第10話 実証見分をしてみる 

 これで3度目。

 布団に入って熟睡した途端、またウィントレスの機体に憑依している状態で翔太は目が覚めた。


『でも、なんかちょっと違うぞ?』


 感じる違和感につい声を出すと、眼前で胸を逸らしながら「うん。ワタシの予想通りね」と、鬱陶しいほどのドヤ顔で自画自賛するレーアの姿が映った。


『何だよ、予想通りって?』


 自信満々に言い放つので何がなんだと訊いてみると「ウィントレスの動力を入れると、翔太の意識が目覚めると確信したのよ」と、己が仮説が正解だったと、鼻息も荒く拳を固める。


『確信したって、オレが寝る時間を知っていたのかよ?』


 超能力のようなピンポイント予想に驚く翔太に、レーアが呆れるように「そんなの、分かるわけないでしょう」とバッサリと否定。


「何でワタシが、翔太が寝る時間を気にしないといけないの?」


『だよな~』


 そこは素直に納得。

 逆に予知していたら、それこそビックリだ。

 今までの状況から見て、この世界と現実世界には時差があることだけは分かっている。

 ただ時間の流れが同じかどうかははっきりしない。

 翔太が眠るとこの世界に意識が飛ばされ、ウィントレスに憑依した状態で目覚め、シャットダウンして現実世界に戻るといつもの起床時間朝になっているのだった。

 だから未だ都合の良い夢というセンも捨てきれずにいるのだが、あまりにもレーアが自由奔放すぎるので夢にしては都合悪すぎる気がしてならない。


『それはそれとして。良いのか? こんな場所に機動甲冑なんかを引っ張ってきてしまって』


 必要もないのに、声を潜めて「咎められないのか?」とレーアに尋ねる。

 翔太が懸念するのも、さもありなん。 

 翔太たちが今いるのは暗く殺風景な武器庫とは違い、まるでベルサイユ宮殿に迷い込んだかのようなムダに広くて豪華な部屋なのだ。

 天井には意匠を凝らした巨大なシャンデリアが吊るされ、アーチ状の優雅な窓からは柔らかな光が差し込む。壁は清潔感を漂わせながらも精緻な彫り物で装飾が施され、ソファーを始めとする調度類も素人目でも高級品だと分かる逸品ばかり。しかも隣の部屋には巨大な天蓋付きのベッドまであるという、3つ星ホテルのスイートルームも裸足で逃げ出すレベルの絢爛ぶり。殺伐として武骨な機動甲冑がいるには、明らかに不釣り合いな場所である。

 心配する翔太とは対照的に、レーアは全く気にする様子もなく「大丈夫よ」と涼しい顔。


「ここはワタシの部屋なんだから、誰が咎めるというの?」


 さらりと言ったレーアのセリフに、思わず『へっ?』と問い返す。


「だから、ワタシの部屋なんだって。あんな埃臭い武器庫に行くのはイヤだから、自分の機動甲冑はお部屋に引き上げることにしたの」


 当然でしょう。とばかりに胸を張るが、翔太からすれば呆れかえること然り。


『……これだからブルジョアは……』


 収納場所が埃臭いからって、虎の子の武器を自室に引っ張り込むか、ふつう?

 非常識極まりない行動にテンションだだ下がりの翔太に気付いたのか、レーアが悪戯っぽく肩を竦めると、内緒話をするかのように頬に掌を立てた。


「と、いうのは建前よ」


『えっ?』


「我がまま王女が気まぐれを起こしたということにしておけば、誰にも怪しむことなくこの状況を検分することができると思わない?」


 ウインクしながら自信たっぷりに語るレーアの妙案に、翔太も『確かに』と頷かざる得ない。

 武器庫に兵器があるのは当然だが、兵器が意志を持つという常識の斜め上を行っているのだ。秘匿したままで状況把握をしようとするのだから、漏洩対策を施すにあたって念には念をいれたほうが良い。


『オレの存在や諸々の不可思議な出来事を秘密にするには、王女さまの私室はもってこいの場所だよな。悔しいけれど』


 聡明なところもあるが、生来の負けず嫌いがその美点を潰す勢い。こいつ絶対にドヤ顔をするだろう。

 あ、やっぱりやった。


「でしょう? だからこうやって、向かい合わせで話をすることもできるのよ」


 有言実行とばかりにレーアが対面のソファーに腰かけると、テーブルに給仕されたティーカップを手に取り優雅にお茶を嗜む。ファーストコンタクトで晒した機動甲冑のコックピット(或いは装着状態)でおっぱいの感触を感じたときとは雲泥の差である。


『ほとんど身動きが取れずにオブジェのように鎮座している目の前で、オレが飲食物を摂れないのを知っていながら、これ見よがしに美味そうにお茶を啜るか?』


 恨みがましく愚痴を述べると、レーアが口元に手を当てながらわざとらしく「オーほっほっ」と高笑い。


「置かれた立場がよーく分かったかしら? 今のアナタは所詮〝モノ〟でしか過ぎない。人権を認めてもらいたいのなら、ワタシといっしょに謎の解明に努めることね」


 分かっているとはいえ、他人から言われると屈辱もの、翔太は『ぐぬぬ』と呻き声をあげて悔しがる。


「負け犬の遠吠えは良いお茶うけになるわね」


 上機嫌でカップのお茶を飲み干すと、レーアが傍に侍らせていた侍女にお代わりを要求するがtte

、ちょっと待てーい。


『これでもかというくらい秘密だと吹聴しているのに、なぜ部屋にさも当然みたいにメイドがいて、お代わりの茶を淹れている?』


「そりゃ、喉が渇いているからに決まっているわ」


 間違いではない。間違いではないのだが、質問の趣旨とは違うだろう。しかしレーアはそんなことなど気にする様子など微塵もなく、お代わりしたお茶を受け取りながら「クリスはメイドじゃなくて侍女。そんなことも分からないの?」と小バカにするような呆れ声。


『呼び名が違うだけで同じだろう?』


 反論する翔太に「全然違います」と当事者のクリスからクレーム。


「メイドとは館で掃除や洗濯などに勤しむ下女のこと。私たち侍女は主の世話や補佐を受け持ち、役割から仕事に至るまで全くの別物。一緒にしないでくれますか」


 言葉遣いこそ丁重だが、口調は諫めるというより無知を非難するかのよう。そんなことを言われても、翔太の周りに侍女もメイドもおらず、知っているのは給仕した飲み物に〝美味しくなるおまじないをする方々がいる店〟くらいなのだから、知らないのも当然のこと。若干拗ねながらも素直に『さようで』と返事をする。


『侍女の認識の点はオレの勉強不足だけど、この場に彼女が同席しているのはマズいだろう?』


 クリスの存在に気付かかったのは翔太にとって不覚だが、たった今、秘密の漏洩リスクを語ったばかりで、どの口が言うか?

 だがレーアは翔太の懸念を気にする様子など微塵もなく「クリスなら大丈夫よ」と言い切る。


「クリスはワタシの専属侍女だし、産まれたときからずっと傍にいて仕えてくれているから、心配するようなことは何ひとつないわ」


 胸を張って力強く断言すると、レーアはクリスの耳を引っ張り「い~い」と前置きをして何ごとかを囁く。

 レーアの語る何かに黙って頷いていたクリスだったが、突然驚いたような表情を作り、まじまじと翔太のウィントレスを見つめだした。


「姫様、この機動甲冑。中に人が……?」


 恐る恐る尋ねるクリスに「いないわよ」と断言。


「甲冑の中に人は入っていない。でも翔太という人の心はいるのよ」


「はて?」


「どういう理由でかは知らないけれど、意識だけがこちらの世界にやって来て、ウィントレスに憑依したみたいなのよね」


 破天荒で非常識な状況説明にクリスが驚くと思いきや、表情ひとつ変えずに「左様ですか」とあっさり納得。


『納得するんかい!』


 翔太の叫びは眉一つ動かさずスルー。


「いちおうお客人だから相手はしてあげてね」


 レーアが割って入って「承知しました」と返事をするが、相手が相手だからか無表情の中にも困惑が見て取れる。

 

「……困りましたね」


「ん。何が?」


「お身体が機動甲冑ですと、お茶などを嗜むことがダメでしょうから、翔太様へのおもてなしは如何いたしましょうか?」



『心配するとこは、そこじゃねーだろう!』


 全力で突っ込むしかなかった。

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