第16話 機動甲冑、訓練する

 異世界で翔太が気付いたら、また例の薄暗い武器庫にいた。


『王女様の部屋じゃないのかよ?』


 無粋な機動甲冑に憑依しているとはいえ視覚と聴覚はあるのだ。薄暗くて埃っぽい武器庫よりは、瀟洒なシャンデリアが煌々ときらめく王女の部屋のほうが居心地はずっと良い。

 落胆するような溜息を吐くと、騎士服に身を包んだレーアから「文句を言わない」と窘められた。


「これから訓練を始めるのに、わたしの部屋から機動甲冑で出ていくなんてできると思う?」


『そりゃ、ムリだな』


 シュールな光景を想像をして、即座に納得する。


「それに、ウィントレスが装着者もなしに勝手に動くなんて説明のしようがないわ」


『それももっともだ』


「だから大人しく操られなさい」


 何とも短絡的な命令。

 小指ひとつ動かせずなすがままだった以前ならともかく、ウィントレスを自在に動かせるようになった今となっては不満もでるというもの。


『オレを操るのなら、今日の訓練内容を教えてくれ』


 ヌッと右腕を差し出して尋ねると、少し思案したレーアが「いいわ」と応じた。


「今日の訓練内容は、実戦の沿った模擬戦だと聞いているわ」


 翔太に概要をざっくり説明しながら、レーアがクリスに命じて騎士服を脱いでいく。

 理由は簡単で、フルプレートより2周り程度しか大きくない機動甲冑の狭い躯体には、着飾った騎士服では入り込むことができないのだ。そのため肌着のようなごく薄い服になる必要があるのだが、思春期真っ盛りの男子にはいささか刺激が強すぎる。


〈アレはヤバい。身体がなくてマジ助かった〉


 レーアの脱衣シーンに精神が大興奮していると、不意にレーアから「聞いているの?」と窘められた。


『ゴメン。少しボーっとしていた』


 慌てて取り繕うも「ホントかなー?」と鋭いツッコミ。


「まさかとは思いますけど、姫さまに欲情などという邪なことはしていないでしょうね?」


 殺気のこもった視線で睨みつける。慌てて『ない、ない!』と誠意を見せて、どうにか信用してもらえたが前途は多難だ。


「とにかく。機動甲冑を交えての戦は、未だどの国もしたことがない。だからどんな戦い方が良いのかを試すのよ」


『まあ新兵器だもんね』


「だから相手はいないけれど、敵が攻めてきたと見做しで、合戦の訓練をするわよ」


 ウィントレスに乗り込んでレーアが翔太に訓練の流れを説明する。


『シミュレーションをする訳だな』


 納得したと同時に呆れた。

 その使い方の稚拙さに。




 太鼓の音とともに模擬戦が開始された。


 太鼓に呼応するように大声をあげながら、軽鎧を付けた一般兵たちが長槍を持って突撃する。

 それはまあ良い。

 翔太も某国営放送の大河ドラマの合戦シーンで何度も見た光景だ。

 リーチの長い槍で相手の前衛を突き崩す。特段の技能を必要とせず殺傷力が高い、集団戦としては極めてオーソドックスな戦術だ。

 

 だが、その次がいただけない。


 横一列に並んだ弓兵による長矢が一斉に放たれ、後方の敵兵を長距離から削ぐように射かける。


「各弓兵は手を休めるな! 射たら直ちに次の矢を構えよ!」


 指揮官と思しき将兵が弓兵に指示を飛ばす。

 言っていることは正論なんだけど何だろう? 何かがしっくりこない。


『迫力はあるけど五月雨だなー』


 正直な感想を漏らすと、レーアの声が「はあ?」と1オクターブ高くなった。


「我が国の精鋭になんてことを!」


『正直な感想だから』


 初手の一斉射撃こそ勇ましかったが、あとはバラバラと射かけていて面制圧ができていない。

 しかも突撃の後で援護ってどうよ? 敵を分断する効果があるかも知れないが、前衛の損耗率をまるで考えていない。

 

 その後はもっと最悪。

 槍騎兵が携えた槍を高々と掲げて駆け抜けていき、その後ろを剣を掲げたフルプレートアーマーの騎士の軍団が、大関ヨロシクふんぞり顔で連なる。


「さあ、わたしたちの出番よ」


 そして真打登場とばかりに、騎士と同じく剣を携えた最強兵器の機動甲冑が、周囲に威圧感を放ちながら胸を張って行軍する。


「もっと胸を反らせろ! その堂々とした姿が、敵に畏怖の念を抱かせて我らを勝利に導くのだ!」


 後方で指揮官と思しき将兵が、采配のようなものを振り回して、行軍する兵たちを鼓舞する。

 なるほど。北の某国のような軍事パレードならさもありなんなPRだが、これが実戦だったらどうなんだろうか? と翔太は首を傾げた。

 別にそっち方面のヲタクでも軍事評論家でもない単なる素人だが、多少ながら武道には心得があり、世間一般レベルで近代戦の知識も持ち合わせている。そこから導き出される答えは「ダメだ、こりゃ」でしかない。


「どう? 威風堂々としていて、圧倒的な強さをヒシヒシと感じるでしょう」


 おそらくこれ以上ないほどのドヤ顔をしているのだろう。レーアの自慢げな声が聞こえてくる。


『まあ確かにな』


 パワードスーツなんていう時代を超越したオーパーツなのだ。戦場にでれば歩兵はいうに及ばず、機動力を別にすれば槍騎兵や騎士よりも、機動甲冑が圧倒的な強さを発揮するだろう。

 けど、それだけだ。そこには戦術の欠片もない。


『しかしこんな戦力の暫時投入だと、作戦もへったくれもない。強いか弱いかなんて、兵士個人の力量があるかないかでしかはかれないぞ』


 序盤の歩兵や弓兵らはともかく、騎士や機動甲冑の登場のしかただと、源平や鎌倉時代のように武将が名乗りを上げての戦いなんだろう。本当に武将の力量差=戦力でしかない。

 前近代的というか古典的な戦いかたに少しの疑念も挟まず、レーアが「当然でしょう」と即答する。


「我が〝ナの国〟の戦士は勇猛果敢、どこの国の戦士にも引けを取らないわ。ただ機動甲冑は新兵器ゆえに、騎士の皆が慣れていないから不安が残る。それゆえにどのような戦い方をすればよいか見極めないといけない」


 つまるところ騎乗しての戦いから機動甲冑同士の戦いに、乗るものが変わっただけか。やっていることは「ヤーヤー我こそは……以下略」で何ら変わらないのだ。

 本気で殲滅戦をするのなら長弓を雨のように降らせて面制圧をした後に、機動甲冑を前面に投入して敵の歩兵をなぎ倒しながら本陣に攻め込むのが最も効果的だが、それを指摘する前に翔太はハタと考え込んだ。


〈近代戦以前は戦は農閑期にしていたし、街じゃなくて城や砦の攻略が主だから、民間人にあまり被害が出ていなかったんだよなあ〉


 実際には勝者による略奪や、敗走側が撤退時に焦土戦術を採ることもあるので、翔太の記憶は大きなカン違いしているのだが、将校クラスは殺戮より人質交換が主体でもあったのであながち間違いではない。

 それで恙なく世が回っているところに、非人道的ともいえる現代戦の思想を教えて良いのだろうか? いつかそうなるとしても、なにも翔太が時計の針を早める必要はないだろう。


〈これはオレが封印だな〉


 敢えて指摘する必要もないと沈黙していたら「だから翔太の感想も聞かせなさい」と、唐突に意見を強要してきた。


『いきなりだな。おい』


「アンタ武の心得があるでしょう、わたしたちとは違う剣術の? ならば聞いておいてもムダじゃないと思うわ」


 でなきゃ、あんな剣捌きは出来ないからね。と理由を告げる。

 確かに剣捌きなら翔太の分野だと言えるだろうし、火器を使う現代戦とは違って、教えたところで様相が一変することもないだろう。

 機動甲冑の動きや使い方を思い返しながら『そうだな』と私見を述べる。


『太刀の使いかたが根本的に間違っているな』


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