第六話 お姫様は囚われているもの

 寄りかかっていた観客席から通路に出て、案内板でも探してみることにする。


 それにしても、長い通路でたくさんの人が行き交っている。おそらく、競技場を中心に周囲をぐるりと通路や様々な部屋が取り囲んでいるのだろう。


 人々の雑踏音に紛れながらどちらに行こうかと辺りを見渡していると、視界の下の方の死角ぎりぎりの辺りから何やら気配を感じた。


「……!!」


 咄嗟に一歩後ずさりする事で、その気配の正体を視界に捉えることに成功した。その正体は、子供。おそらく……少女のはず。


「あなたがオニマルなのですね? オニマルシュウタなのですね?」


「なっ!? ちょっちょっとなに!?」


 なんという大ボリューム! 思わず少女の肩に手を添えて通路の脇に誘導してしまった。この人の多さの中であんな声の大きさでフルネームを叫ばれるのはさすがに気まずい。特にやましいことは無くても気まずい。


「びっくりした……なに? どうしたの急に」


 少女の目線の高さまで屈んで尋ねて見たのだけど、少女の返答よりも先に添えていた手からくる違和感の方に気づいた。手から伝わるはずの温度が無い。


「あれ?」


 この時に初めてしっかりと少女の顔を見据えた。

 黄色人種のようにも白色種のようにも見える過剰に整った顔立ちで、目の奥からは薄っすらと光が名滅し、目尻から頬を伝い首筋へと発光する線が引かれている。


「君……もしかしてアンドロイド?」


「そうなのです!」


 そう言うと少女は左の二の腕をガッツポーズの様に振りかざし、付けられた腕章を見せてきた。そこには、ゆらゆらと燃える青白い炎を背景に握手の手だけに注目したようなマークと英語で

《PLAYER SUPPORT》と書かれていた。


「ぷれいやーさぽーと……プレイヤーサポート!?」


「これまたそうなのです! そんなことより、あなたがオニマルシュウタなのですね?」


「うん、そうだけど」


「じゃついて来るのです!」


 勢い良く宣言すると、これまた勢い良く俺の手を引き走り出した。


「ぁがっ!」


 人間の体はふいに自分以外のものから力を加えられることに対応出来るように作られていない。歩いたり多少体を動かすことに問題はないとはいえ、事故での体の痛みが無いわけではない。


「ちょっと!」


 なんて力だろう……この少女の体とは不釣り合いに強力な力で引っ張られている。


「いったいどこに行ってんの!? 説明くらいしてくれ!」


 何を思ったかアンドロイドの少女は急停止した。その少女に力いっぱい牽かれていた俺は予想通り少女に激しくぶつかり転げた。


「うっ……痛っ……」


 少女の頭がみぞおちにジャストミートしたことで想像よりずっと苦しい。


「……ぅ……大丈夫?」


 痛みをこらえながら振り返り、少女の心配をしてみたが少女はすました顔でびくともせず、そこに佇んでいた。なんという体幹、いやそうだこの少女はアンドロイドだった。表面こそ柔らかい人工皮膚に覆われているけれど、重量はとんでもない重さなのだろう。


「これから選手登録されたオニマルシュウタへの簡単な競技説明を我々プレイヤーサポートのエーテルが執り行うのです!」


「待て待て待て……待ってくれ! 選手登録? 俺は出るなんて一言も言ってない!」


「そうなのですか? でも、既にチップは挿入されているのです!」


「チップ? なんのこと?」


 少女はすっと近づき、俺の喉仏の辺りを指でつついてきた。

 その時点で何か嫌な予感がしたけれど、頭の中で何か答えに結びつくわけでもなく自らの手でそこを触ってみる。すると、喉仏の少し上で下顎の柔らかい部分に硬いしこりのようなものを見つけた。


「これ……」


「そう! それがチップなのです! 選手登録した人はみんなそれが挿入されるのです!」


 いつの間にやられた!? と思ったけれど、答えはすぐに湧いてきた。おそらく事故を起こして目が覚めるまでの数時間の間にやられたのだろう。


 なんというか悔しさと悲しさと怖さのような感情が湧いていた。心の奥の袋に重たい石を入れられたような嫌な感覚だ。


 このチップの詳細はわからないけれど、でも……でも……今まで居た日常には簡単に戻れないような気がして……。


「ちくしょう……」


 少女とぶつかった痛みのせいでもあったが、転げたまま下に俯いていると少女は僕の視界に潜り込むようにして入って来た。


「痛いのですか? ケガしたのですか?」


「え……あぁいや」


「任せるのです!」


 少女はおもむろに俺を抱きかかえた。どこからどう見ても俗に言うお姫様抱っこである。


「いやっ! ちょっと! えぇっ!?」


「もうすぐ着くのです!」


 軽快な足取りで走り出す少女。なんなら、手をひかれていたときよりも速い。


「歩ける! 歩けるから!」


 アンドロイドだから人並外れた力を持っているのは理解できるが、この見た目が少女のアンドロイドにお姫様抱っこされるというのはめちゃくちゃに恥ずかしい。人目がなくても恥ずかしいのに周りは人目だらけである。


 それにしても、成人男性の全力疾走並の速度で走っているのにほぼ振動が伝わって来ない。手ブレ補正とでも言うべきなのだろうか。まぁ感心してる場合じゃないんだろうけど。


 抱きかかえられた瞬間こそ、少女にお姫様抱っこをされるという予想外の出来事に、羞恥心のメーターが振り切ってしまい悶ていたけれど目の前で真っ直ぐに前方を見据えているアンドロイドの表情というか造形美に魅入ってしまった。


 そもそもアンドロイドと接するなんて僕みたいな庶民には滅多に無い。超最先端のテクノロジーだ。


 そんなことを思いふけっていると少女はゆっくりと走るのをやめていった。


「着いたのです!」


 視線を上げると《サポートセンター》と掲げられていた。その名の通りの場所だと思われる。

 先程までの観客席付近の通路に比べると人通りは多少は少なく思う。サポートセンター内には壁に寄りかかった人や座って待ちぼうけしている人など男女様々だ。


 この人たち全員が参加者? 選手? プレイヤーなのだろうか?


 少女に手を引かれるままに受付の横を通り、ちょっとした個室に通された。受付にもこの子と顔立ちの似た女性が立っていたけれど、背格好はすらりとしていてはっきりと大人の女性的だった。彼女もアンドロイドなのだろう。


 個室には簡易的なテーブルと椅子があり、そのどちらもひんやりと冷たい。無機質とはこういうことである。

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