第十四話 潜む不信感

「これ……」


「ああ、邪魔だったから」


 こいつ……。散乱したものを見た瞬間にキレそうだったけれど、万が一こちらの置き方が悪くて俺がペットボトルとたわむれている間にじわりじわりとズレて落ちた可能性もある。


 しかし、「邪魔だったから」ときた。確定だ。


「だからって――!」


「大きな声出さないでくれる? なに新人のくせに堂々と荷物置いてんのよ」


 新人のくせに的なやつね。かつて日本社会に蔓延っていたという強烈にねじ曲がった高校生の部活みたいな縦社会にまだ生きてらっしゃる感じですか。


「おお、ナオ。早いな」


「あっマサおはよー!」


 遅れてやってきたマサに駆け寄っていくナオ。当たり前のように俺を突き飛ばしながら。


「来ないもんだと思っていたが……」


 嫌味ったらしくニヤつきながら高身長なのを利用して見下すように投げかけてくるマサ。


 我慢だぞ俺! 今ここでは我慢だ……。一方的に向けられる悪意に刺激されて自分の心をざわつかせるな。今は……今は……うまくこの状況を乗りこなしたほうがメリットが大きいはずだ。


「えっと……その……よろしくお願いします」


「……あぁ、こちらこそよろしく頼む」


 驚いた……まさか返答がまともに返ってくるとは。


 ドカッと雑にベンチに座ったマサは持参してきた大きめのカバンからダンベルを取り出しながら言う。


「じゃあナオ! あとはよろしくな!」


「オッケー!」


 満面の笑みで愛想をこれでもかと振りまくナオ。


 パッとこちらを振り返り「いつまでその汚い作業服みたいなの着てんのよ。それで練習するつもり?」


 失礼な! っと言い返したかったが、確かに綺麗ではないな。


「じゃあちょっと着替えてきますね」


「さっさとしてね」


 くはーー! どうしたら発する言葉全てに悪意を込められるのだろうか? モラルや道徳心という言葉は脳みそに少しも搭載されていないのか……。


 床に散乱したジャージを拾い上げ、ベンチの裏手からロッカールームへと進む。


「っふー! っふー! っふー!」


 マサは呼吸を荒くして筋トレを開始しており、体格からもすぐにわかることだが、男から見てもかっこいいなと思う筋肉を身につけている。


 ロッカールームで改めてエーテルから送られたジャージをよく見ると、三着も入っていた。これはありがたい。色は紺で、デザインも無地をベースにシンプルなものだ。


「いい感じだ」


 ロッカールームを出て行くついでに、姿見鏡でほんの一瞬だけ身だしなみを確認した。


 コートへ戻るとマサは更に筋トレに精を出し、呼吸を荒くしている。コートの中央にいるナオの方を見ると俺の視線が自分に向くのを待っていたかのようにアゴを動かし俺を呼びつけている。俗に言うアゴで使うってやつだ。嫌な感じだ。


 ナオのもとへ近づき「お待たせしました」


「ええ、待ったわ。今日はこの競技【アニマクラッシュ】自体の簡単なルール説明をするんだけど、めんどくさいからすぐ覚えてね」


「え……あぁまぁ、はい」


「アニマクラッシュは三対三による球技。だけど、球技ってのはあくまでも仮」


「仮ですか?」


「そう。球技という体裁を保った格闘技といったほうが正確」


「格闘技……」


「三対三に分かれて、球であるアニマを奪い合って敵陣のゴールへ叩き込む。それだけ。」


「それだけって……なんかこうもっとないんですか? 例えばバスケみたいにボールを持って歩いていいのは三歩まで……とか」


 一瞬、目線を外すナオ。


「……特にない。とりあえずアンタは最低限のルールだけ理解して試合に出てさえすればいいから」


 いくらめんどくさいからって、こんなにもいい加減な感じでいいのか? 


「……じゃあせめて、どんな感じで始まってどんな風に終わるのかぐらい教えて下さいよ」


「アニマクラッシュの三人にはポジションがあるわ。役割ね。【ディフェンダー】【サポーター】【アタッカー】の三つ」


 以外と聞けば答えてくれるもんだ。


「マサがディフェンダーで、アタシがサポーター。そして鉄平がアタッカー……だったけど、お陰さまで出られないからアンタがアタッカーってわけね」


「ぅ……なるほど」


「んで、試合開始と同時にコートのちょうど中央、今立ってるここの頭上から真下にアニマが射出されるからそれを奪い合うって感じね」


 気怠そうに説明するナオが天井を指差したので、一瞬ヒヤリとした。天井にはピクリともせず愛しのペットボトルがあるからだ。しかしナオは指を指すだけで天井を見ることはなかった。


「なるほど。そしてそのアニマを奪い合ってゴールに入れればってことですね。……そのゴールってのは……」


 見た感じだとこの練習場にはゴールらしきものは見当たらない。例えばサッカーやバスケみたいなネットのついたカゴのような物やラグビーの棒のような物はない。


「チッ」


 チッ? 伝家の宝刀、舌打ちである。


 ナオは自身の目の前で何やら手を動かしている。おそらくギアのホログラムを操作しているのだろう。


 するとコートの端と端、自陣の端と敵陣の端に大きな人型の何かが姿を現した。


「あれは……?」


「あれがゴールよ」


 ゴールよ。と言われましても、五メートルほどのその人型の何かは動くわけでもなくただそこに佇んでいる。


 頭にはツノが生えていて、片方は赤がベースでもう片方は青がベースの配色になっている。目は○と☓で少しコミカルにも見える。


「今はとりあえず出しただけだからあんな風に動かないけど、試合中はあれが縦横無尽に動き回るわ」


「動き回るゴールですか……」


「そう。動き回るって言ってもコートの端に設定されたゴールエリアから出てくることはなくて、奪ったアニマをゴールの人形、通称【ルト・ゴールドール】に叩き込めば得点ってこと」


「なるほど……」


「疲れたからもうこれくらいでいいでしょ。あとは一人でアニマの取り扱いに慣れる練習でもしといて」


 再びナオはギアを操作し始めると目の前にグローブとアニマが現れた。どちらもエーテルに個室で説明された時に見た物だ。


「はいこれ」


 それだけ伝えてナオはマサの元へ駆けて行った。

 自分のチームに新人メンバーが入るとして、しかもそれがまったくの素人だったとして、さらにすぐに試合が控えているとして、こんなにも説明がいい加減なことってあり得るのだろうか? 今まさにあり得ている。


「俺なら死ぬ気で教えこむけど……」


まぁ……いっか。

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