第十七話 異次元の美貌

 ナオは立ち上がりマサの足を抱え始める。


「何ぼーっと突っ立ってんのよ! ベンチまで運ぶの!」


「あ……あぁはい」


 マサの脇の下に手を回し抱え上げる。

 なんて重さだ。脱力した人間は重いとよく聞くけれど、ここまで重いとは思わなかった。込めた力が上手く伝わっておらず、逃げていく。


 なんとかベンチまで運ぶことに成功したが、ほとんど引きずるようにして辿り着いた。これだけでじんわりと汗をかいてしまった。


「ふぅ……」


「何一息ついてんのよ! コートの外で救急隊の目印やんなさいよ!」


 ナオの声は甲高くて不快指数が高い。反抗しようと思う気持ちすら削いでいく。


 コートから出ると遠くの方からかすかにサイレンのような音が聞こえる。ピーポープー、ピーポープー。聞き馴染みはあるようなないような音。


 近づいて来たのは軽トラックをひと回り小さくしたような車でカラーは白と赤を基調としてはいるが、デザインはよく知っている救急車とは違った。


 その救急車に向けて手を振ると、目の前で停まった。


「気絶した男性がいると通報を受けたのですが!」


 車両には運転席と助手席に一名ずつ、荷台に一名の隊員が乗っている。


「はい、こっちに」


 救急隊を呼んだのは我々だと意思を示し、案内する。


 テキパキと素早い動作で必要な荷物を抱え、コート内に入るのだがドームの前で必ずギアを操作して入っていく隊員の方々。


 マサの元で迅速に作業が進んでいくのを少し離れたところで立って見入っていた。どうやら大したことはないが、病棟へ運び込まれるらしい。


「きみ、ちょっといいかい?」


 肩をトントンと、二回触れられた。

 振り向くと救急隊員の方がおり「……はい?」


「きみもケガ。してるだろう?」


「いやっ俺は別に!」


 愛想笑いで誤魔化してしまった。


「別に? なんだい?」


 適当にはぐらかそうとしたのが伝わったのか腕を持たれ振り向かされた。


「っと……」


 綺麗な瞳にぴったりと目があってしまい、ほんの一瞬だけ時が止まったかのように吸い込まれた。なんというイケメン……。こんな美しい顔の人間存在するのか……。


「やっぱり。ケガしてるじゃないか」


「あ……いや、ぁ、はい」


 ……この人、髪型もベリーショートだし、とんでもない美青年かと思ったら……女性だ。


「じっとして……」


 その女性隊員は左頬の後、左脇腹にそっと手を添える。


「あの……」


 再び目を合わせるとほんのわずかに微笑んでくれた。


「もう大丈夫」


「あの、何を?」


「君の自己治癒力を"促進"させてもらったよ。数時間もすれば痛みも無くなるはずさ」


「ケガが治るってことですか!?」


 勢いで左頬を触って確かめる。


「痛っ!」


「あははっ! 残念ながらそういう能力では無いんだ、ごめんね。まだ治ってないよ。あくまでも促進だからね」


 促進……。そういう能力もあるのか。


「能力……ってことは、プレイヤーもされているのですか?」


「ん? プレイヤーはしていないよ。この施設で働く職員なら希望すれば 能力持ち《アニマケミスト》 になれるからね」


「へぇ〜……そうなんですね」


「ということは、君は新人さんかい?」


「えぇまぁはい……そういうことになりますね」


「そっか。頑張ってね、応援してるよ」


 またほんの少しだけ微笑んで颯爽と練習場を出ていってしまった。彼女の美貌と会話に夢中になっていたが、マサの処置は済んだようで担架で運ばれている。


「アンタッ! 試合に遅れんじゃないわよっ! 三十分前集合!」


 ナオの黒板鉤爪ボイスがこだましている。


 ピーポープー……ピーポープー……。


 消防隊員三人と伸び切ったマサとナオを乗せて去っていった。しばらくの間ベンチに座り、小さくなっていくけれど聞こえるサイレン音を聞きながらぼーっとしていた。


 コート中央付近にはマサの頭部に直撃した愛しの圧縮ペットボトルが転がっているだろうことを思い出した。


「あれを能力で……」


 手をコート中央に向けてかざして、ペットボトルを浮かせこちらに移動させる。目の前まで移動してきたところを手で掴んだ。


「すご……こんなに圧縮されて硬くなってる」


 なにがどうなったらこうなる?

 考えても答えは出そうになかったので、ペットボトルをジャージのポケットに入れ、ロッカールームの荷物を抱え練習場を後にした。


 ぐぅ〜。


「腹減ったなぁ……」


 この施設内には食堂もあったはず。ギアで場所を確認し向かうことにした。今後もギアのナビ機能にはお世話になることだろう。


*   *   *


 無事に食堂にも辿り着き空腹を満たすこともでき、迷うこともなく自室へ帰ってくることが出来た。


 そして時刻はもうすぐ試合開始の一時間前。


 ナオは練習場の去り際に『三十分前!』と叫んでいたけれど、早めに行ったほうがいいだろう。これから素人が試合に出るってのに作戦会議すら無いのだろうか? というか早めに行ってもマサたちが来ないなら意味無いのか? 


 うーん……考えても仕方がない。不安は行動で消そう。


 ベッドへ座りながらちょうどよく目の前にあった自分の太ももを勢い良く三回叩き、気合を入れて出発した。


「痛……」


 この環境に身を置くことになってから……置きたくて置いているわけじゃないけれど……。新しい物や事の連続でずっと心が緊張状態にある。新しいことに挑戦するというのは緊張する。緊張は不安や怖さからもたらされる。


 そして、新しいことへの挑戦は自分自身の評価を直接的に跳ね返す。人は誰しも自分の実力や評価をありありと見せられることに潜在的な恐怖を感じる。そんな想いを今まさにひしひしと感じながら、目的地の試合会場まで歩を進めていると今回も無事に辿り着くことが出来た。


 基本的な構造はこの前初めてマサに連れられて見た会場と変わらないけれど、観客席の規模は少なめに思う。


「ここで……」


 はっきり言って少し安心した。あんな大勢の観客に見られるド素人なんて考えただけで吐きそうだ。


 関係者通路を見つけ、入っていくと割と簡単にロッカールームを見つけることが出来た。丁寧にチーム名も書いてあるが……。


一つは【キングパペッツ】もう一つは【一姫二太郎ズ】


 マサたちのチーム名がなんなのかなんて全く気にしていなかった。ただ……一姫二太郎ズ……では無いだろう。多分……いやそうであってくれ。


 キングパペッツと表示されたロッカールームへと足を踏み入れた。ふぅっと小さく息を吐き出して。

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