第9話 お嬢様のかく乱
「おい、また来ているぞ。例の美少女」
客席を見渡せる覗き窓に顔をうずめながら、先輩ウエイターが嬉しそうな声をあげる。
仕事場で不謹慎とは思うが、気持ちは分からなくもない。翔太だってオッサン相手に給仕するよりも、美少女に料理の注文を聞くほうがやる気が出る。
店の方針で店舗スタッフが男しかおらず、必然的に目の保養が客に向くならなおのこと。
ただその美少女が、あの南条玲香でなければの話だが……
「何で南条みたいなお嬢様が、ウチみたいな店に入り浸っているんだ?」
意味が分からんと翔太が首を傾げる。
どこが気に入ったのか知らないが、2週間ほど前から彼女は毎日この店に通い詰めているのだった。
地場資本のマイナー店舗とはいえ、翔太のバイト先は謂うところのファミリーレストランなので、女子高生が来店するのは珍しくはない。スイーツとドリンクバーの組み合わせなら千円程度で済むので、放課後や部活帰りに友人を連れ立って入店するのはよくあることだ。
ただし、これはあくまでも普通の女子高生でのこと。
これがおひとり様で来るうえに、相手が究極のお嬢様である南条玲香となれば話が別だ。
運転手付きの高級車で登校するようなブルジョアと、庶民が気軽に食事をするファミレスとではどうやっても釣り合いが取れないだろう。
実際、店内で寛ぐ? 玲香の姿は、周囲から異彩を放っていた。
食卓に座るなり周囲とは異なるオーラを放ち、周りを一切寄せ付けない孤高の存在と化す。こんな女子高生がどこにいるというのだ。
ファミレスの店内でドリンクバーの安いコーヒーを飲んでいるだけなのに、その姿は1枚の絵画のようにすら見えてくる。
文字通り住む世界が違う。それが翔太の正直な感想である。
できれば絡みたくないなと心の底から思うのに、バカな先輩ウエイター諸兄は近くでご尊顔を拝したいとばかりに、場所もわきまえずに小競り合いを繰り返すのだから始末が悪い。
そんなモノ、手が空いたやつが注文を受ければ良いじゃないかと思うのだが、先輩諸兄の考えは全く違うようだ。
「あれだけの美少女と、定型文とはいえ堂々と会話ができるんだぞ。そんな貴重な機会をふいにしてどうするんだ!」
「そんな、女の子と会話くらいで大げさな」
呆れる翔太に、最年長でフロアチーフを務める先輩ウエイターが「バカ野郎!」と、小声で罵声を浴びせた。
「美しさのレベルがまるで違う。ちょっとカワイイだけのその辺の輩と一緒にするな!」
目を三角にして他の美少女との違いをまくし立てると、翔太の持つ端末をひったくってチーフまでもがオーダー受けの争いに参加する始末。
翔太を蚊帳の外にして、本能むき出しに喧々諤々。激論の内容は「誰がオーダーを取りに行くか?」という実にくだらないもの。
スタッフのブーイングが飛び交う中「オレがオーダーを取ってくる」と、チーフが職権乱用をして権利をもぎ取ると意気揚々と玲香のいるフロアに向かっていった。
そんなバックヤードの空気が一変するのはその直後。
玲香のオーダーを取りに行ったフロアチーフが、ルンルン気分から一転、鬼のような形相で駆け戻ってきたのだ。
「加納。オマエ、彼女とどういう関係なんだ!」
力いっぱいに胸ぐらを摑んで、それこそ食ってかかるような勢い。
あまりの息苦しさに「コンプライアンス的に拙いって」と苦情を口にすると「悪い。つい興奮してしまった」と言ってやっと手を離してくれた。
「おいおい。殺しちゃマズいぞ」
「ラストまでは生きていてくれないと仕事が増えるから困る」
先輩ウエイターたちのありがたいお言葉に「オレの扱いヒドイ」とボヤくと、フロアチーフは「そんなことはどうでも良い!」とさらに暴言を叩きつける。
「彼女に料理の配膳はオマエがするようにと仰せつかったんだ。こりゃ、どういうことだ?」
どうもこうも知らんがな。
玲香とは単なるクラスメイトというだけで、セミボッチの翔太にはそれ以上の接点なんかないのだから、関係を正直に話して「直接手渡す必要のある配布物でも持って来たんじゃないっスか?」と答える。
ならどうして店に毎日通い詰めるいるんだ? と問われるが、それこそ翔太が理由などを知る由もない。
「とにかく〝お座敷〟に呼ばれたんだから行ってきますよ」
ご指名に従う必要はないのだが、断ると後が面倒くさそうな予感がする。キッチンからでき上がった料理を受け取ると、翔太は玲香の待つテーブルへと赴くのだった。
「お待たせしました、鉄板焼き 和風ハンバーグ定食でございます」
マニュアル通りの定型文を諳んじて配膳すれば、早速玲香から「遅いわ」とのクレーム。整った柳眉を逆への字に曲げて詰ってくる。
「注文して3分で調理できるのがウリじゃないの?」
「いや、ファストフード店と違うから」
というか、今日日牛丼チェーンでもメニュー次第では3分で出来上がらない。というかハンバーグ定食がファストフードの認識なのか? このお嬢様は。
「レシートによればオーダーを受けてから、かかった時間は約12分。一般的なファミレスの待ち時間は10分から15分くらいだから、この料理の提供はむしろ早いほうの部類に入るぞ」
料理と一緒に持ってきたレシートの入力時間を読み上げて、翔太が理不尽なクレームを撥ね退ける。しかし玲香は詫びることなく「えーっ」と不満顔。
「どうせセントラルキッチンで作ったやつを解凍して、盛り付けをしただけでしょう。調理に時間がかかるとも思わないし、ファストフードとどこが違うの?」
それを言われると身も蓋もないのだが、一介のバイトが「そうですね」などとは言えない。
「ドリンクバーも一緒にオーダーしているのだから、待っている間はジュースでも飲んで寛いでたら良いのに」
当たり障りのない範囲で時間つぶしの方法を提示したが、玲香はお気に召さないようで「イヤよ」と即拒否。
「ジュースなんかガブガブ飲んでいたら、糖分過多で太ってしまうわ。それに料理が届くまで、どうやって時間を潰すのかはお客の自由でしょう?」
はい、そうですね。おっしゃる通りです。
「それに、今のは配膳が遅い理由になっていないわよ」
話を逸らしたつもりなのに、何か怨みでもあるのか、意地悪く玲香が元の位置に引き戻す。
今まで会話らしい会話をしていなかったから気付かなかったけど、南条玲香って実はけっこう面倒くさい女?
「作り置き等をしていないので、調理に適正な時間が必要ということでご理解願います」
最終奥義のマニュアルを引用した上で「ここは大手のファミレスチェーンじゃないんだ。セントラルキッチンである程度は調理してあるけど、ソースを絡めたりとか最後の仕上げは店内でやっている。そこんところは理解してもらいたいな」と本来口外しない実情まで付け加える。
一応納得したのか「あら、そうなの」と肩をすぼめると、湯気が立つハンバーグを小さく切って一口食する。
「ソースはギリギリ合格点だけど、肉汁が少し薄いわね。まあ、可もなく不可もなくってところかしら」
「ここは南条がいつも利用しているような、星が付くレストランじゃないんだ」
辛口な玲香の寸評に「ムチャを言うな」と緩くツッコミを入れる。
そもそもファミレスに極上の味なんか期待するな。お手軽価格でそこそこ美味しいがお店のコンセプト、味を求めるのなら素材からこだわる専門店に行け。
さすがに口には出せないので心の中で反芻していると「勘違いしているようだけど」と玲香の掌がひらひらと泳ぐ。
「たまに行くから美味しいの、ああいうお店は」
「え、そうなの?」
「素材やソースにこだわっている分、重いわ。毎日食べていたら子豚さんになってしまう」
「なるほど」
と、気が付けば玲香の食事が終わるまで付き合っていた。
やっべー。
配膳したらすぐギャレーに戻らないといけないのに、クレーム対応からなし崩しに10分以上はこの場にいるぞ。
そのことに気付いた翔太は、慌てて「おさげします」と食べ終わった玲香の食器を回収すると、いかにも給仕をしていた風に体裁を整える。
翔太の隠蔽工作が滑稽だったのか、玲香が口元を手で隠して「クック」と笑うと、何事もなかったかのように「ごちそうさま」と言ってスッと席から立ちあがる。
呆気にとられる翔太の腕を掴んでレジで会計を済ませると、扉を半分開けたところで「シェフに伝えておいてくれるかしら?」と何か思い出したように唐突に振り返る。
「いただいたハンバーグ、まあまあ美味しかったわよ」
不意を突かれて翔太は呆然とするが、玲香が立ち去るときに見せたⅤサインでハッと我に返る。
「クソッ! からかわれた」
時すでに遅し。
玲香の姿は雑踏の中に消え去り、ひとりレジカウンターに取り残された翔太は、バックヤードから放たれる殺気を帯びた視線に晒され首筋が寒くなるのであった。
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