第十話 奇異

 マサが部屋を出て姿が見えなくなる寸前、マサの足首がおぼろげに光っているように見えた。


「あたっ!」


「ちょっとマサ! 何つまづいてんの? らしくない!」


 二人が部屋から出た直後、どうやらマサがコケたらしい。こちらからは姿は見えないけれど、会話さえ聞こえれば想像は難しくない。


「ぷふっ」


 あの体格の良いおごり高ぶってる偉そうな男がコケたというだけで思わず笑ってしまった。ふとエーテルと目が合うとエーテルも笑みを浮かべていた。


「オニマルシュウタ、大丈夫なのですか?」


「うん、ありがとう。コメカミがじんじんするけど大したことないよ。エーテルのおかげで助かったよ」


「いえ、当然のことなのです! この施設内でのトラブルは警備隊に頼るのが一番なのです!」


「警備隊なんているのか……警察組織みたいな?」


「はいなのです! もちろんここは国家的には非合法な存在ですから、警察ではありませんがこの施設内の……この施設を運営する組織によって設立された自治組織のような感じなのです!」


 なるほど。この施設で行われるメインに関してはばっちり非合法だけど、それを行うにあたってのトラブルや障害は警備隊によって抑え込むといった感じだろうか。


 確かにこの施設にいるプレイヤーやそれ以外の人達もマサのように自己中心的な精神の持ち主ばかりだとしたら、トラブルは絶えなさそうだ。


「なのでオニマルシュウタも気をつけるのです! あまり派手にアニマケミーを使うと警備隊に感知されて牢屋行きなのです! さっき程度なら感知されることはないと思うのですが……それにしてもすごいのです! アニマケミーをあんなに微弱に調節して現界させるなんて! さすがはギア無しプレ――」


「ちょちょい! ちょっと待った!」


 聞き慣れない単語の説明はないままに話し続けるので、思わず遮った。綺麗な目をぱっちりとこちらに向けて首を傾げるエーテル。いや……こっちが首を傾げたいのよ。


「なにその……あにまけ? あにまけみ?」


「こほんっ『Animachemy』なのです!」


「めちゃくちゃ発音いいな」


 急に発音良くなるエーテルに思わずニヤけてしまう。


「そういえばそうなのです! オニマルシュウタは突然倒れてしまったのでそのへんの説明がまだなのです!」


「うん、もう一回よろしく頼むよエーテル」


 立ち上がりベッドに座りなおす。


「はい! なのです! 当初、魂を球として使うスポーツとして始まったこのアニマクラッシュとヨミヨミギアなのですが、プレイヤーたちの体に変化がおこりはじめるのです!」


「変化……」


「魂を可視化して"魂を見る"という今まで一般常識的にほとんどの人間が出来なかった行為を実現したことで、脳がなんらかの刺激を受け拡張されたことでプレイヤーたちは様々な能力を開花させてきたようなのです! 超能力、異能力、エスパーなどと言えば想像しやすいでしょうか?」


「はは……」


 なんだか笑ってしまう……。


「わかった……うん、わかった。言ってることは理解出来る」


 本当に映画の世界にでも迷い込んだ気持ちだ。なんならいっそのこと『映画の世界に迷い込んでますよー!』って、言ってもらったほうが楽かもしれない。


「その魂つまりアニマをきっかけとして人類にもたらされた力を総称して《錬魂術》アニマケミーと呼ばれるようになったのです!なので、プレイヤーの方々の別名は《錬魂術士》アニマケミストとも呼ばれるのです! あまり使われていませんが……」


「いや……他人事のように思えるけど、なんかすごいね……ほんと。うん……なるほどね。プレイヤーは魂イコールアニマを見ると特殊な能力に目覚めるわけね? それでさっき言ってた派手とか微弱とかってのは?」


「はい! この錬魂術の力は基本的に試合中もしくは練習場でのみ使用が許可されているのです! 派手に使用すると体内のチップが検知して警備隊により指導や捕縛されるのです! ですが、チップの検知能力も完璧ではなく限りなく弱く微弱であれば反応しないことも多いのです!」


 おいおい……エーテルよ。そんな裏情報言っちゃっていいのか……。


「あぁ! それでさっきマサとかいうやつの足元がほのかに光って見えていたのって、そういうことか! なんらかの錬魂術が働いてコケたということか!」


「なんらかの? なのです?」


「そう。なんらかの? 誰かの?」


「オニマルシュウタの錬魂術ではないのです?」


「俺はてっきりエーテルがやってくれたと思ってたけど……?」


「いえ、エーテルたちアンドロイドは錬魂術を使用することは出来ないのです! エーテルたちはアニマを持っていないので!」


 なるほど。って納得している場合じゃないけれど、納得した。


「じゃあ一体誰が……」


「不思議なのです……」


 エーテルと俺の間に沈黙が通り過ぎた。


 錬魂術。こんなことが現代の日本で起きているだなんて……。人間の科学力の底知れなさに少し恐怖さえ感じた。


「まぁ……考えてもわかりそうにないなら、ほっとくか! さっきのが俺の力じゃなかったとしても、俺にも錬魂術が使えるってことだよね?」


「もちろんなのです! 一般的には初めてアニマを視認してから、数時間後には能力を使用できる人が多いのです! 遅くても翌日には。しかし……オニマルシュウタはギアなしでアニマを視認出来る特別なプレイヤーなので一般的なパターンと同じ道を辿るかどうかはわからないのです!」


 特別な……。


「そっか。エーテルが一生懸命教えてくれたおかげで、だいたいのことはわかってきたよ。たぶん……。ありがとう」


 ベッド脇に立つエーテルの頭を優しく2回撫でた。肩にかかるか、かからないかぐらいの艶のある綺麗な髪の毛はとてもアンドロイドのものとは思えない。

 エーテルは『ありがとう』と言うととても嬉しそうにする。


 俺はベッドに腰掛けていた状態から、脱力するようにベッドに体を倒した。


「すぅーー、はぁーー」


 目覚めた時とは違って今度は明々と証明が点いている天井をただただ眺めた。頭の中をからっぽにしてぼーっと天井に視線を合わせる。この思考の中になにも情報が飛び交わない状態が心地良く感じた。


「あの……オニマルシュウタ……」


「ん? どうした?」


 体を起こすとベッドがほんの少しだけきしむ音がした。


「オニマルシュウタは……その……」


 なんだよ。えらく元気がない声を

出すじゃないか。

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