第十一話 未完の決意
「というか、フルネームで呼ばなくていいよ。サポートスタッフはプレイヤーのことをフルネームで呼ぶ決まりでもあるの?」
「いえ、決まりは無いのですが基本的にはフルネームなのです!」
「そう。じゃあ俺のことはフルネームじゃなくていいよ。エーテルとは長い付き合いになりそうだし……」
「……!?」
エーテルは元々大きな目を更に見開いて驚いている。
「長い付き合いになるのですか!? それって……」
「……うん、プレイヤーとして参加するよ。それしか――」
「やったー!! 嬉しいのです! エーテルはオニマルを応援するのです!」
オニマルて……はは……。フルネームじゃなくていいとは言ったけど、名字のほうで呼ぶのね……まぁいいんだけど。
エーテルはその場でパタパタと駆け回ったり、飛び跳ねたりして感情を表現している。ありがとうを言うと照れたり、申し訳なさそうな声を出したり、喜びを爆発させたりする姿を見るとアンドロイドだと言うことを忘れそうになる。本当に良く作られたアンドロイドだ。
喜んでいるエーテルには悪いが、本心は乗り気じゃない。今でも勝手にこんなところに連れ込んで、勝手にプレイヤー登録をしたマサたちが憎い。
確かに……確かに……あの事故の瞬間、一瞬よそ見をした俺にも非はある。だとしても、急に飛び出した鉄平とかいうやつにも非はあるだろう。それに、事故だけの問題で済ませれば良いものを……なんでこんなことに……。
ダメだダメだ。考えれば考えるだけ奴らの悪意に心が乱される。
とりあえず、アニマクラッシュに参加することは本意ではないが俺の目の前に提示された選択肢は[参加する]しかなさそうだ。
このアニマクラッシュとこの地下スタジアムを取り巻く環境が、どうなっているのか知らないことが多すぎる。今は選択肢が一つしかなくても情報や知識が増えることで見えてくる選択肢もあるはずだ。
「ではオニマル! エーテルはこのへんで失礼するのです! このヨミヨミギアは、オニマルのものですのでどうぞなのです!」
「無くても視えるけど、いいの?」
「はいなのです! そもそもヨミヨミギアとこの部屋はプレイヤー登録を済ませると支給されるものなのです! そして、ギアはこのスタジアム内でスマホのように使える便利なデバイスなのです! では! なにかお困りであれば、サポートセンターまでご連絡くださいなのです!」
そう高らかに元気よく宣言し、またあの決めポーズをして部屋を出ていってしまった。律儀にお辞儀までして。
エーテルの急に見せた業務的な振る舞いと突然の孤独に寂しさを覚えた。
ヨミヨミギアとこの部屋ねぇ……。
「……この部屋も!?」
声が出てしまった。
まじかよ……それほど豪華な部屋ではないもののちょっとしたビジネスホテルと言われても申し分ない。ベッドはもちろんのこと、ちょっとしたテーブルにテレビ、エアコン、ノートパソコンまで備え付けられている。
このレベルの部屋がプレイヤー全員に与えられてるのか?確か数百名いるとか言ってた……ような。それに加え、競技場はもちろん商業施設もあるようだった。
「どれだけでかいんだよ、この地下スタジアムは!」
ぐぅ〜……。
少し大きめの独り言を言うと、腹の虫が返事をしてくれた。
どれだけ慌ただしくしていようと腹は減る。それに気づかなかっただけである。
膝下ほどの高さの小さな冷蔵庫をあまり期待せずにおもむろに開けてみる。中にはお茶や水、そしておにぎりとサンドイッチが入っていた。
「おっ!」
期待していなかったので純粋な喜びが胸を高鳴らせる。ありがたく頂戴しよう。
「いただきます」
それらを食べながら、エーテルから貰ったヨミヨミギアを装着して色々といじってみることにした。電源を入れると、眼球の前に幅広のメガネのような形状でホログラムが現れる。
そこに様々な情報やボタンに相当するものが出現するので、それをタッチするか思考するだけでも操作出来るようだ。
「っぐ、もぐもぐ、こりゃあ便利な……」
この地下スタジアムのマップなどもある。スマホで出来そうなことはひと通りギアでも出来るのだろう。
「ごちそうさまでした」
まぁ……味は特別に感動するような味でもなく、かと言ってまずいわけでもない。よくあるコンビニおにぎりとサンドイッチだった。しかし、お腹が満たされるというのは精神を落ち着かせる。やすらぎである。
食後にベッドに寝転がりながらギアをいじっていると、自分でも気づかない速度で眠りに落ちていった。
* * *
ん? どこだここ……あぁ……そうか。俺は今とんでもないことになっているんだった。寝ぼけている俺の意識は、日常が続いていると思っていたらしい。
「んはっ!!」
しまった! 今何時だ? ベッドから体を起こし、部屋を見回すが時計らしきものは無い。
見回したときに右耳に違和感を感じた。
「あぁ……そっか。これで見ればいいのか」
ヨミヨミギアを着けたまま寝てしまったことをすっかり忘れていた。さすがの装着力を誇るギアはしっかりと耳に装着されたままである。
「よかった……練習時間には間に合いそうだ」
するとギアに表示された一部が点滅していることに気づく。どうやら、メッセージがきているらしい。
「なんだろう?」
メッセージの送り主はナオからだった。マサの横にいつもいる化粧濃いめのいつもイライラしてそうな女性だ。
メッセージにはマップ情報だけが添付されており、それ以外にはなんの言葉もなかった。おそらく、これから練習する場所だろう。
「なるほどね。ここに来いってことね……」
マップ情報を受け取るとギアは自動でナビを開始してくれた。十分から十五分あれば着くらしい。方向音痴の俺とは仲良くやれそうである。
約束の時間まであと一時間ほどあるけれど、出発することにした。時間まで特にすることもない。そしてなにより、重度の方向音痴の俺はナビがあっても稀に迷うことがある。そのことは誰よりも知っている。
こんな見ず知らずの土地勘もクソもないひとつの街のようになっている巨大地下施設で迷いたくない。
昨晩もお世話になった冷蔵庫を開け、おにぎりを勢い良くほおばり、水で流し込む。残りの水は持っていくことにした。
部屋の簡易的なバスルームの洗面所で顔を洗い、鏡を見ながら大きく深呼吸をする。
「すぅーー……はぁーー……」
鏡の中の自分をじっと見つめる。
「……行くか」
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