第十六話 意外な反撃
アニマを持ったまま再び四つん這いになり、片手でアニマを床に近づけ押し付けてみる。するとアニマは床から五センチほどのところでそれ以上押し込むことが出来なくなり、床とアニマが触れることはなかった。
「やっぱり……なんか違和感あると思ったら、そういうことか」
仕組みはわからないけれど、床にはアニマは触れることは出来ず、触れる前に跳ね返ってくるらしい。どれだけ力を込めて押し付けても変化はなくなんとも言えないアニマの感触だけが伝わってくる。
それからはドームの壁を利用して、いい感じの速度で跳ね返ってくるアニマを避ける練習をしたりうまくキャッチする練習に励んだ。
このアニマ独特の挙動が新感覚で、なんとも言えない楽しささえ感じていた。
じんわりと汗もかきはじめた頃、気分も乗ってきて跳ね返ってきたアニマにアッパーのようにパンチングをしてみると。
「あっ!!」
うまく拳の真ん中で捉えることが出来ず、投げた時とさほど変わらない速度で大きく横に逸れてしまう。……横に逸れるだけなら良かったのだが……。
逸れて遠ざかるアニマを目で追った後すぐに気づく。その方向はベンチルームであり、マサとナオがいる方向だ。
「やっ……ば」
「あのっ!」咄嗟に声をかけるが間に合わない! アニマの軌道はマサの顔面へと向かっている。……ぶつかる!!
ナオと談笑しながらくつろいでいたマサだったが、突然目つきが変わり体を起こす。その勢いのまま左手で向かってくるアニマを受け止めて掴んだ。マサの手にはグローブが装着されている。
「……」
「あっ……ごめんなさ……」
ゆっくりとアニマを掴んだ手を下ろし「危ねぇな……おい」
マサの顔はうっすらと赤みがかっており、完全にキレてらっしゃる。うん、これはキレてる。
ゆっくりとベンチルームから出てくるマサだったが、ゆっくりなのはそこまでだった。
一瞬、マサの体がほんのりと煙のようなゆらゆらとしたものに包まれたように見えたその瞬間!マサがこちらに向かって走り出したことは認識出来たのだが、あっという間に目の前まで距離を詰められた。
「いっ!?」
「……殺す気か? なぁ? おい?」
完全におキレになってらっしゃいますね。すんごい血管浮いてる。殺す気? そんなわけないだろう。確かにめちゃくちゃ疲れるけど、そんな大げさなことか?
「いや……えっと、すいません。ちょっと手が滑ってしまって……ごめんなさい。以後、気をつけます」
視界に何かが映り込んだ。
ボグッ!
「っつ……」
左頬が何かにえぐり取られたような感覚。
痛……。少しふらついた後で理解した。殴られたらしい。鼻の中がムズムズして液体が動いているのがわかる。それはすぐにぽたぽたと滴り落ちてきた。
「そもそも……ふぅー……ずっと俺はお前にイライラしてんだ……」
それはお互い様だ。こっちだってお前らにはイライラしている。
グローブを汚さないように左手に着けていたグローブを外し、左手で鼻を軽くつまんだ。
「なんだその目は?」
今度は低い角度でマサの右拳が動いたのがわかった。わかったからと言っても避けられるわけではない。
ドグッ!
「っくっは!」
左脇腹にめり込むマサの拳。左側は事故の衝撃で打撲しているのでダメージ倍増だ。苦しい……。肺が一個もぎ取られたような感覚。呼吸がうまくいかない。
「ちょっとマサ! やりすぎないでよ!」
うずくまり四つん這いになり痛みを堪えていたところにまさかの発言が聞こえた。信じられない、ナオがかばってくれてるのか?
「この際……やるとこまでやってやるか!」
うずくまる俺の頭にマサは足を乗せ、勢い良く突き飛ばした。
「ぅぐぅ」
ひっくり返された亀のように後ろへ仰向けに突き飛ばされる。
仰向けになった俺の上半身目掛けて飛び乗ってくるマサ。マウントだ。喧嘩といえばマウントですね。
抵抗しようと力を込めてみるのたが、全く動かない。俺より身長も高く、筋肉量も多い。そしてマサは両膝で俺の両腕を地面とサンドウィッチしていて、手枷状態で動かない。
「くっ……」
「むかつく顔してやがる……ふんっ!」
振りかぶられるマサの右腕。どうすることも出来ない。殴られるイコール痛い。わかりきった未来を受け入れるしかない。せめてもの抵抗で強く、強く目をつむった。
ドメキャッ!
すごい音がした。自分が殴られているというのにやけに冷静だった。それもそのはず、全く痛くないのだ。恐る恐る目を開けると、拳を振り上げたままのマサがゆっくりとこちらへ倒れ込んでくる。
「……んえ!?」
反射的に顔を右側に逸らした。どうやらマサは俺にのしかかる形で左側に倒れ込んでいるようだ。一体なにがどうなって……。
目を開けると目の前にはギュッと圧縮されたペットボトルが転がっている。
「ペッ……ト?」
ええ!? もしかして? すぐに天井を見ると浮いているはずの愛しのペットボトルがない。
ということは……。
自分の顔を左側に向けると当然マサの顔があるのだが、そのマサは白目を剥き、気絶していた。
えぇぇ……。その顔はなんとも不細工で少しだけ同情するほどだった。
これだけの大男がのしかかるとかなり苦しい。右手でマサの体を押しのけていると。
「マサ!? ねぇマサってば!」
ナオが駆け寄り、マサを俺から引き離す。マサはコートで白目剥いて仰向けの大の字である。マサの体を揺すりながらこちらを見ると「アンタ何してくれてんのよ!」
「いやっ俺は何も!」
本当になにもしてないとは言い切れなくもない。なにがどうなってそうなったのかわからないけれど、天井で浮遊していた水入りペットボトルは突如落下して、マサの頭部に直撃したようだった。
ペットボトルが頭に当たったぐらいで人は気絶することは考えにくいけれど、そのペットボトルはギュッと圧縮されてピンポン玉ぐらいのサイズになっていた。なんらかの力が働いている……のかも。
「あっ! 救急隊! 呼ばなくちゃ!」
ナオは思い出したようにギアを操作して、救急隊を呼んだようだ。
そっか。警備隊の役割を持つ組織があるなら救急隊もあるよな。
「あ〜もう! マサまで試合に出られなくなったらどうすんのよ! 欠員はペナルティがあるってのに……」
ナオは心配そうにマサに付き添い、独り言をつぶやく。
っ!? はぁーん、そういうことか……。こうまでしてド素人の俺を試合に出したい理由はそれか! 何かえげつないペナルティを抱えてるから、ド素人のまんま大した説明もせず出させようとするわけだ!
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