第八話 超一流

 エーテルの目つきのせいもあるけど、ゆっくりとこのデバイス【ヨミヨミギア】を外して、改めて魂と呼ばれるものを見据えてみる。もともと起動させていないので何ら変わらないはずだけど、少しだけ変わって欲しかったような気もしていた。


 しかしばっちり見える。本来なら魂そのものが存在するかどうかも不確かなものなのに、しっかりとそこに存在していてちゃんと見える。


「これが……魂」


 見えるとなれば、触りたくなる。恐る恐る手を伸ばしすと……。


「コラッ! なのです!」


「ひっ!!」


 ビビった〜……。


「魂は、素手で触ったらダメなのです!」


 そう言われて咄嗟にエーテルの手を見てみると、グローブのような物を着けていることに気づいた。


「さ、触るとどうなるの?」


「ものすんごい疲れる……そうなのです」


「……それだけ?」


「はい、なのです」


「魂は物質的な生命エネルギーに飢えているのです。なので触れるとぎゅいーんとエネルギーを吸われて、吸われた方はすんごい疲れるという訳なのです!」


「なるほど。実にシンプル」


 ぼんやりと発光しながら、球体の周りには湯気のような陽炎のような煙のような何かを帯びている。


「それにしても! すんごいのです! オニマルシュウタ!」


 一転して、エーテルは部屋の中を飛び跳ねながら駆け回り始めた。


「ヨミヨミギアを使わずにアニマを見ることのできる人は本当に貴重なのです! 貴重どころか伝説なのです! ……あ、ここでは魂のことを【アニマ】と呼んでいるのです!」


「アニマ……」


「現在この地下スタジアムに登録されているプレイヤーは数百人に登るのですが、ギア無しでアニマを見ること出来るプレイヤーは現在はいないのです!」


「"現在は?"」


「はい……」


 過去にはいたような言い回しに疑問を持ったことはエーテルにも伝わっているらしい。


「今は"その人"はいないってことなんだ」


「はい……」


 心がきゅっと閉まる感覚。なんだよ……露骨に悲しそうな顔するじゃないか。深く聞くのはやめておこう。少しだけうつむいたエーテルの姿を特に何を言うわけでもなく眺めていた。


「では!!」


「んわっ!!!」


 突然、機敏な動きで顔を上げるエーテルにお決まりのように驚いてしまった。


「説明を続けるのです!」


「……はい」


「先程も言ったようにテクノロジーにより魂つまりアニマを可視化することに成功しました。そしてそのアニマを球として扱うことで誕生したのが、アニマクラッシュというスポーツなのです!」


「へぇ、やっぱり球技なのか……ってちょっと待ってくれ。アニマをなんだって?」


「アニマを球として」


「これを!? 球として?」


「そうなのです! 一般的なスポーツの中で似ているものとなると……球を奪い合うという点ではラグビーやアメフトが近いかもしれませんが、奪い合うという点が似ているだけで基本的には別物なのです! 一般的なスポーツとはかけ離れているのです!」


「…………」


「そしてそのアニマの奪い合いを……」


「……ないでくれ」


「はい?」


「エーテル、続けないでくれ」


「なぜなのです?オニマルシュウタ」


「ふざけるなよ!! 魂を球として扱ってスポーツにしたって!? 仮に本当にこれが魂だとして! 『見えるようになりました! じゃあこれでスポーツしましょう』ってなるかあ!! 魂ってもんは……きっと多分だけど、人間とか生きるモノたちの核みたいなもんじゃないのかよ! それを使って粗末にしてラグビーみたいなスポーツにしました! ってそんなの狂ってる!!」


 考えるよりも先に言葉として発してしまった。胸の内側からどっどっどっどっどっと心臓が拍動しているのがわかる。そしてそれを落ち着けようと呼吸は荒くなり、それらの音だけが俺の耳に届いていた。


「はい、ですからこのアニマクラッシュに関わる全ては非合法なのです!もちろん、当施設の存在も非合法であり、隠された存在なのです!」


「なっ……非合法、非合法ってあの観客の数は? この地下スタジアムの規模で非合法って?」


「はい、毎日のように押し寄せる観客様方も日々登録される新規プレイヤーも非合法と知って来ているのです!」


 正直言ってこれだけ自分の常識外の情報を浴びせられると何がなんだかわからなくなっていた。それまで愛くるしい見た目の少女型アンドロイドもどこか不気味にすら見えてくる。


「なんだよそれ……もういい……もういいよ。説明はもういい。そもそも俺は自分の意思でここに来たわけじゃない。参加するなんて言っていない! こんなところにいる理由もないんだ! 帰るから」


 席を立ち、エーテルの横を通り過ぎると。


「出来ませんオニマルシュウタ」


「何がだよ」


「当施設この地下スタジアムでプレイヤー登録を済ませたら、もう帰ることは出来ないのです!」


「出られないとか言う話? でも、地上には出られるはずだよね?」


 俺がこの状況になるきっかけは地上での事故が原因だ。少なくとも地上には出ることが出来るはず。


「はい。しかし、地上での活動範囲は半径百メートルほどなのです!」


「柵とか壁で覆われてるっていうのか?」


「いいえなのです!」


「じゃあなんだっての、警備兵でも配備してるとか?」


「指定範囲から出ると……その喉元に入れたチップが爆発するのです!」


 ッーーーーーーーーーーーーーーーーン


 あ……なんだ? こんな大きな耳鳴り始め……て……。視界がグラグラと歪んできた。咄嗟に床に膝と手をついてしまった。


「あ……ぐっ……」


「オニマル……ゥタ!……シュウタ!」


 この感じ前にもあった。でも、今回は俺の名前を呼んでくれている。痛みで床に倒れ込んだ時から薄々予想はしていたけれど、思っていたとおりだんだんと意識が遠退いていった。



*   *   *



 次に目に飛び込んできたのは、薄暗い部屋の前回とは違う天井だった。再びご丁寧にベッドに寝かされている。


「あれ……」


 そっか。目が覚めるとすぐに自分の体調の良さに気づく。ぶっ倒れたことなんて一瞬忘れていた。突然の激イタ頭痛と耳鳴りコンボのせいでぶっ倒れたんだった。


 今は特に目立った不調も感じられない、頭痛ももちろん無い。なんだったんだ? あんな頭痛はこれまで生きてきて経験したことが無い。


 とりあえず起き上がるか……と、体を起こそうと力を込めてみるとお腹に違和感を感じた。縛り付けられているような、重い石でも乗せられているような。

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