第13話 実証見分をしてみる 4
「第二段階に移行するといっても、やることはさして難しくはないわ。手足の動きは甲冑内の掴み棒を通して直に伝わるのだから。ビタリーを甲冑全体にまんべんなく行く渡るように想像したら、後は自分の手足を動かすだけよ」
翔太の問いに応えるように、レーアが起動した後の機動甲冑の動かし方を説明する。
相変わらず大雑把な解説ではあるが、要は甲冑内部のレバーを握ったまま体を動かせばよいだけで、操作自体はさして難易度は高くなく、慣れればどうというものではないように思える。
……そう、ふつうならば…。
だがレーアは肝心で大切なことを失念していた。
『オレ自身がその機動甲冑なんだけどな。どうやって中の掴み棒を握ったらいいんだ?』
意識のみがこの世界に召喚された翔太には、握ろうにも踏もうにも肝心の手足がない。つまりレーアの説明は絵に描いた餅以下なのである。
『手はない、脚もない。これでいったい、どうしろと?』
呆れ声で訊き返す翔太に、レーアも問題に気付いたのか「あー」と呻いて顔を顰める。
「肝心の翔太さまの手足が、今動かそうとするウィントレスそのものですものね。姫さまの助言はさしずめ、馬に向かって馬を乗る方法を教えるようなものかと」
『上手い! 座布団1枚!』
会心の例えに翔太が高評価を下すと、クリスにまでダメ出しをされて凹んだのか「うー」とレーアが呻く。
『これに懲りて現実に即した方法を教えてくれたらいいさ』
そこでレーアが素直に「ゴメン」と謝っていれば万事丸く収まっていたのだが、いかんせん王女のプライドが枷となって邪魔をした。
みるみる機嫌が悪くなり「何、甘えたことを言っているの!」と言葉を荒げる。
「男でしょう? そのくらいのことは、気力でも根性でも出して何とかしなさい!」
ここにきて、まさかの精神論が爆発。しかも根性で何とかしろと、論理的な思考は全放棄ときている。
無理難題振りが理解できたのだろう。クリスも「姫さま……それはちょっと」と遠回しに再考を具申するのだが、この女王さまは自分の非を認めようとはしなかった。
「機動甲冑を自分の体で動かすなんて本当は邪道よ。ビタリーが甲冑全体に行き渡っているのなら、意思の力だけで動かすことができなくちゃダメなの!」
自分の主張が正しいとばかりに、これでもかと精神論をさらに振りかざす。
のみならず「王女たるこのワタシに教えを乞うのだから、当然できるわよね」と脅迫としか思えぬプレッシャーをかけてくる始末。
さすがの無理難題、あまりのムチャ振りに、忠臣のクリスですら「お言葉が過ぎます」と諫めようとするほど。
もちろん当事者である翔太とて冷静ではいられない。
『ムチャを言うな! レバーの類を気合で動かせられるのなら、人は手を羽ばたかすだけで空を飛べる。世の中にはできることとできないことがあるんだ!』
当然のごとく反発するが、その程度でレーアが怯むはずもない。
「やる前に諦めたらそこで終わりよ」
さらにやる気を削ぐようなムチャ理論を畳みこんでくるという鬼畜仕様。
限度を超えたレーアの要求に、翔太の堪忍袋もブチッと切れた。
『諦める以前に、やる気すらでてくるか!』
売り言葉に買い言葉。
まさに一触即発になるかと思えたが、そうはならなかった。
意外な伏兵? クリスがヒートアップする2人に業を煮やしたのか「いいかげんにしてください!」と、特大の雷を落としたのである。
「おふたりとも我の張り過ぎと、興奮のし過ぎです。もう少し頭を冷やしてください!」
有無を言わさぬクリスの迫力に2人が「うっ」とたじろいたのは言わずもがな。その隙を突くように、クリスが「そもそも」とたたみかける。
「おふたりの目的は何ですか? ウィントレスを動かすことではなかったのですか? それなのにご自身の我を声高に主張して一向に引かない、これではできることもダメになると思いませんか?」
正鵠を付く指摘に翔太もレーアも反論ができない。
「ゴメンなさい」『面目ない』
ふたり揃って反省の弁を述べるが、スイッチの入ったクリスは容赦がない。周囲を凍てつかせるような冷え冷えした声で「言葉ではなく行動で示してください」と追い立てる。
「先ず、姫さまの説明は具体性が欠けております。もっと細かく手順を説明する必要がありますし、翔太さまには動かす体がないことを念頭に入れておかないと、只の夢物語になってしまいます」
理論整然と痛いところを指摘され、レーアが涙目になりながら「分かったわよ!」と乱暴に返事をする。
主への諫言が終わると矛先は翔太に移り「次に、翔太さま!」と、クリスが厳しい顔つきのまま指を突きつけた。
「心だけが転移した理由をお聞きするにつけ、不憫な境遇とは思いますがそれはそれ。今のお身体であるウィントレスが動かぬことには、自由以前のままならぬことが山積でしょう? しかるに姫さまの説明に文句ばかりはあまりに他人ごとではありませんか? 当事者なのですから、もっと歩み寄る努力をしていただかないと」
『うぐっ』
まったくもっての正論に返す言葉もない。
「という訳で姫さま、先ずは取っ掛かりです。掴み棒を握れば機動甲冑の中でどう動くのか? 構造を説いて、翔太さまに考える余地を与えてくださいませ」
ここまで諭すように促さればレーアとてバカではない。不承不承を装いながらも「手足で掴み棒を握れないのなら、気合でその先にある手繰り線を引っ張りなさいよ」と少し込み入った説明を付け加える。
『なんだよ、その手繰り線てのは?』
また意味不明な単語が出て来たが、クリスが先んじて「もっと詳しく説明を」とその先を急かす。
「おバカな翔太にも分かるように説明すると、手繰り線ていうのは掴み棒から延びている筋のような細い線よ。この線が甲冑の手から足の先々まで繋がっていて、これを掴み棒で巧みに操ることで機動甲冑を意のままに駆ることができるのよ」
それだと棒を握るからワイヤーを引っ張れだけじゃないか!
無意味な説明だと咆えようとしたが、待てよと思い踏みとどまり『フム』と長考する。
機動甲冑を人体と考えれば、先の手繰り線は神経に当たる存在ではないか?
神経を動かすのは脳の指令、すなわち思念に他ならない。それならば今の状態でも動かすことが可能かも?
『よくよく考えれば、アシストスーツも義手や義足の延長から発展したんだもんな』
フック船長のように鍵フック付きの義手が初期のものだとすれば、今や生身よりも速く走れる義足があり、想像の中では生体電流を使って駆動したり、果ては全身義体なんてトンデモナイものまである。
そもそもこの機動甲冑自体が周囲から浮いたオーパーツなのだ。もしも某アニメに出てくるヒトを模した構造の人造人間みたいならば、ひょっとしたらひょっとするかも知れないぞ。
『よし。やってみよう』
思い立ったら翔太の行動は早い。
といっても指先に〝動け〟と念を込めるだけだから、傍目には何一つ変わりがないのだが、先のことを念頭においてイメージに神経への伝達を付け加えた。
するとどうだろう。
「姫さま。今、ウィントレスの右指がピクンとしませんでした?」
「したわね。ホンの僅かだけど、確かに」
何と、2人そろってウィントレスの指が動いたと証言したではないか。
『動いたって、マジで本当なのか?』
「そうよ。ホンのちょっぴりではあるけど、間違いなくアンタの意思だけで機動甲冑を起動させたのよ」
問い返す翔太にレアが太鼓判を押し、クリスも「姫さまが仰るのです。疑う余地など微塵もありません」とレーアの発言を絶対だと肯定する。
「今の調子で、今度は腕全体を動かしてごらんなさい」
確固たる結果を出せとばかりに、レーアが動作範囲を広げることを促す。
結果が伴えばやる気だって俄然でるというもの、否などない。
『わかった。やってみよう』
ふたつ返事で答えて試してみる。
いちどコツを掴めば後はカンタン、意識を込める範囲を右腕全体に広げてみる。神経の伝達から筋肉が収縮するさままでイメージを膨らませると、取っ掛かりに苦労していたのがウソのように造作もなく腕が動く。
腕全体の大きな動きをクリアしたならば、今度は小さな動きもチャレンジとばかりに指先に集中すると問題なく動く。試しにグーチョキパーをしてみたが、まだ若干のタイムラグがあるにせよ、自分の手の延長のように動かすことは可能みたいだ。
『うん。まあまあいけるな』
自分なりに手ごたえを感じていたら、傍目にも相応に見えたのだろう。クリスが胸前で拳を固めて「スゴイ」と連呼する。
「翔太さまスゴイですわ。手だけとはいえ、まるで自分の体のように流麗な動作。こんな複雑で素早い動きは、恐らく筆頭騎士でもできませんよ」
さっきまでの辛辣な対応がウソのよう。目がハートマークになったのではないかと疑うほどのうっとりとした表情でクリスが褒め称える。
『えっと……褒めてもらえるのは嬉しいけれど、オレへの態度が急変し過ぎじゃないか?』
あまりの急変振りに翔太が戸惑っていると、レーアが「それはね」とクリスを指差しながら理由を口にする。
「その娘、ドが付くくらいに騎士に憧れを持っているからね。アンタが上半身だけとはいえ、ウィントレスを自在に操っことでコロッと参っちゃったのよ」
「姫さま。それだと私が騎士だったらホイホイと靡く、軽い女みたいではないですか!」
「違うの?」
「騎士なら誰でも、ではありません」
呆れ声のレーアにクリスがむくれるが反論する気は無さそうだ。
『肯定かよ』
「だから、誰でもではありませんてば!」
声高に主張しながらクリスが翔太を睨みつけるが、柔和な顔つきのためか、これっぽっちも怖くない。むりろムキになる表情がカワイイと思えるほど。
「それに今動いているのは上半身だけではありませんか。身体全部が動かないと、ほんとうに優秀かどうかなんて分かりません」
ごもっとも。
よくよく考えるまでもなく至極当然の回答なのだが、異世界版パワードスーツともいえる機動甲冑を動かせたことで、翔太のテンションは珍しくハイになっていた。
美少女に煽られたのも相まって、冷静な判断がお留守になったのが命取り。
『なら、全部を動かしたら優秀だと分かるんだな?』
ふだんなら絶対にしない大口を叩くと、右足に気を込めてグイっと持ち上げようとする。
「あっ、バカ! 待ちなさい」
急な挙動にレーアが待ったをかけたが、動きだした肢体は急には止まらない。
棒立ち状態だった翔太が知る由もないが、機動甲冑はその構造が故にヒトよりも重心位置が高い。
移動する重心に対応するように躯体を前に屈ませれば問題ないのだが、あいにく翔太は機動甲冑の構造に熟知していない。
ならば結果は火を見るよりも明らか。
『わっ! わっ! わーっ!』
モノの見事にひっくり返り、部屋中に大音響を響かせてしまった。
「アンタ。ほんとうにバカでしょう!」
レーアの罵りに、返す言葉もない翔太であった。
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