第8話 現実を知りなさい

「なるほど。つまり翔太は、眠っている間に意識だけが、こっちの世界に飛ばされたと?」


 レーアの合いの手に翔太が『そうなんだ』と頷くような口調で肯定する。

 といっても、傍から見ればレーアが機動甲冑に乗り込んだまま、ひとりでブツブツ言っているようにしか見えないのだが、幸いにしてここは誰もいない武器庫の奥。他人に覗かれる心配がないので、思う存分ディスカッションができる。


『論理的にあり得ない現象だからなあ。こうして話ができるようになっても、まだ気持ち半分くらいはオレの夢じゃないかと思っている』


 それだったらすべての理屈につじつまが合うのだが、レーアは断固として「違う」と固辞する。曰く「アンタの夢であって堪るか!」という、至極単純明快な理由。


「ワタシはワタシ、アンタはアンタ。ちゃんと考えたり感じたりしながら行動しているのよ。これがアンタの妄想だって言うの!」


 聞き捨てならぬとばかりに、眉間に皺が出来るほどに顔をしかめ、頭から角が出てくるような勢いでプンスカ怒る。

 その仕草が以外に可愛いことは絶対に言わないが、それはそれとして。


『オレは端から妄想だとは言ってないし、所詮悪魔の証明だから我を張るつもりもないんだけど……』


 レーアの気勢に圧されるように、翔太が主張に『だ~か~ら~』と付け加える。

 非現実的なシチュエーションなうえに、翔太からすれば〝寝床に入って目覚めたから〟これは夢だなと推理をしただけ。声高に主張しなくても「違う」と言えば『そうですか』でも構わない。

 翔太があっさり引き下がったためか、レーアが拍子抜けしたように「あ、そう」と頷く。


「もっと喧々諤々やり合うかと思ったけど、案外素直なのね。ワタシとしてもムダな時間を消費しないで済むからありがたいわ」


『そりゃ、どうも』


 軽く返したら何かが引っ掛かったらしく「ちょっと」と、また絡まれた。


「これでも一応〝姫〟なんだけど、不敬だとは思わないの?」


 そんなことを言われても、この国の国民でもないし建前上身分制度のない日本の高校生。ためらうことなく『ない』と即答する。


「……なるほど。アンタが〝この世界〟の住人でないことがよーく分かったわ」


 己の立場を理解していない翔太に向かって、レーアが疲れたようにどっと息を吐くと「いいこと、翔太」と突然名前呼びを始める。


「先ずアンタは、現在の状況を、ちゃんと理解している?」


『オレをバカにしているのか?』


 いきなり飛び出した初歩的な質問。理解も何も、今の今まで散々話し合っていた内容ではないか。


『レーア……姫のいる世界にオレの精神が飛ばされて。ええと、ウィントレス、だったっけ? その機動甲冑とかいう鎧だか乗り物に憑依している状態だ』


 とっさな時は翔太の意志で動かせるようだが、必ずしもではなく現に今は出来ないと甚だしく不安定。例えるならRPGのキャラで、バトルシーンの決め技だけをプレイヤーが操作できるといったところか。


 満点ともいえる回答をしたのに、質問を寄こしたレーアは眉間に指をあてて「やっぱり、ゼンゼッン解っていないのが分かったわ」と呆れかえる。


「ワタシが質問をしたのは現在の〝状況〟であって〝状態〟ではないわよ、この違いを理解している?」


 そう言われてもピンとこない。苛立ったレーアが『今のアンタがどういう扱いをされるのか、自分が置かれた立場を訊いているのよ!』と問い直してくれたので、やっと質問内容が理解できた。


『オレが今、〝ヒト〟ではなくて〝モノ〟扱いされるってことか?』


 いささか剛腹だが、客観的に見れば機動甲冑に憑依した状態の翔太に肉体はなく、人権を主張できるようなモノはひとつとして無い。

 目が覚めれば本来の世界に戻れるので悲壮感は持っていないが、モノ扱いされるのは不本意極まりない。


「それもあるけど、翔太は今の状況を半分も理解してないわね」


 そう言ってレーアがウィントレスから降りると、改めて翔太のほうに向き直り、ビシッと指を突きつける。


「機動甲冑というのは騎士の象徴であり憧れなの。機動甲冑登場以前はプレートアーマーを着ることがそうだったけど、それはもう古臭い遺物で、圧倒的な力を有する機動甲冑にはとうてい敵わないわ。でもその分高価だし扱いも高い技術が必要だから、騎士と言えども誰でも彼でも使える代物じゃない。ここまでは分かる?」


 ウィントレスを指で小突きながら一気に捲くし立てるレーアに圧されながら、翔太がおずおずと『……お、おう』と答える。


『コイツを所持するには財力が、扱うには高度な技量が要るってことだな』


 オウム返しのように返事を返すと「その通りよ」とレーアが自慢気に胸を反らす。


「我が「ナの国」は領地は決して広くないけれど、農業・商業ともに盛んな豊かな国よ。だからこそ機動甲冑の〝ドロール〟を7体も保有し、ワタシ専用の最新鋭の〝ウィントレス〟を含めれば8体もの機動甲冑を有しているのよ」


『最後の1体が宝の持ち腐れだな』


 ポロっとこぼした翔太の本音に「何ですってー!」とレーアが噛みついた。


「ワタシは剣技をお父様……じゃなくて国王に認められてウィントレスを賜ったのよ! アンタごときに何が分かるっていうの!」


 先ほどの比ではなく、般若のような形相でレーアが怒りを顕にするが、翔太は気にすることもなく涼しい顔で『だって』と言い募る。


『分るどうこう以前に、あの優男に2本先行されるほど、動きがボロボロだったじゃないか』


 鳩尾を抉るような強烈な返しにレーアが「うぐぐ」と唸るが翔太は容赦ない。


『もっとも、あの優男の剣技も大したことはないけどな』


 トドメとばかりに、さらに大きな爆弾を投下すると、最初はキョトンとしていたレーアだったが、意味が解るにつれて「な、な、な、な、何ですって!」と怒鳴りながら顔を真っ赤に染めていく。


「デーディリヒは我が国の筆頭騎士のひとり、ドロールを任すに値する強者よ。確かに性格には少々難があるけど剣の腕は確か。それを大したことないですって?」


 気に入らないとばかりにレーアが食って掛かるが、翔太の目から見てデーディリヒがドロールを操る足捌きや剣技は、お世辞にも洗練されているとは言い難い。師匠は言うに及ばず、姉弟子の智恵にさえも遠く及ばないだろう。


『まあ生身で剣を扱ったら違うのかも知れないけど、機動甲冑での戦いには凄みは感じなかった』


 侮辱したようにも聞こえるので、一応のフォローを付けると思うところがあるのか、レーアは「そうね」と腕を組みながら一考する。


「つまり、機動甲冑を操る力量がまだ足りないと言いたいわけ?」


『そう取ってくれて構わない』


 デーディリヒが生身で駆る剣技を翔太は観ていないのだ、勝手に技量を推し量ったら失礼に当たるだろう。


『レーアの言葉通りなら、あの優男が機動甲冑を扱い出してまだ日が浅く、完熟操作が出来るに至っていない。なおかつ機動甲冑自体もまだ新しい技術で、手本となるものが世間に広まっていない。そんなところかな?』


 多分こんなところだろうなと思い訊いてみると、ビンゴだったようで「そうよ」とぶっきらぼうな答え。


「機動甲冑が世に知られるようになって約3年、わが国にドロールが配備されたのが半年ほど前のこと、翔太の言う通りコレはまだ歴史の浅い新兵器だわ。デーディリヒたちも日々乗りこなすために努力をしているけど、生身と機動甲冑を操っての剣技ではまだまだ大きな差があって、力を十二分に発揮しているとは言い難いのが現状」


『そんな中で他国が先に機動甲冑を乗りこなして力を付けたら、国家間のパワーバランスが一気に崩れてしまう。それを憂いて自分が何とかして見せようと、姫の身でありながら最新鋭の機動甲冑を扱おうとしたわけだ』


 ああ何か歴史の授業を反芻しているようだ。

 鉄砲や航空機みたいな戦闘を根本から覆す新兵器が現れたとき、いち早く運用を固めた陣営がその後の世界のイニシアチブをとることができる。

 さすが王家の姫だけあって、レーアはそのことにいち早く気付いたのだ。

 残念ながら実力が伴わなかったけど……


 残念な子を見るように翔太がレーアを見つめていると、レーアはレーアで「本当にね」と翔太の考察に評価を下す。


「いくつか気に障るところもあるけど、翔太の予想は概ね当たっているわ。たったあれだけの情報でここまで理解するとは、さすがの洞察力ね。そこまで分かっていながら、どうして自分の立場に気が付かないのか、理解に苦しむのだけれど」


『立場ったって、オレがその新兵器に憑依した状態だってことだろう?』


 動かすこともできるみたいだと付け加えると「そこよ」との指摘。


「翔太の指摘通り機動甲冑は画期的な新兵器、使われかた次第では国の隆盛にすら関わる可能性すらあるわ。だからこそ筆頭騎士に下賜して習熟してもらっているのだけれど、そこに主がいなくても自在に動けて剣技にも優れる機動甲冑があればどうなると思う?」


 悪戯っぽい質問に翔太が『あっ』と唸る。


『オレが兵器扱いにされる。下手すりゃ戦争に駆り出されて侵略の尖兵だよ』


「父上がそこまで愚かだとは思わないけど、アンタが優秀過ぎれば最悪あり得る話なのよ」


 そこに思いつかないなんて、どれだけ想像力に乏しいのかとレーアが呆れかえる。

 残念なのは翔太のほうであった。

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