第十三話 理論と理解
「さて……」
能力か……。翼が生えるってどんな感覚なんだろう? 皮膚の下からメリメリって急激に生えるのだろうか? 痛そう……。
肩と肩甲骨の周りを回転させるように動かしてみたり、背中に力を込めてみたりしてみるがなんの変化も見られない。
するとギアから通知が現れる。配達ドローンが周辺に到着しているので対応してください。とのことだ。
「はや……」
周囲を見回してみると、コートの外、ドーム状の壁の外にドローンが対空しているのが見えた。
対空して待っているということは、練習場内つまりドームの中には入ることが出来ないのかもしれない。
ドローンの元まで向かい、再びドームの壁をすり抜けると最初に感じたのはドローンの駆動音だった。見る限り最新型のドローンなので駆動音自体はかなり静かなのだが、ドームの中と外では音が完全に遮断されているようだ。
ドローンの抱えている箱を受け取ろうとすると、本人確認を求められる。
[本人確認の為、チップによる照合を行います。あごを上へ突き出し、喉元がよく見えるようにしてください。]
出ました。チップね。
ドローンからよく見えるようにあごを上へ突き出す。首の骨が小さく音を立てた。
すると一秒もかからないうちに完了音がなり、ドローンはゆっくりと下降し始めたので受け取るように手を伸ばして箱を抱きかかえた。
受け取るとドローンはそれはそれは静かに飛び去っていった。
「大違いだな……」
ドローンを見たことでやっぱりバイト先のことを思い出してしまった。さすがに社長にも迷惑かかってるだろうな……。その日のうちどころか、翌日になっても帰らないアルバイト。
「よし……」
空気のカーテンをくぐるように再度ドームの壁を通り抜け、ベンチで開封する。
ベンチに勢い良く座り、箱の開封に取り掛かった瞬間、視界の端の方で何かが揺らいでいることに気づいた。視線は自然とそれを捉える。
それは俺の唯一の荷物である水の入ったペットボトルだった。
ベンチの座席部分に置いていたはずのペットボトルが浮いている。そのペットボトルはうっすらと発光する煙のようなモヤモヤっとしたものをまといながら、二十センチに満たない程だが浮いているのである。
「んなっ……」
なんだこれ……しかし、すぐにピンときた。エーテルに見せてもらったアニマも同じような煙みたいな炎のようなものを帯びていた。そして、自室に来たマサが去っていく時にマサの足元にもこの発光する煙のようなものが見えた気がしたことを思い出した。
「もしかして、これが俺の能力ってことか……」
とにかくこの初めて見る現象に興味がそそられて堪らなかった。
指でかるく突いてみると、至って予想通りに少しだけ揺れて次第に突く前と同じように直立で浮遊している。
その時なんだか悪いことをしているわけではないのに、周囲が気になって見回してしまった。誰もいないし、マサたちも来ていない。
物が浮くって……つまり物を自由に操る力ってことなのだろうか? よくあるサイコキネシスとかいうやつ?
今度は浮いているペットボトルを上から押さえつけてみると、今度は予想と少し違ってなんの抵抗もなく、座席部分に押さえつけることが出来た。
浮いているものを下に押さえつけるのだから、反発する力のようなものを感じるかな? と予想していたのだが、スーっと俺の力を受け止めて座席部分に着地した。
しかし、手を離してみるとペットボトルは勢い良く元の浮遊していた位置に飛び上がり戻っていった。
「おおっ!」
この能力……制御できるのだろうか? まさか【自分の周囲のものを勝手に浮かせる能力】だったりしないよね……そんなのいくらなんでも使いにくい。
スッとペットボトルに手をかざしてみる。さながら超能力者や手品師のように見えるだろう。誰が見ているわけでもないのに、若干の恥ずかしさを感じながら。
すると、今まで浮いているのに宙で微動だにしなかったペットボトル自身が少しだけ揺れた。
「……!!」
どういう感じだろう……動け〜っと念じればいいのか? それとも自分の体を動かすような感じで捉える? 試行錯誤していると無重力空間のようにペットボトルを横移動させることに成功した。
「きた!!」
すごい! すごすぎる! 気づいた時にはベンチルームから出てコートでペットボトルを上下左右に操っていた。
「やばいな……楽しすぎる……んっ!?」
ドームの外の壁際で女性がかがんでカバンを探っているのが見える。ナオだ。
「わっぷ!?」
反射的に力んでしまったせいかペットボトルは俺の影響下を離れて、ドームのはるか天井付近で浮遊している。
「まっず……い」
天井高く張り付くように静止して浮遊しているペットボトルに目がけて手をかざし、再度操ろうと試みるも微動だにしない。なんだこれ……。もしかして力が届く範囲があるってことだろうか?
これからマサたちと何やらされるかわからない未知の練習時間だというのに、水も飲めないなんて考えただけで喉が乾いてくる……。
「ふっぐ、降りてきてくれ……」
念じても念じても、降りてくる気配はなく。まるで天井に張り付いているようだ。
ちらりとナオの方を見ると今にもコート内に入ろうとしていた。俺は咄嗟にペットボトル降りてこいの儀式を取り止めた。
ナオは入ってくるなりこちらに気づきほんの一瞬だけこちらを見たが、俺にはなんの行動も示さずさっさとベンチに向かった。
こちらに気づかなければこっそりペットボトル降りてこいの儀式に励もうと思っていたが、一瞬で気づかれた。まぁそりゃそうだ……コートのど真ん中に突っ立っていれば当たり前だ。
手をかざすのを止めても落ちてくる気配はない。仕方ない。ペットボトル降りてこいの儀式は練習が終わってから執り行おう。
ベンチに向かい俺も身支度をしよう。自分の能力の発言に夢中でエーテルから送られたジャージをほったらかしだ。
「おはよう……ございます」
「…………」
くぅーー! なるほどね。そうですか、無視ですか。わかりました。そうだろうなーと思いながらも挨拶した俺が悪うございますよね。なんとまぁ古典的な嫌がらせなんでしょう! 伝統芸能ですか?
「なっ!?」
ベンチの足元にはエーテルから届いたジャージの入った開けかけの箱が全開で落ちており、中のジャージも散乱している。
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