第十二話 仕方なく
部屋を出ると同じ扉がたくさん並んでいた。予想はしていたけれどこれら部屋が全てプレイヤーの部屋であり、この区画全体が居住区なのだろう。
エレベーターを使い階を移動し、歩く歩道でそれなりの距離を横断する。
昨日マサに連れられて競技場の近くに来た時ほど人通りは多くないけれど、それなりに人々は行き交っている。同年代から三十代ぐらいが一番多いだろうか……。なんなら、子供もいた。
「なんで子供が……」
『目的地周辺デス』
ギアが音声と共に画面表示でお知らせしてくれた。
この辺りはさっき通った競技場の周辺に比べて更に人通りが少ない。そして、行き交う人々の種類も明らかにプレイヤーと思われる人が多くなった。
簡易的な競技場……コートといったほうがいいのだろうか? コート? フィールド? が複数設置され、中ではプレイヤーらしき人たちが激しく動いているのがなんとなくわかる。この区画は、プレイヤーの練習場なのだろう。
ただ中の様子はかなり見にくい。試合が行われていた競技場のコートも透明のドームのようなものに囲まれていたのだけど、ここのコートを包みこむドームは半透明っぽい感じでくもりがかっている。
「なんだろう? プライバシー保護?」
そんなことを思い巡らせながら、ギアのナビに従って歩いていると。
『目的地ニ到着シマシタ』
「おっと、ここか」
当然なのだが、そこには今まで通り過ぎてきたコートと同じものがあった。
「……これ、どこから入るんだ?」
他のものと同じように半透明のドーム状のもので包まれており、コートの周りをぐるりと一周してみたが扉のようなものはなかった。
あまり深く考えずに手を伸ばしてみる。すると手の触れたドーム状の部分は石を落とした水面のように波紋を描いた。
「わっ!」
咄嗟に手を引き、触れた部分に異変が無いか指と指をこすり合わせる。波紋が現れたからといって、特に指先が濡れているわけではなかった。
今度は思い切って手をドーム状のものに突っ込んでみる。すると手首から先はすっぽり中に入ってしまった。これといった感触もない。
「すご……これそのまま入れば良いってことか」
一歩、二歩と進むとあっけないほどに至って自然に中に入ることが出来た。初めて見る物体の体験は驚くほど無感触だった。
ドームの中は外から見ていた時の印象よりも広く、天井も高く感じる。
ドーム内をひと通り見回すとコートとは別に野球で言うところのベンチのような座ったり、荷物を置くスペースもあるようだ。
もちろん、マサたちはまだ来ていない。集合時間まではあと三十分もある。
ひとまずベンチに腰掛けてみるが、荷物があるわけでもない。持ってきたのはペットボトルの水だけだ。
ピピピッ
電子音がなると同時にギアからホログラムが出る。どうやら電話がかかってきているようた。着信元はサポートセンター。
「あっえっと……」
ほんの一瞬どこをタップしてら良いのか迷ったけど、そう思った瞬間に通話状態になった。おそらくギアから脳波を読み取ったのだろう。
『おはようございますなのです!』
すぐにわかるこの元気の良さ。安心安全のエーテルだ。
「おぉ! おはよう! エーテル!」
元気の良さは人へ伝播する。こちらまで釣られて気分が良くなる。
『オニマル! 体調はどうなのですか?』
「おかげさまで特に悪いところはないよ。ありがとうね」
『そそそそうなのなのですね! 良かったのです!』
またエーテルが照れているのがわかる。想像に難くない。
『ところで、一夜明けて能力は発現したようですか?』
「あっ……能力ね」
正直言うとすっかり忘れていた。マサたちとの練習が気持ちの良いものになるはずがないことは、これまた想像に難しくない。
そんな嫌な気持ちとそれでも行かねばならない、行ってやる。という気持ちが頭の中でせめぎ合っていてそんな思いでいっぱいだった。
「いや……今のところ特にこれといった変化は……」
能力の発現。全くもって想像がつかない。ある日ある時突然に今まで出来なかったことが出来るようになる。そんなことは日常生活において経験したことがない。
鉄棒で逆上がりが出来るようになるのも、自転車に補助輪無しで乗れるようになるのも、何度も失敗して反省と実践を繰り返すことで手に入れる成功である。
「能力の発現って、その……どういう感じなんだろう?」
『そうですね……エーテル自身は出来ないことなので教えられることは少ないのですが、これまでに数名の方の能力発現の瞬間に立ち会ったことがあるのです!」
「おお! それでどうだった?」
『ある方は背中から翼が生えたり……』
「翼ァア!? あっごめん……」
驚きのあまりボリューム調整を失敗した。
『またとある方は……腕が伸びたり、または重力を操ることが出来たり……』
「…………」
『もしもし? オニマル?』
「あ……ごめん。ちょっと思考停止してた」
『大丈夫なのですか? 医務室行きますか?』
「あ、いや大丈夫! そういうのじゃなくて! めちゃくちゃ元気だから大丈夫!」
なんだかんだで"めちゃくちゃ元気"というのは少し嘘が混じってしまったと思う。
特殊能力や超能力と聞いて、なんとなく予想していた能力像の斜め上の能力だったので思わず脳がショートしそうだった。てっきり筋力が強くなるとか走るのが異常に速いとか、その程度だと思っていた。
翼が生えて? 腕が伸びて? 重力を? 操る? 待ってくれ。本当に映画や漫画の世界じゃないか。
『そうですか。それなら良かったのです! それと、練習の時などに使えるちょっとしたジャージというか軽装を配給するのです!』
「えっ貰えるの?」
『はいなのです! プレイヤーの方々には最低限のものは配給させて頂いているのです! もうそろそろ配達ドローンが到着すると思われるのです!』
「あぁそうなんだ! ありがとう! 助かるよ」
なんというベストタイミング! エーテルの計らいだったりするのだろうか?
つくづくプレイヤーと呼ばれる人達は色々と待遇が良いというか……奉仕されてるというか……。
『では! オニマル! 良きプレイヤーライフを! なにかお困りのことがあれば、サポートセンターへお尋ねくださいなのです!……ップー……プー……プー』
「あっエーテ──」
また急に業務感出していってしまった。
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