第十八話 他人の立場
中は男女に別れたロッカールームと簡易的なミーティングルームも備え付けられている。
当然ながらまだ誰もいない。
とりあえず荷物を置き、ロッカールームとミーティングルームを歩き回ってみる。
これから試合に出て、なおかつそれを他人に見られる実感は今のところない。というか試合もこのジャージで出場するのだろうか? いやまぁ、このジャージは格好良くて気に入ってるけど……流石にジャージは……ねぇ?
一通りロッカーを開けてみたり、ミーティングルームの備品を漁ってみたりしてすることが無くなったのでロッカールームに座っていると、ドアが勢いよく音を立て──いや、正確には立っていない。
マサとナオが入って来た。
もうマサ=激しい物音 が、結びつきすぎて自動ドアなのに聞こえたような気がした。
マサとナオは入ってくるなり、俺をいつものように無言で睨み付けてくる。マサは無事に回復したようだ。
くぅ〜……険悪なムードすぎるだろ……。ムードがビンビンに張り詰めてる。これからチームでスポーツしますって雰囲気じゃない。
マサはドサッと音を立てて座り、支度を始める。女性側のロッカールームに行くついでにナオは何かを投げつけてきた。
そしてそれは俺の顔面を包み込んだ。
「わぶっ……」
包み込んだそれは、ほのかに洗剤の香りを感じた。
「テッペイのユニフォーム借りてきてやったから、ジャージの上から着な……」
そのまま通り過ぎて行くナオ。
「あっと、あ……す」
突然だったので感謝の言葉はうまく言えなかった。
まさか気を利かしてくれるなんて、意外だった。
渡されたユニフォームは上から着るタイプの物で、サッカーやバスケなどでいうところの練習試合でチーム分けをわかりやすくする為に着るような簡単な物である。
袖を通し、ロッカールームにある姿見で見てみると胸元にキングパペッツの文字とロゴがある。かるくロゴの部分を触り、元いた位置に座り直した。
ジャージもユニフォームも着て、靴も履いた。あとは試合開始を待つのみ……。
立ち上がるマサ「ついて来い」
マサのついて来いは、嫌な予感がする。
ミーティングルームの方へと歩きだし、女性側のロッカールームの前に差し掛かる。
「ナオ! ミーティングな!」
「はーい」
なるほど、ミーティング。なんか試合開始前っぽくなってきたな……。
少し遅れてナオが入ってきて全員が揃うとマサが口を開く。
「ナオはいつも通り頼むな」
「うん。任せて」
態度のデカイ人の座り方ってどんな感じ? と、聞かれたらほとんどの人が想像するであろう座り方をしたマサがナオへ視線を送りながら話す。
「で……鬼丸」
「はい」
「とにかく……練習場でのことは水に流そう」
いやいやいや……水に流そうってそっちの立場で言うセリフか? やられた側が言うもんでしょうよ。
「な? 俺たちもなんだかんだで仲間な訳だ。よろしく頼むよ」
マサは立ち上がり、俺の目の前で握手の為の手を差し出してきた。
ふざけるな……なんて都合の良い奴だ。これは本心。この本心を理性と理屈で心の奥へと押し込み、鍵をかける。ここで拒否すればマサとナオは激怒し、荒れに荒れるだろう。
そうなれば、試合もまともにこなせるかどうかもわからない。このアニマクラッシュがどんなものなのか知るためには出来るだけスムーズに物事を進めたい。
「そうですね……よろしくお願いします」
マサのガタイの良さに比例したゴツゴツの手を握り返した。
その時マサの口から「ふっ」っと音が聞こえた。なんだ? 鼻で笑ったのか? このタイミングで?
「おう! よろしく頼む!」
「痛っ……」
背中を二度叩かれた。
「それで……アニマの力は現界してるよな?」
いつか聞かれるだろうとは予想していた。そりゃあ、気になるだろう。チームメイトがどんな能力を使えるか、それによって作戦や勝敗に大きく関わる。
「いや……してないです」
「してない?」
「はい、まだしてないっぽいです」
「ちっ! んだよ……使えねぇな」
そういう使えるとか使えないとか心に留めて置くべきことを自然と言葉出しちゃうんだもんな……。言葉を吐き捨てると同時にテーブルの足に悪意をぶつけるように蹴りつけるマサ。
「わかったわかった……とにかくお前は試合に出てさえしてくれれば良いから」
「作戦とか無いんですか?」
「ごちゃごちゃうるせぇな……二つ返事で『はい』って言っとけや!」
「なっ……」
さすがに呆れて反論する気にもなれなかった。これからド素人が自分のチームメイトとして初試合をするってのに、作戦会議も無し、出るだけでいい? 試合前には少し準備運動とかして体を温めておく、とかも無いのか?
あ〜もう……知らん。
「ナオ、初めての相手だがランクボードでは格下だ。普通にやれば勝てる」
「うん、頼りにしてるよマサ」
マサは目の前で手をかざしギアを操作して、立ち上がる。
「そろそろ時間だ。行くぞ」
おっと、危ない。ユニフォームのことばかりに気がいってギアを着けるのを忘れていた。走ってロッカールームに戻り、装着する。ギアは無くてもアニマは見えるけれど、マサたちに俺が特異体質であることを知られたくない。
後を追うようにして、コートへと歩を進めた。
今まで自分の状況をどこかで信じられなくて、他人事のように感じていた部分もあった。むしろ、他人事と思っていたことで精神のバランスを保てていたのかもしれない。
これから試合が始まるこの瞬間、緊張しているのが自分でもわかる。変な笑いすら出そうだ。でも不思議と向かう足取りは悪くない。このまま回れ右して逃げ出すことだって可能だ。でも、その選択肢は取らない。
「すぅーー……はぁーー……」
小走りでコートへと飛び出す。まず視界に飛び込んてきたのは練習場で見たものとまったく同じのコートだった。見回すと観客席もちらほらと埋まっている。三分の一……程度だろうか。満席だったらどうしようかと思ったけれど、少し安心してしまった。
観客席を見回していると「オニマルシュウタさん?」
声のする方へ振り返ると端正に整った顔立ちの男性がいた。なんだかすごく礼儀正しそうな……。
「は、はい」
「コート中央へ」
そう言うと手で促すようにコート中央を指してくれた。この男性、エーテルと同じように目の下にほのかに発光するラインが描かれている。アンドロイドだ。
コート中央にはマサとナオ。そして対戦相手であろう三人が整列している。
やべっ……。少し浮かれて会場に見惚れてしまっていた。
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