第11話 実証見分をしてみる 2

 翔太への接客をどうしたら良いのか?

 真剣に悩み相談をするクリスに、レーアが「そうね……」と言って、彼の意識が宿る機動甲冑を上から下から嘗め回すように睨みつける。


『な、何だよ?』


 突然ガンを飛ばされて戸惑う翔太をレーアが「オドオドしない」と叱りつけると、親指を顎に当てながら暫し考えた末に「当分はモノ扱いでいいわ」と断言する。


『待て! オレはオブジェか!』

 

 百歩譲って客扱いしないは納得もするが、モノ扱いとは何事か!

 扱いの悪さに憤る翔太を「そんな可愛いモノである訳がないでしょう」と、レーアが能面のような表情で静かに言い放つ。


「動かないで部屋に鎮座しているのは同じだけど、オブジェは芸術として愛でることができるわ」


 当然だ。オブジェとは本来そういうモノである。

 だが、翔太は動かずともヒトとしての意志がある。


『しかしだな……』


 当然のごとく反発するが、レーアは動じる気配もない。


「そもそも訊くけど、一騎当千の兵士5人分もの力を持つ機動甲冑のどこが可愛いって?」


 根本的質問に『ぐっ!』と詰まるが、ここで引き下がっては男が廃る。


『兵器だから可愛いの評価は要らんけど、オブジェにも劣るは言い過ぎでは……』


 なおも反論しようと翔太は足掻くが「現状、自分の意志で自由に動けないわよね?」とレーアが更に畳みかける。


「他所の国はいざ知らず、ナの国では権利は人に対して与えられるの。ヒトの形をしていれば例え動けなくても周りは人だと認めてくれるけど、機動甲冑の身なりでどうやったら認めてくれるのかしら?」


 理詰めでレーアに凄まれ、結局『モノ扱いで良いです』と論破できずに敢え無く轟沈してしまった。


「それで最初の課題なんだけど……」


『もう、どうにでもしてくれ』


「先ずは自分の意志で自由に動けるようになりなさい」


『それができたら苦労しない』


 いきなりのムチャ振りに半ギレで返すと、上目遣いに「そうかなー? 割とカンタンだと思うけど」とウザい返し。 

 もとい、ウザくない。


『体を動かすのがカンタンだって?』


 改めて訊き返すと、胸を反って「もちろん」と自信満々にレーアが答える。


「だって、咄嗟の際には動けたのだし、現に今だって不自由なく会話も出来ているでしょう。つまりは意識の問題だと思うのよね」


 レーア曰く翔太の今の状態は、ずぶの素人が前知識もなしに機動甲冑に乗り込んだのと同じなのだという。 


「つまり、正しい機動甲冑の動かし方を理解すれば、その体も自由に動くと思うのよね」


『……なるほど』


 理には叶っている。


「そういう訳で、翔太。アンタには機動甲冑の動かし方をマスターしてもらうわ」


 拳に力を込めてレーアが命じる。口調はいささか剛腹だが、翔太に断る理由はない。




「基本中の基本だけど、機動甲冑は〝ビタリー〟を糧にして動くのよ」


 開口一番。

 いきなり理解不能な謎物質の登場に、さっそく翔太の理解が追い付かない。


『ビタリー? 何、ソレ。食べ物の一種なのか?』


「えっ。ビタリーを知らないのですか?」


 翔太が口にした疑問に、クリスが可哀そうな子を見るような目で問い返す。

 常識を知らない残念な子を見るような視線に『知らないから訊いたんだ』と開き直ると、レーアが「あっ、そうか」と何かに気付いたようにポンと手を叩く。


「アンタたちの世界では名前が違うのかも知れない。ワタシとしたことが、そのことを失念していたわ」


 ひとり勝手に「ウン、ウン」と頷き、謎物質のビタリーについて解説を始める。


「ビタリーというのは、アンタの世界で何と呼んでいるのかは知らないけど、この世界に満ちている命の源のことよ。そのビタリーを機動甲冑に内蔵している魔晶石に集めることで、ウィントレスは動くことができるの」


 胸を張り「すごいでしょー」と得意満面に披露する。


『何が凄いのか分からんけど、そのビタリーなるものが機動甲冑のエネルギー源だということ〝だけ〟は分かった』


 ファンタジーなのかオーパーツなのか。

 電気もガスも未整備どころか、存在を知っていることさえ怪しいような中世ヨーロッパの技術レベルなのに、こと機動甲冑に関してだけは現代日本をはるかに凌ぐ技術水準。ギャップの激しいアンバランスさは分からないことだらけだ。

 それはさておき。


『動力源が解っても、それだけじゃ動かすことはできないだろう?』

 

 あいにく翔太が知りたいのは、起動する原理ではなく方法だ。そこはレーアも心得ていて「もちろんよ」と即答する。


「ワタシたちが機動甲冑に乗り込むと、最初に魔晶石に手をかざしてビタリーを循環させるようにするの」


 言い終わるや否や、阿吽の呼吸でクリスがパチンコ球サイズの物体を「どうぞ」とレーアに手渡した。


「これが魔晶石」


 一見したところ白濁したうずら卵。


『濁った水晶か、傷ついたガラス玉にしか見えないが……』


 見たまんまを正直に答えると「バカ言わないで、貴重品なのよ」と、レーアが咆えた。


「この大きさの魔晶石でも、小さな館がひとつ買えるわ。機動甲冑を動かすとなれば握り拳と同じくらいの魔晶石が必要。それがどれだけ高額で価値のある品物なのか、言わずとも分かるわよね?」


『で? 高級品を持っていると自慢したいのが本題なのか?』


「違うわよ。これでビタリーの循環を見せてあげるの」


 そう言って魔晶石を握ったまま、レーアが下腹部のあたりに両手を添えた。


「で、こんな風にするのよ」


 軽く目を閉じて瞑想のようなポーズを付けると、乳白色の魔晶石が淡く輝き、次の瞬間ゆらりと浮遊した。


『なにっ!』


 重力を無視して浮き上がった魔晶石はレーアのかざす掌の中でゆっくりと回転を始める。


「そして、さらに意識を込める」


 レーアの言葉に呼応するように魔晶石の回転速度が増すと、それに合わせて石の輝きもだんだんと強くなっていく。


『すごい……』


 これには翔太も引き込まれる。

 輝きはさらに増していき、終いにはLEDのシーリングライトとそん色ないほどの光量となり、素人目にもエネルギーの塊だと分かるほどになっていた。

 時間にしたら4~5分てところだろうか。

 もう十分見せつけたと思ったのか、かざす掌に意識を込めるのを止めて魔晶石の回転を止める。と、同時に発光も収まり、部屋は元の明るさに戻った。


「どう、カンタンでしょう?」


 事なげにデモンストレーションをやって見せ、お気楽にレーアがのたまうが、翔太にしたら「チョット待て」の世界。


『そもそも論としてオレには動かせる体がないのに、どうやったら同じことができるんだ?』


 理詰めで不可能を主張したが、レーアの返事は「アンタ、バカなの?」と失礼千万なもの。


「最初に言ったでしょう、機動甲冑には魔晶石が内蔵してあるって。アンタは自前のを持っているのだから、それに意志を込めれば良いのよ」


『しかし、そんな風に回転……』


 なおも食い下がろうとすると「あーあ、もう!」とレーアが癇癪。


「そもそもワタシがお腹の前で魔晶石を光らせたのは、アンタに見せるためにわざとに決まっているでしょう。それくらい汲み取りなさいよ」


 大きなため息とともにキャンキャン咆える。と、横からクリスまでもが「ひょっとして、翔太さまって〝おバカ〟なんですか?」と失礼なことをのたまう。


「ひょっとしなくてもおバカよ」


 ひと言の訂正もなく、レーアが澄まし顔で肯定する。

 殴ってやろうか、こいつ等。

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