第3話 翔太の日常
翔太が今の学校を選んだ理由=家から近い。ほぼこの一択であった。
これといった賞罰はなしで、成績は可もなく不可もなくを地で行く中の中なうえ、クラブ活動は中学3年間を通して帰宅部に在籍。
こんなので高校の推薦などある訳もなく、内申書にしても減点こそないが加点する要素もない、見ても3秒後には忘れ去られる存在。ゆえに通う高校も、その他大勢に埋没してしまうような、ごくごく普通の公立高校であった。
そんな理由で選んだ高校である。当然愛着などないし、通っている理由も進学するために〝高卒の資格を得る〟という実に消極的なモノ。
ゆえに学校内では目立たない。というよりほぼ相手にされていないセミボッチ。
朝、顔を合わせれば挨拶はするし、学校内なら休み時間に話しかけられたら返事もする。
ただ積極的に関わろうとしないので、相手も必要がなければ関わって来ない。イジメとか村八分を受けている訳ではないが、関係が空気よりも希薄なのだ。
要は学校での人付き合いが煩わしいという翔太の性格上の問題が大なのだが、それでも「構わないでくれ」という無言のメッセージをガン無視してやって来る猛者がいる。
「しけた面しながらニヤケた表情を作るって、よくもそんな器用なマネができるな」
教室に入った早々。
その猛者こと八重樫満の失礼極まりないツッコミに、翔太は「朝からケンカ売っているのか?」と低く吼えて睨みつける。
暗に「オレに構うな」という意思を込めたのだが、そんな抗議などどこ吹く風。
「だって翔太が、昨夜見たエロビデを思い出して、エロいことを反芻しているような表情をしるんだから」
イケメンのキリリとした顔を崩し、面白いオモチャを見つけたとばかりに八重樫がにじり寄ってくる。
「さあ吐け。昨夜何があったんだ?」
「どこの刑事ドラマだ!」
「いやだって、木刀を振り回す以外にこれといった趣味がない。といって部活も勉強もしない、さらには女にも興味が一切ない。高校生にして人生枯れた翔太が、朝っぱらからニヤケ面を晒しているんだ。何か事件があったと考えるのが自然だろう?」
「だから昨夜、オレがエロビデオを観ていただろうと断定した。と?」
「おうよ」
エライ言われようである。
しかも「これ以上ないくらい、カンペキな推理だな」と言って髪をかき上げる仕草付き。根拠のない自信は、いったいどこからやってくるんだ?
「いや、間違っているから。ゼッタイに満が考えていることと違うから!」
八重樫のトンデモ推理を、声を大にして全否定する。
ボッチに晒されるのは構わないが、ヘンタイ扱いはゴメン被る。
「なんだ。つまんねーヤツ」
「満と比較したら、どんな奴でもつまんねー人生になっちまうよ」
「そーかー?」
自分で言っていて腹立たしいが、満は目鼻立ちの整ったイケメンで勉強もスポーツもできる。さらには人当りが良くコミュ力が豊富だから男女関係なくモテる、まさにリア充を画に描いたような人間だ。ある意味男の敵ともいえる存在なのだが、なぜか休み時間の度に金魚のフンのように纏わり付いてくる。
世間では、それを腐れ縁と呼ぶ。
「楽しみかたは人それぞれ。どうせだったら気の置けないヤツや女の子と楽しく遊んだほうが良いだろう?」
イケメンが白い歯を見せ爽やかに笑う。
それはそれとして、
「ただ翔太は、バイトと剣術に重きを置き過ぎてやないか?」
遠回しに「もうちょっと遊ぼうぜ」と訴える。ヤロウのおねだりなんて気持ち悪いのだが、満がやるとなぜか爽やかに見えるからイケメン補正は恐るべし。
「先立つものが必要な以上、アルバイトは辞めれない。剣術はそれこそオレの拠り所、もっと辞められないって」
もともと剣術の胴衣や道具を買うために始めたバイトだ。
やりだしたら意外と楽しく、実益もあるので徐々にシフトも増やしていったのが現実。
そのしわ寄せが友達付き合いの減少ということに気付いていないのが、翔太のおバカなところだが。
「でも何だったっけ? 翔太が習っている剣術の流派。めっちゃマイナーで、大会とかにも出られないんだろう?」
「剣道じゃないからな。対人でまともに打ち合えば生死にかかわる」
「うわっ、物騒」
翔太が習っている『陰陽流』は、戦国時代から続く介者剣術と呼ばれる古武道である。世間一般が想像する竹刀を用いる〝スポーツとして〟の剣道とは違い、戦国時代そのままに鎧兜の武将と戦うことを前提とした戦闘技術である。剣道とは礼を貴びの精神部分は同じでも、実技が剣呑すぎて同じ土俵で試合など危なすぎできやしない。
「剣を振るのが楽しいからな。級や段みたいな資格にも興味ないし」
重りを貼った木刀を用い、疑似的とはいえ真剣と同じ刀で振るうのだ。体力がつくのは言うまでもなく、リアル感が半端ないだけに、やり始めたら竹刀では満足できなくなっていた。
「バトルジャンキーか!」
八重樫の指摘に翔太は反論ができなかった。
「剣術も良いけど、程ほどにしておけよ。見ろよ、わが校のマドンナが胡散くさげに睨んでいるぞ」
八重樫が顎を引く先に学校一の美少女だと噂高い南条玲香がいた。
南条玲香。
容姿端麗、眉目秀麗。
大事なことだから2度言いましたとばかりの重ね言葉。だが、それに見合うだけの美貌を彼女は有していた。
痩身ではあるが瘦せぎすではない。背が高いから目立たないだけで、バストサイズはDはあるとかないとか。
要はモデル体型で、無駄を削ぎ落した美とでも言うべき佇まい。
さらには学校どころか全国レベルでトップクラスの才媛のみならず、なぜしがない公立校に通う? という資産家の令嬢という、天が二物も三物も与えた完全無欠のお嬢様なのである。
さて、このお嬢様。基本的には人当りも良く性格も明るいほうなのだが、なぜか翔太に対してだけはつんけんしていて挑発的だ。
やはり今日も「ふん!」とばかりに2人を一瞥して、ひと言も交わさずに通り過ぎていった。
「あ~あ。せっかくの機会をふいにして」
八重樫が残念だとばかりに責めたてるが、セミボッチな翔太からすればデフォルトな展開。
「機会も何も、南条がオレに興味を持つわけがない」
そもそも存在を認識しているかも怪しい。さっきの盛大な「ふん!」も八重樫が翔太にくっつき過ぎたのが原因だろう。
だが脳みそがお花畑な悪友は「そうかなー?」と懐疑的。
「興味がなかったら、わざわざ睨みつけたりしないと思うけど」
だからオマエがくっつき過ぎるのが原因だ!
「睨んだんじゃなくて、呆れていたんだろう。アレは」
男同士が顔を突き合わせてのひそひそ話に耽美な感想を抱くのは、腐った発想のごく一部の者だけだろう。ノーマル思考な大半の女子は、キモくて引くにきまっている。
翔太が「オマエといるとヘンな勘繰りされるから、寄ってくるなと言ったのに」と愚痴ると、八重樫は肩を竦めたキザな表情で人差し指を左右に振る。
「もうちょっと女の子の気持ちを勉強しような。アレは「気になっている」だ」
気持ち悪いことに、ウインクのおまけ付き。
ドヤ顔な八重樫とは対称的に翔太は「はーっ。これだから、イケメンは……」と、どっと疲れたように肩を落とす。
「学校で一番の美少女もオレのことが気になる。ってか? 自意識過剰にも程があると言いたいけど、如何せん満だからな。周りのひんしゅくを買わないように気をつけろよとだけ忠告しておくわ」
処置なしとばかりに諫言すると、なぜか八重樫が憐れむような顔つきで困ったように肩を竦める。
「翔太は本当に女のことが分かっていないな」
どういうことだ?
訊き返そうとした翔太の気勢を削ぐように授業開始のチャイムが鳴ると「じゃあな」と八重樫は白い歯を見せてその場を離れていった。
残念ながらボッチの翔太は、その日は二度と話しかけることができなかった。
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