第2話 翔太、大地に立つ
いきなり開いた翔太の胸。
戸惑う時間すらないうちに、金髪・ポニーテールの美少女が翔太の中へと、するりと入っていく。
〝まるで翔太の存在が無いかのごとく、極ごく自然に〟
憑依? そんなアホな!
さすがにそんな非現実的なことは無く、翔太の格好は戦隊モノのラストに出てくる、巨大ロボットのような着ぐるみで全身を纏っていた。
いってみればロボットのコスプレで二人羽織をするようなもの。
それでも絶世の美少女と密着でドキドキもののはずなのに、翔太の精神は欠片も興奮していない。
やっぱり夢だからかねぇ。
むしろ冷静過ぎるくらい冷静な自分に驚きを感じる。
〈そもそも皮膚感覚が全くしないから、興奮のしようがないんだよな〉
いくら大き目な着ぐるみとはいえ所詮はヒト型、密着度はMAXにならなければおかしいのだ。
それこそ胸か背中に、その巨大な双丘を感じられて当然なのに、肌が触れる感覚などこれっぽっちもない。
というか自分自身の五感が欠落しているのも絶賛継続中である。
視覚・聴覚こそあるが、指一本どころか瞬きひとつできないのだから、感覚的には18歳未満は見ちゃダメなアダルトビデオを鑑賞しているような感じ。
いや、むしろそれ以下かも知れない。
本来であればとある場所にある波動砲薬室内の圧力が上昇して、大変なことになっているのだろうが、回路が遮断されているせいでエネルギーゲージがピクリとも上昇しないのだ。
オカズの素材が最高級だけに、ご褒美どころかヘビの生殺し・拷問でしかない。
いくら夢でも、もうちょっと何とかならないのか?
その願いが聞き届いたのか、体な中でスイッチが入るような感覚の後、翔太の体が1歩2歩と前に進みだした。
ただし本人の意思とは一切関係なしに。
「動くわ! 動いたわ!」
体の中から美少女のはしゃぎ声が聞こえる。どうやら動いたのは、この少女の意思によるものらしい。
〈断りもなしに勝手に動くな〉
翔太の文句など何のその。というか全く聞こえていないようで、金髪美少女は翔太の意思とは関係なく勝手に歩を進める。
「姫さま。大丈夫ですか?」
ボブカットの少女が心配そうに尋ねると「ええ、問題ないわ」と余裕しゃくしゃくな返答。
実際には杖を突いた老人よりも動きは凄くぎこちなく、今にも転びそうで怖いのだが、体の主導権は奪われたままなのでどうすることもできない。
そもそも、いったい何がしたいのだ?
まさか本当に二人羽織で蕎麦を食う訳でもあるまい。
そんなアホなことを考えている間も、翔太の体はおっかなびっくりながら、ゆっくりと前に向かって移動する。
移動することで外界の光が入ってきて、この場所が何かの倉庫だったのだと分かってきた。
それもただの倉庫ではない。
〈……いくらなんでも、物騒過ぎるだろ。おい〉
壁一面に剣や槍に弓などが所狭しと立て掛けられ、それら全てが観賞用ではなく実用品だということに気付いたのである。
つまりココがどこかなのは未だ不明ながら、翔太は今の今まで武器庫の中にいたのである。
純粋な殺傷力の比較なら、近代兵器であるマシンガンや手りゅう弾のほうが高いだろうが、ヒトを殺める武器としては、剣や槍のほうが生々しいだけに凄みというか迫力がある。
今の今まではロボットの着ぐるみというかコスプレをさせられている感覚だったが、壁に掛けられた剣や槍を見て甘い考えが吹っ飛ぶ。
今のオレの格好は、いうところのフルプレートアーマー。全身鎧の甲冑姿なのではないだろうか?
何故そんな姿でしかも女の子と一緒なのかは依然謎だが、夢とはいえずいぶんと血生臭いところに飛ばされたものだ。
だが動きがギクシャクしてヨタヨタしていることには合理的に説明ができる。
なにしろ全身鎧はものすごく重い。板金でできたレプリカのフルプレートアーマーですら、重量は20キロを超えるという。
そんなものを着こんでいれば、右や左に体が大きく傾くのは至極当然。
ましてや扱うのがうら若き女の子なのだ。
「おっととと……」
なるべくして身体が大きくよろける。
「キャーッ! 姫さま!」
青ざめる侍女の悲鳴に、寸でのところで転ばずに持ちこたえると、金髪の少女が「大丈夫、大丈夫」と大口を叩く。
どこが大丈夫なんだとヒザ詰めしたいが、こちらの苦情は通らずと相変わらずの一方通行。
「新品で慣らしができていないからかしら。ビタリーの循環が上手くいっていないみたいね」
意味不明な単語が含まれるが、転びかけた原因は身体の不備だと他者に擦り付ける。
おいおい、ここまでよろけて他人の所為かよ。呆れた処世にツッコミを入れたいが、聞こえないから無駄だと諦める。
「そういうことでしたら、いっそう慎重にお願いします」
ハラハラしながら侍女がムチャをするなと懇願し、当人も「分かったわー」と答えているが、果たしてどこまで信じてよいやら。
一蓮托生な翔太も陰ながら祈っていると、身体はいつの間にやら武器庫の入り口付近にまで移動していた。
姫さまと呼ばれた金髪美少女が、屋外へ出ようと目論んでいるのは行動から見て明らか。
ふつうに歩いて外に出ていくのならば「どうぞご自由に」で放置するが、ふらふらと足どりがおぼつかないだけに恐怖を覚える。
そして蔵の入り口には、最大の障害物『框』が待ち受けていた。
「姫さま。お足もとにご注意を」
ボブカットの侍女が注意を促しながら段差を指摘するが、姫さまは「分かっているわよ」と異に返さない。
しかし平たんな場所でもこれだけヨタついているのに、僅かとはいえ段差のある場所を無事に通過できるのか?
ハラハラしながら見守っていたら、やはりというか案の定というべきか、見た目10センチほどの段差に見事に引っ掛かかってしまった。
「キャーッ!」
盛大な悲鳴とともに、たたらを踏みながらつんのめる。
翔太自身が動いていたなら、そのまま走り抜けることで踏ん張って危機を脱するだろうが、いかんせん体の主導権は姫さまが握っている。
ふつうに歩くことすらままならぬ彼女のことである。
当然ながら対処のしようもなく、なすす術もなく慣性と重力の法則に従い、前に前へと落ちていく。
〈受け身くらい取れよ!〉
あまりの醜態に罵ると「出来たら、とっくにやっているわよ!」という言い訳じみた反論が返ってくる。
〈だったら、せめて手を出して膝を付け〉
怒鳴りつけたが、いちど勢いをつけた甲冑は止まることを知らない。
ビターン!!!
実際にはそんな音はしなかったが、比喩がそのまんまという潰れたカエルのような態勢で、翔太の体は大地に叩きつけられる。
「痛ったーい!」
全身を纏うフルプレートアーマーは重く、比例するように衝撃もそれ相応。姫さまが悲鳴をあげたのも無理からぬこと。衝撃が酷いと目から星が出るって本当だったのだ。
しかし、翔太が驚いたのはそこじゃない。
!!!!!
痛みと同時に一瞬ながら、身体の中から柔らかい、しかし弾力に満ちた何かが、力強く密着する感触が感じられたのである。
それも2つ!!
ひょっとしてと、思春期にありがちな逞しい妄想が頭の中を駆け巡ったが、残念ながら翔太がソレを確認することはできなかった。
目から星が出たと同時に、翔太の意識は現実のもとに。早い話が眠りから目が覚めたのである。
むくりと起き上がり、左右を見回す。
間違いなく自分の部屋だ。
6帖の洋間にスチール製のベッドと机が鎮座し。もう一方の壁際には本棚と収納庫付きのハンガーラック。世間一般の高校生と比較して可もなく不可もなくの恵まれ具合だろう。
あえて難点といえば、出張が多い仕事の関係で父親は不在がち、離婚した母親は2年前から別居なので、炊事・洗濯・掃除などの家事一切をを自分でしなければならないことだろうか。
それにしても……
「妙にリアルな夢だったな」
ふつうなら何となくおぼろげな全体印象だけだとか、鮮明に残るワンシーン以外は全部記憶から抜け落ちていたりするはずだが、この夢に限っては最初から最後まで細かなディテールも含めて全部覚えている。
「最後の感触は、絶対アレだろう」
胸の前で両の掌が半円運動を描いた。
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