第二十話 要求される不自由

「あたっ! あたたたたたっ!」

 

 俺の顔へ目がけて飛んできた黒っぽいそれは、見事に顔面に連続で直撃した。

 痛いことには変わりないのだが、思っていたよりは痛くなかった。子供のビンタを連続で浴びたような……。

 

「ねぇちゃーーーん! やっぱ効かないよぉ!」

 

「毎回それやってるけど、効いた試しないでしょうが! 次の足止めに専念しなさい!」

 

 正面の男は泣き顔で女へ助けを求めている。予想通り女が姉で姉弟らしい。

 

 全速力の俺に対して、左側から女も全速力で向かってくる。このままなら正面の男よりも早く女とかち合うことになる。

 

 こうやって走りながら冷静に考えられるのは体を動かしているのが自分ではないからなのかもしれない。

 

「あ゛っ!」

 

 女が俺との距離があと三メートルほどの所で急に足を止め旧停止した。顔を歪ませ、両手で両耳を抑えている。

 

「ねぇちゃん!!!」

 

 今度はなんだよ!? 次から次へと……。向かってくる女に何が起きたっていうんだ。

 

 次々と原因のわからない現象が起き続けるけれど、相変わらず走り続ける体。

 

 あ〜やっぱりこのまま行くと、正面の男とぶつかるよな……。なんか気合入った目つきしてるし、タックルでもされるのかな……。避けてくれよ、俺の体。

 

 どうみても俺より体格が良い。まぁぽちゃっとしてて羨ましい体系ではないが……。このまま激突したらおそらく当たり負けるだろう。

 

 何もすることができない、対策できないという無力感に反比例して走り続ける体。ささやかな対策として当たる直前には、まぶたを強く閉じようと思う。

 

 正面の男がもう目の前にまで迫り、今にも激突する。

 

 その時、男は両手を下から何もない空間を抱えるように上へと掲げる動作を見せる。すると、俺の体は徐々に失速していく。

 

「あれ!?」

 

 足元で何か音がする。ギチギチ、ミチミチ、ブチブチ。何かが強く擦れるようなちぎれるような音。俺に許された唯一の自由である目を使い思いっきり足元を見てみると、足元の地面から黒っぽくて少し紫がかった植物が俺の足に強く絡まり俺の体の自由を奪っていた。

 

「なんだこれっ!」

 

 その植物はみるみるうちに成長し、より複雑に絡みつき俺の足、膝、腰の自由を奪う。その頃には完全に足は止まっていたが、体自体はなんとか動こうとしていた。

 

 すると、俺の体は抱えていたアニマを横へ流れるように投げる。

 

 その先にいたのはマサだった。

 俺からのパスを軽やかに受け取り、そのまま敵陣をまっすぐに突っ切りゴールドールへとアニマを叩き込むことに成功した。

 

「ヴォォォォォ!!!」

 

 ゴールドールは試合開始時と同じように雄叫びを上げている。

 

「なんか……よくわからないけど……ハァハァ……ゴールしたらしい」

 

 正面の男が得点を取られたことを認識し手を降ろすと、俺の体ごと養分にでもする勢いで絡みついていた植物はホロホロと崩れ淡く光りながら消えていった。

 

 またそれとほぼ同時に体の感覚と自由も戻ってきた。

 

「んはっ……ハァ……いててっ」

 

 体中に強く絡みつき自由を奪う植物。そもそも感覚が無くなっていたことで気づかなかったけれど、皮膚は赤く腫れ上がり炎症している。感覚が戻ってきたことで痛みにも気づかされた。

 

「キングパペッツ、ワンポイント獲得」

 

 審判が慣れた口調で進行していく。

 試合の一連の流れが途切れた今がチャンスだと思い、審判の元へ駆け寄り質問をする。

 

「すいません、これって何点取ったら勝ちですか?」

 

「おや。ご存知なかったのですか?」

 

 当然そうなるよね。この選手何を今更となるはずだ。至って普通だ。そうなんです、ご存知無いんです。

 

「えぇ……そうなんです。ごめんなさい」

 

「いいえ。謝らないで下さい。では簡潔に伝えます。七点を獲得するとそのセットの勝利となります。そしてセットを先に二セット獲得したチームの勝ちとなります」

 

「七点……。わかりました。ありがとうございます!」

 

「どういたしまして」

 

 七点か。ひと試合どれくらいの時間で決着が着くのだろう? 一時間ちょっと?

 軽い小走りで自陣へと戻る。マサとナオはハイタッチして得点したことを喜んでいるようだ。

 

 アニマクラッシュ自体はラグビーやアメフトにかなり似ているけれど、そこに個人それぞれの特殊能力アニマケミーが関わることで全く別物になっている。

 

 おそらく普通チームは、対戦相手がどんな能力を持っているのかとかどういう戦いをするのか? とか調べて共有するんじゃないのか? と、素人ながらにも思うけれど、マサたちは一切教えてくれない。それとも自分たちは把握していて俺にだけ教えないのか?

 

 ただ実際に試合が開始して対戦相手の能力も一人だけだけどわかった。少しぽっちゃりした男性はおそらくポジションはサポーター。そして能力は植物を操る力だろう。その植物は茄子。男性がこちらに飛ばしてきた黒っぽい何かは茄子だった。

 

「では次のクラッシュスタートは得点を取られた側からのスタートとなります」

 

 審判は新たなアニマを取り出し、相手チームのディフェンダーの男性へ渡した。

 なるほど。得点後のスタートは攻守が変わるような感じになるのか。

 

「ではよろしいですね? ……クラッシュ!!」

 

 審判は最初の掛け声よりは抑えめに開始を告げた。

 

 相手のディフェンダーの男性はしっかりとアニマを抱え走り込んで来る。もちろん、仲間の女とぽちゃナス男も並走している。

 

「ワンマン」

 

 再びマサがそう呟くと……来た! やっぱりそうだ! この気持ちの悪い感覚……全身の力が抜けていく自分のものじゃなくなるような。この現象はマサの能力だったんだ。

 

 もしこの能力が敵の誰かのものなら、俺を操って自分たちの陣地へ走らせないだろうし、マサに抜群のタイミングでパスしたりしない。マサの能力はチームメンバーを自分の意のままに操る能力アニマケミー。まさに

 

 再び体の感覚が無くなると体はハツラツと走り始めた。今度は向かってくる相手チームに向かっている。

 

「ちょっと! くっ……やめろ!」

 

 残された自由である目と言葉でマサに訴えかける。

 

「ふっ! 気づいたか? やめるわけねぇだろ! やめたら何かメリットがあんのか? ただのド素人に何が出来る?」

 

 口角を軽く上げほくそ笑む、両手を広げ手のひらを上に向けるようにしてあざ笑うマサ。

 

「っ!?」

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事故った果ての錬魂術士〜科学と魂の解放録〜 十四布都 伊太郎 @Toyohutsu_Itaro

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