第十五話 二度目のアニマ
このグローブは見覚えがある。エーテルがしていたものと同じ製品だろう。スノーボードをする時のグローブよりは大きく、サッカーのキーパーグローブよりは動かしやすそうな見た目。
目立つ場所にFIDESとロゴらしき文字がある。
「ふぃーです? ブランドとかかな?」
それにしても、ヨミヨミギアの高性能さには何度も驚かされる。アニマも出し入れ可能で、グローブも収納できるのか。どういう仕組み? 分子レベルにまで分解して、再構築とかそういうことだろうか……。
とりあえず……やるか。
二人は一緒に筋トレを楽しそうにやってるし、俺も適当にやらせてもらおう。
まずはグローブを着けて、アニマを触ってみよう。
「エーテルが素手で触ったらダメとか言ってたな……」
グローブを着けたその手で、一見ゆらゆらと燃える火のようにも見えるアニマを突いてみると、突かれた力を素直に捉えてすーっと宙を移動した。
「おもしろ……」
アニマの上に手をかざしてみるも、熱さは感じない。そしてグローブ自体も焦げたりすることもなかった。
「失礼します……」
小さな声でぽつりと呟いた。
アニマを両手で恐る恐る掴んでみると、目の前にゆらゆらしつつも轟々と燃えるように見えるそれに目を奪われてしまった。
感触はなんと言えば正しく表現出来るのか迷う。というのもこんな感触の物はこれまでに経験したことがない。正しくは"物"ではないのだろうけど。
程よい反発があってそこに確かにあるんだけど、無いような……。磁石の同じ極同士を無理矢理近づけているような感覚。
「……ごくり」
これが……魂……。詳しいことはまだわからないけれど、これが生きた人間の中に入っていたということ。そして今は……それを球として使っている。そんなのどう見たって正しくない。こんなことは正しくないよ。
でも……。
「……ごめんなさい」
グッと力を込め、前方へとアニマを投げてみる。真っ直ぐに宙を進むアニマ。それは明らかに物理法則を無視した動きだった。
まぁ常に宙に浮いている時点で無視してるんだろうけど……。
実際には行ったことはもちろん無いけれど、宇宙でボールを投げたときの挙動そのものである。ただ、延々と壁にぶつかるまで直線運動をするわけではなく、距離は投げた人間の力に比例するようだ。
* * *
こうして小一時間ほどアニマとたわむれた頃には、アニマの挙動や取り扱いになんとなくではあるが慣れてきた。
アニマを扱う中で能力を使ってみようか。とも思ったけれど、またペットボトルのように制御出来なくなる可能性もある。
そしてなにより、あの二人に能力のことは教えたくない。まだ発現していないということにしておこう。というか、なんならあの二人は俺の能力がどういうものなのかなんて興味なさそうだ。
「よし、思いっきり投げつけてみるか」
片手でしっかりと掴み、振りかぶって……投げる! 勢い良く投げ放たれたアニマは気持ちがいいほどに快適に宙を進む。
「あれ……? 結構飛ぶな」
想像していたよりも宙をスイスイと進み飛んでいくアニマ。
いや、ちょっと待った……。あのままドームの外に出てどこ行ったかわからなくなるなんてこと……ないよね?
快適そうなアニマを眺めていたけれど、急に不安になってきた。もし失くしでもしたらナオはもちろんマサまで出てきて、ひどく怒られるに違いない。できるだけ彼らには弱みは握られたくない。
そんな思いは全力疾走へと込める。
「んぐっ……」
元気とは言っても、なんだかんだで事故ったときの打撲は痛い。それに日頃の運動不足もあり全力疾走は体に応える。
ただし全力疾走した所で追いつけそうにない。
そんな俺の思いも知ってか知らずか、だんだんと速度を落としはじめたアニマは、練習場の壁つまりドームに触れると勢い良く跳ね返ってきた!
「なっ!?」
自分自身も追いかけていたことで、壁に近づいてしまっていたこともあるが……まずい、避けられない。次第に速度を落としていたはずのアニマはドームの壁に当たると俺が投げた瞬間とほぼ同じ速度でこちらに向かって来ている。
咄嗟に立ち止まり、横に体をずらしステップを踏んでかわそうとする。
アニマは俺の左肩あたりに当たった。
「!!」
すると突然、呼吸は荒くなり、立っていられなくなった。
「……っはぁっ……はぁっ……はぁっ……」
頭がガンガンして、自分の心臓の鼓動がはっきりと聞こえる。まるで心臓のイヤリングをしているようだ。
「なるほど……はぁっ……これが……エーテルの言っていた……はぁっ……はぁっ……」
とんでもない体力消費だ。100メートル走をした直後のような五階建ての階段を全力ダッシュしたような。まさに奪われたという感じ。普通なら体力は徐々に失われていく。それが一気に無くなる感覚は初めて経験する。
地面に四つん這いになりしばらくの間、空気を吸って吐く事しかできなかった。頭がくらくらする。
「すぅーー……はぁーー……」
それも五分も経てば多少は落ち着いてくる。
跳ね返ってきたアニマの行方が気になり、四つん這いのまま後ろを振り返ると、アニマは後方の地面からニメートル辺りで静止して浮遊していた。
「こりゃあ……試合中に……当たっちゃダメだな……」
ドーム状の壁の正体がなんとなくわかった。
最初に思ったようにプライバシー保護の役割もあるのだろうけれど、通常のボールとは違う挙動をするアニマは簡単にコート外まで飛んでいってしまう。サッカーなどのようにスローインで仕切り直しをしているとせっかくこのスピーディな展開がぶつ切りになって面白くない。
そこでこのドーム障壁を使って跳ね返す……って仕組みなのだろう。と、予想する……。このドームはアニマクラッシュという競技において重要な役割ってことだ。
「ふぅ……」
だいぶ落ち着いてきた。膝に手を付いて力を込めて立ち上がる。
アニマを掴むためにかるく助走をつけジャンプして両手でしっかりと掴んだ。
…………? そういやなんでこの位置なんだろう? 俺に跳ね返ってきたアニマは、ほんの少しだけ地面の方向に向かって角度が付いていたはず。左肩に当たってそのまま後ろにいけば地面、コートの床に当たるはず。
「バウンドしたってことか」
至って普通にボールを投げるように床に投げてみると、ちゃんと手元に戻ってきた。
「ん?」
何かを確認するように数回バウンドさせてみると違和感を感じた。
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