の概要を手短に告げた。


「得物はドロールが携行した刀と同じサイズの木刀。こっちは、この丸太棒ね」


 どちらも刃に相当する部分に色を塗り、その部分を機動甲冑の躯体に当てれば有効打突きと見做すことで合意したとか。


「それで、模擬戦のルールなんだけど」


 対戦相手が訓練場の両端から出てきて、すれ違いざまに合戦という実戦に準じた形式。有効打を討つか相手の膝を地に付ければ勝ちになる。


『模擬戦のルールとしたら妥当かな』


 止めを刺すなんて無粋な真似はしたくないし、そもそも木刀での激しい打突きは少々ムリがある。短期決戦をするなら、もってこいのルールだろう。


『分かった。で、対戦相手は誰になるんだ?』


 模擬戦の相手を訊いたのに、レーアの答えは予想の斜め上。


「もちろん、ドロールを駆る騎士全員と戦ってもらうわ」


『4連戦もしろと言うのか!』


「まさか。模擬戦は1回きりよ」


 ということは……


「薙刀のほうが圧倒的に強い武具だから、全員でかかってきなさいと見栄を切ったわよ」


 とんでもない爆弾をあっさりと投下した。

 時代劇じゃあるまいし、4対1というとんでもない条件に翔太はあ然としたが、やらかした張本人のレーアは馬耳東風。のほほんと「翔太は薙刀推しで、負けないんでしょう?」と好き勝手にほざいている。

 しかも既に準備万端整っており引くに引けない格好。4体のドロールは既にスタンバっており、大口を叩いたレーアにお灸を据えてやろうと虎視眈々と待ち構えている。


「先日不覚を取って負けましたが、我々騎士を相手に連勝など……甘く見ないでもらいたい」


 静かに怒りを湛えるデーディリヒを始めてして、他の機動甲冑の面々も気持ちは同じか訓練とは思えぬ殺気を漂わせている。

 レーアがウィントレスを操れば瞬殺されることは間違いないが、躯体を動かすのは翔太なのでレーアは至ってお気楽極楽。


「それじゃ特等席で見せてもらおうかしら。翔太が扱う薙刀の力とやらを」


 ケラケラ笑って勝負の行方を見守っている。


『気楽に言いやがって』


 毒は吐いたが手を抜くつもりは微塵もない。

 結果。

 模擬戦は翔太の駆るウィントレスの圧勝となった。

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