第十九話 飛び上がり飛び出す

 急いでコート中央まで駆けていき、ナオの隣に整列する。横目でそろりとマサの方を見ると対戦相手を視線で殺す勢いで睨みつけていた。

 

 はぁ……やだやだ。勘弁してくれ……。対戦相手からは俺もこの二人の仲間とおもわれてるんだろうなぁ……。

 

「では、キングパペッツと一姫二太郎ズの試合を始めます」

 

 さっき声をかけてくれたアンドロイドが丁寧で落ち着いた声で仕切ってくれている。審判なのだろう。

 

 それにしても一姫二太郎ズ……って……もっとこう、なんかいい感じのチーム名無かったのか。

 

 対戦相手の三人は少し気の強そうな女性といたって普通の中肉中背男性と少しぽっちゃりした気のおとなしそうな男性。チーム名から察するに……兄弟だろうか?

 

「両チーム準備はよろし……オニマル選手、ギアがオンになっていないようですよ」

 

「あっ! すいません!」

 

 そっか。そうだよな。

 よく見てるな……あの審判アンドロイド。

 

「両チーム握手」

 

 審判アンドロイドは手を交差するような仕草で両チームの握手を促す。

 握手が終わるとナオは整列をやめ、マサの数メートル後ろへと下がり構える。対戦相手もディフェンダー役であろう男性をひとりコート中央に残し、後ろの位置へと下がっていた。

 

 そして俺も見様見真似で中央から離れてみる。この辺の定石というか定番の動き方とか教えといてくれよ……。

 

「よろしいですね?」

 

 審判はディフェンダーの二人の顔を交互に見ながら問う。

 二人はほぼ同じタイミングで小さく頷いた。それを確認した審判は「アニマ」と言いながら後ずさりし、両手を上に伸ばす。

 

 その両手に示されたように中央の天井を見るとアニマが現れた……その時。

 

 『『ヴォォォォォ!!! 』』

 

「っ!?」

 

 全身の毛が逆立つようにして体を縮ませてしまった。なんだ? 

 

 なんとも不気味な音はコートにいる俺たちを挟み込むように聞こえてきた。不思議な威圧感を感じた。その方向にあったのは、練習場で見せてもらっていた不気味な人形がその姿に忠実に不気味に動き回る姿見だった。

 

「あんな感じに動くわけね……」

 

 その動きは無機物な人形のはずなのにどこか予測できない動きをしていて、生命の影を感じる動きに不安で不気味なものが心の底に沈殿するのを感じた。

 

 観客席から少ないながらに歓声が聞こえた。今まさに試合が始まろうとしているのだろう。冷静と緊張の押し合いも決着がつきそうだ。

 

「クラッシュッ!!!」

 

 審判は大きな声を張り上げ、天井へ向けて伸ばしていた両手を素早くバツ印を描くように降ろした。

 

 審判の「クラッシュ!」とほぼ同時か少し早いタイミングでコート内にいたマサやナオ、そして対戦相手の人たちから煙のような水蒸気のような形のないゆらゆらとしたものが溢れ出している。

 

 まずいっ……情報量が多すぎる……。次から次へと初めて見るものを浴びせられて捉えるのに精一杯だ。

 

 その不確定で形を持たない溢れ出たものは一瞬で視界を遮ったことで反射的に腕で顔を覆ってしまった。

 

 これ……練習場でマサがブチギレて突っ込んできた直前に見た現象と同じやつか?

 

 一瞬で視界を遮ったゆらゆらとしたものが、空気の循環とそれ自体の動力によって流されていく。遮る時も一瞬だったが視界が開ける時も一瞬だった。

 

 コート中央へ目を運ぶと、にらみ合うように対峙していたマサと相手のディフェンダーは姿を消していた。

 

「あれ?」

 

 ガキャッ!

 

 音のした方、視界からはみ出す上の方を見ると五メートルほど空中に二人はいた。聞こえた音はチームの中でディフェンダーだけに許可されているヘルメットとちょっとした防具のはげしくぶつかった音だったのだろう。

 

 マサは相手に前蹴りをかましている。その手には淡く光るアニマをしっかりと抱えて。

 

 試合開始と共にコート中央の天井部分から真下へとまっすぐに射出されたアニマ。その奪い合いにマサは勝利したようだ。

 

「なっ……ジャンプ力……」

 

 どう見ても人間離れしている。

 

 それを見て小さくガッツポーズするナオ。

 

 獲得したアニマを両手でしっかりと掴んだままマサが着地すると。

 

 

 マサが小さく呟くとすぐに異変に気づいた。体が言うことを聞かない! 言うことを聞かないどころか、俺の意思に反して勝手に動き始めた。

 

「うわっえぇ!! なんだこれ!」

 

 気持ち悪い!! 長時間の正座で足がしびれて膝から下に自分の体じゃない無機物がくっつけられているような感覚が全身にある。

 

 そしてその体は相手陣地、つまり目指すべきゴールに向かって全力疾走している。

 

 どうやら眼球と言葉の自由はこちらにあるみたいだ。おんぶでもされて勝手に移動しているのとも違う……いったいなにがどうなって……。

 

 状況整理も出来ぬまま再び俺の体は激しく動く。今度は後ろ向きのまま敵陣へ走り始めた。

 

 後ろを振り返るとマサが大きく振りかぶりアニマをこちらへパスする。

 

「あっちょっと! あっ!」

 

 それをなんの問題も無く掴み、前へ向き直り加速する……俺の体。もちろん勝手に。

 

 左からは相手の女性がすごい勢いで走り込んで来ていて、進行方向にはもう一人のぽっちゃりした方の男性が構えている。

 

「ちょ……ぶつか……ぶつかるよね!?」

 

 マサと対峙していた男性がマサと同じポジションだとするならば、ディフェンダーだろう。一番後ろで構えて進行方向にいるぽっちゃり男性はサポーターか? ということは、あのなかなかにエキサイティングな表情で左からこちらに向かってくるあの女性がアタッカー?

 

 そりゃ向かってくるよな……俺が抱えて走ってるのはアニマでアニマクラッシュとはアニマの奪い合いのスポーツなのだから。

 

 くっ……どうしたら? この勝手に動く体がなんとかしてくれるのか?

 

 正面の男がスッと右手をこちらに向け、左手で手首を固定するように構える。

 

 まさか……だいたいああいうふうに構える姿勢を取るとビームのようなものが出てくるはずだ。漫画でも映画でもだいたいそうだ。

 

「ほっ!」

 

 ポポポポポポッ!

 

 男が短く叫ぶとその右手のひらから黒っぽくて楕円形のように見える何かがこちらへ向かって飛び出してきた!

 

「ほら! やっぱり!」

 

 しかし、当然ながら俺の体は全速力を続けており避ける素振りはない。

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