第七話 エーテル

「受付? っていうのかな。俺はやらなくていいの?」


「いいのです! オニマルシュウタはもう登録済みなのです! 受付で順番待ちをしている方々のほとんどは選手登録が目的なのです!」


「そ……そうなんだ」


「では! アニマクラッシュについて説明させていただくのです!」


 アンドロイドの少女はそう高らかに宣言し、三十センチほどの高さの箱によじ登った。


「ところでオニマルシュウタはどの程度アニマクラッシュや当施設について知っているのですか?」


「いや……ほとんどなんにも知らないよ。さっき観客席から試合中の選手を見たけど、遠かったのもあってほとんどわからなかった……」


「えぇ!? なんにも知らない!?」


 登った箱の上で驚いた拍子に少しふらついる。


「そう、なんにも知らない」


「珍しいのです! なぜ何も知らずに選手登録をしたのですか?」


 それはこっちのセリフだ! と、声を荒げそうになったが、少女の無機質な目とアンドロイドに備わった人工知能とはいえ純粋な疑問の表情を見たことで、胸の奥に芽生えた苛立ちはすっと消えた。


「正確には"した"じゃなくて"された"が正しいね……」


「なるほどなのです! 色々と訳有のようですね! では、イチから説明するのです!」


 うん、驚くほどにドライ。もう少し「どういうことですか!?」とか反応があると思ったけど……いや、勝手に期待したのかもしれない。同情して欲しかったのかもしれない。


「まず、この地下スタジアムで行われている競技を【アニマクラッシュ】というのです。十数年ほど前、人類科学はVR(仮想現実)やAR(拡張現実)そしてMR(複合現実)といった技術の応用で、今まで一部の限られた人間にしか成し得なかったことをテクノロジーにより実現したのです!」


「というと?」


「魂を可視化することに成功したのです!」


「……」


 めちゃくちゃドヤ顔で薄目をちらちらさせてこっち見てくる。


「……うん……まぁ。はっきり言うけど素直に驚けないよ。それに魂が見えたからってなんの関係があるのさ」


「オニマルシュウタ!!」


「わっ!っはい!」


 突然の点呼。このアンドロイド、絶妙なタイミングで驚かせてくることが多い。


「だいたいみんなそう言うのです! ということでこちらをご覧くださいませなのです!」


 少女のポケットから取り出されたのは、耳にかけて使用するタイプのウェアラブルデバイスだった。


「あ……これ」


 ひと目見てすぐに思い出した。事故の相手のリーダー格の男、マサが耳に着けていたものと同じだ。


「オニマルシュウタ、これを右耳に着けて少しお待ちくださいなのです!」


 軽快に箱の上から飛び降りて部屋を出ていった。


「これで魂が見えるって?」


 見た目はとてもシンプルで無駄な装飾なども無い。手に取ってみると予想していたよりも軽く、逆に安っぽさを感じるほどだ。耳にかけやすいように湾曲した部分と耳の穴に入れるような部分がある。


 着けてみると安っぽいと思っていた予想はどこかへ消えていた。とても心地の良い装着感で着けていることすら忘れそうなほどだ。試しに頭を激しく振り回しながら、部屋中を駆けてみたがまったくズレない。驚きの吸着力である。


 デバイスの試着に夢中になっているとドアの方で物音がしたので振り向くと。


「オニマルシュウタ……壊れたのですか?」


「あ……」


 恥ず……。なにこの自室ではめ外してたら突然母さんが入ってきた感じのやつ!


「……おほんっ!続けようか」


 数秒前までの出来事は俺の記憶から消去した。


「そういえば、君たちアンドロイドには名前は無いの?」


「無いのです!」


 相変わらず元気が良い……。


「名前と呼べるようなものはないのですが、あえて言うなら個体識別番号もしくはサポートセンターのアンドロイドたちは総称して【エーテル】と呼ばれているのです!」


「エーテルか!良い名前だね」


「ありがとうなのです!」


 戻ってきたエーテルは、机の上に大きめの箱を開けガサゴソとなにやら取り出していたのだけど、その目線を下に落とした表情はどこか微笑んで見えた。


「よいしょっと! じゃあこれをここに置いて……オニマルシュウタのデバイスをオンにすれば……」


「なにそれっ!?」


 エーテルが机の上に慎重に置いた"それ"は、球体でふよふよと机の表面から少しだけ浮遊している。


「え……」


「へ?いや、え……じゃなくてその今取り出したぼんやり光って浮いてるボールみたいなやつ!」


「オニマルシュウタ……もうデバイスをオンにしていたのですか?」


「着けただけで何も触ってないけど……オンになってる?」


 確認の為に近寄ってくるエーテルに、頭を近づけ見てもらう。


「な……なの……ななななななな!なのです!」


「なのなのって何言って……」


 エーテルの方を見直すと、エーテルは「なのなの」と連呼しながら口をパクパクさせている。


「お……おい!ちょっと!しっかり!」


 エーテルの肩を軽く揺すってみる。


「……ぁは!?」


「大丈夫?なにかトラブルでも起きたかと思ったよ」


「ォ……オニマルシュウタのデバイスは……まだオンになっていないのです……」


「そっか、じゃどこでオンにすればいい?」


「オニマルシュウタ……オンとかオフとか言ってる場合じゃないのです」


 いや、オンとかオフとか言ってるのはエーテルの方なのだが。もう「なのなの」連呼していないけれど、さっきから様子がおかしい。


「もう!なんなんだよ、どうすりゃいいのさ」


「これが見えるのですね?」


 エーテルが指差すのは、エーテル自身が取り出した机の上のぼんやりと光る十七センチほどの浮遊する玉。


「見えるよ。だってエーテルがそこに置いたんでしょ」


「これが今まさに言った"魂"なのです」


「……これが!?」


「はい、そしてこれは……魂は……基本的にはそのデバイス【ヨミヨミギア】を起動することで視認出来るようになるのです」


「……え」


「しかし、極めて稀に、いや超スーパーウルトラミラクル極めて稀にデバイスを必要とせず、自らの能力で魂を視認出来る人間もいると……言われているのです」


 エーテルはグッと鋭い目つきで俺のことを見ながらそう言った。


 なんというか、答えを目の前にどんっと広げられているのにうまく吸収出来ない感じである。

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