第15話 不器用な女神さま

 保健室の入口で挙動不審に立つ女生徒。

 それだけでも周囲から浮くこと請け合いだが、その女生徒が超絶美少女でお嬢様である南条玲香なのだから浮き方がハンパない。

 時おり廊下を通る生徒が不審者を見るような目で見返すのも当然とも言えるだろう。

 ある種ホラーなシチュエーションに声をかけるのもハードルが高いのだが、イケメン高スペックの八重樫にはバリアフリーも同然。


「入り口で何をしているんだよ? 中に入って来いよ」


「えっ。あっ。ちょ、ちょっと!」


「良いから、良いから」


 その一言で慌てふためく玲香を腕を掴むと、何の気負いもなく保健室に引っ張り込んだ。


「翔太の様子伺いなんだろう? だったら遠くから眺めるより、近くで確かめたほうが良いに決まっている」


 ニヤニヤしながら問いかける八重樫に玲香は「様子伺いって、意味が分からないのだけど?」と全否定。


「わたしはたまたま近くを通りかかっただけよ! カン違いをしないでくれる」


 ツンデレの定番のようなセリフを早口でまくし立てると、八重樫はその答えを予想していたのか、待ってましたとばかりに「本当に?」と懐疑的に訊き返す。


「当然よ」


 玲香がキッパリ答えるが、八重樫は「またまた、ムリしちゃって」と信じる気配はまるでなし。


「もう放課後だし、南条さんは部活をやっていないよね。ふつうは下校するだろうけど、保健室は下駄箱と逆方向。それでも、たまたまなのかな?」


 まるでアリバイ崩しをする名探偵のように、玲香の言動からアラ探しのように矛盾点をついていく。

 最初は「そんなことはない」と否定していた玲香だったが、次から次へと矛盾を崩されて、徐々に反論がしどろもどろになっていく。

 遂には反論に力尽きたのか「だから、何だって言うの!」と逆ギレ。


「いちおうクラスメイトなんだから、机に突っ伏して倒れたまま何時間経っても起きてこなければ、少しは心配にもなるでしょう!」


「いやいや。それはクラスメイトとして真っ当な反応だと思うよ。だから奥で直接、翔太を見舞ってやれよ」


 そう言って笑顔も爽やかに、八重樫が玲香を枕元に引き寄せる。

 こうなるとバツが悪いのは、むしろベッドで寝ていた翔太のほう。

 病気でも何でもないのに1人だけベッドにいるだなんて、皆が良くても翔太の美意識が否を告げる。

 とはいえ、いきなり起き上がれば、昼寝するがために仮病を装ったサボりと見做されるであろう。翔太的にそれは何だかダメだと思う。


 考えたうえの妥協案というか折衷案として、少しだけ体を起こして「やあ」と返事する。

 翔太は不愛想だが無礼ではない、安否を確認しに来てくれた相手に謝意を示さないなどもっての外。


「なんだか気を遣ってくれたみたいで悪いな」


 状態を起こしたまま礼を述べると「どうやら仮病じゃなかったようね」と、お約束通りの素直じゃないツンな返事。


「とにかく体が怠くてな、気付いたらこうなっていた」


 さすがに「寝込んだら放課後まで爆睡してしまった」とバカ正直なことは言えない。曖昧にぼやかして答えると「そうね」と何故か納得された。


「顔色が悪いわ。今日はバイトなんか行かずに、まっすぐ家に帰ることね」


 それどころか額に掌を当てて「熱はないわね」とかいう始末。ここまでされると実はオレって病気だったの? なんて思えてくるほど。


「素直に彼女の忠告を聞いたら。理由は何にせよ丸々1日寝込んだんだ、今日は安静にするべきだと思うぞ」


 腹に一物あるのか、イケメンがニヤニヤ顔をしながらを忠告するが、素直に従うのは剛腹もの。


「抜かせ。これでも一応は鍛えているんだ、これくらいでどうにかなってたまるか」


 休養は十分とばかりに翔太がベッドから飛び起きると「疲労を甘く考えるなよ」と、急な挙動に呆れたように八重樫が諫言する。


「足元がふらついたら何時どこで倒れるか分からないし、大きな病気の前兆かも知れないぞ」


 エライ謂われようだが、何故か玲香も「そうね」と同意。


「加納は見るからに不摂生だから、八重樫の予想通りの展開があり得るかもしれないわ」


 さらに傷口に塩を塗るような発言をするが、不摂生は当たっているだけに反論のしようもない。


「分かったから、もう帰る」


 これ以上の小言は堪らんとカバンを手に取ると、八重樫から「そうそう」の前置きとともにとんでもない提案がなされた。


「さすがに倒れるようなことはないと思うが、このバカはそれでもバイトに行こうなんて考えるから、監視を兼ねて送って行ってくれない?」


「なっ!」


 言うに事欠いて、何てことをしやがる! 

 そんなトンデモ提案なのに「良いわよ」と玲香があっさり受諾したのである。


「八重樫の言う通り、放っておいたら帰宅途中に道端で、ひっくり返っていそうだもの」


 焦ったのは翔太のほう。

 気楽に「よろしく頼むわ」とのたまう八重樫の口を塞ぐと「ちょっと待て」と割って入る。


「送って帰るって、どういうことだ? ふつうに考えて、おかしいだろう」


 腐っても翔太は男。それが性格は少々傲慢で高飛車とはいえ、見目の良い美少女である南条玲香に家まで送ってもらうのは、非常識というか立場的に逆だろう。

 そんなことをされたら男の沽券にかかわる。

 言外にそう匂わせたのだが、この高飛車女は翔太の細やかなプライドを「それで?」のひと言でぶった切った。

 

「体調を崩したクラスメイトを労わって家まで送る。これに男女の区別がいるの?」


「それはないかも知れないけど、問題はその後だって」


 当然のことながら翔太の家へ回り道をすれば、玲香の帰宅はそれだけ遅くなる。帰宅途中に万が一のことがないかと、翔太ならずとも心配になる。

 しかし翔太の懸念を些事とばかりに、玲香が明朗簡潔に「心配ないわよ」と撥ね退けた。


「病み上がりどころか病み中のアンタを歩いて帰らせるとでも? 車を使うに決まっているでしょう」


 当たり前だとばかりに玲香がドヤ顔で答えらると、ツボに嵌ったのか八重樫が「ぷッ」と吹きだす。


「そりゃそうだ。付き添う相手が南条なんだから、考えるまでもなく当然の選択だよな」


 何せ資産家の令嬢。運転手付きの高級車で登校する姿を何度も見ているのだから、車を呼ぶことに躊躇いがあるはずもない。言っている間に玲香がスマホを取り出すと「ここまで迎えに来て頂戴」と依頼を済ませていた。


「連絡したから、あと15分もすれば迎えに来ると思うわ」


「あ、ありがとう」


「ど、ど、どういたしまして」


 何故に挙動不審になる?

 毒気を抜かれた翔太が玲香に礼を述べると、何故か八重樫から「がんばれよ」と意味不明な声援を貰い後頭部をポンと叩かれた。


「それじゃあ南条、後はヨロシク。オジャマ虫になる前に早々に退散するわ」


「おい、コラ! オレは放置か!」


「オレは空気が読める男だからな。2人の間を割って入るような無粋な真似はしないさ」


 ムカつくくらい爽やかな笑顔を残して八重樫が保健室を後にすると、さっきから挙動不審に陥っている玲香のおたおた度がさらに増した。

 出来の悪いロボットのようなギクシャクした動きで、あからさまに翔太から視線を逸らしているのだ。


「な、何を知った風なことを勝手に言っているのよ!」


「南条が保健室の前をウロウロしていたから、格好のからかい相手になったんだ」


「それは、いい迷惑よね」


「アイツはそういうヤツだからな」


「と、とにかく。車を待たせるといけないから、サッサと支度をしてくれるかしら!」


 挙動不審が伝播したのか、翔太までもが「お、おう」とギクシャクした返答。

 ベッド下に置いてあったカバンを掴んで校門前に来てみると。


「……タクシー?」


 停まっていたのは南条家お抱えの黒塗り高級車ではなく、天井に行燈を設えた小型タクシーであった。


「ひょっとして、わざわざ呼んでくれたの?」


 意外な車で驚く翔太に玲香が「いいから乗って」と乗車を促す。


「言っておくけどアンタのために呼んだんじゃないわよ。わたしが帰宅するついでなんだから」


 いや、このシチュエーションでそれはないだろう。いかに鈍感な翔太でも容易に予想が立つが、このツンデレの王女様は何度も「ついで」を強調する。


「タクシーを呼んだのも「ついで」かよ?」


「もちろんよ」


 結果、わざわざ回り道をしたにもかかわらず、玲香は「帰り道だから」の姿勢を崩すことはなかった。

 しかも自宅近くで翔太を降ろすと「今日の授業は全然聴いていなかったでしょう」と言うとノートを1冊押し付ける。

 呆気にとられる翔太に「あとでゴミ箱に捨てなさい」と言うと、返事も聞かずに車を出していった。


 あれよあれよで思考が追い付かない。


「アイツ。何をしたかったんだ?」


 呆然と呟き渡されたノートを開くと、今日の授業内容がびっしりとメモられていた。

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