第五話 餌食
事故……そうか。自分の状況を把握しようとするばかりで自分のことにしか気にしていなかったけれど、事故ということは相手がいるということだ。相手はどういう状況なのだろうか……心配だ。どちらにせよ、全てはナースステーションで解決出来そうだ。
そう思い、部屋の外へ出るために扉へと手を伸ばし指先が触れた瞬間に引き戸は勢い良く音を立て開いた。まるで、俺の指を弾くかのように。
「っ!?」
戸が開いた先には体格の良い男性とその後ろに女性が立っており、二人は俺の体を押しのけるようにして入ってきた。
「やっと起きたか、クソガキ」
一瞬、脳が止まったような気になったが今のクソガキという発言はどうやら俺に向けられたものらしい。
「なっ……クソ? クソガキって……」
「そう、お前だよ」
見るからにガラの悪そうな二人は引き戸の反対側にある壁にもたれながら、鋭い目つきで睨んでくる。
「なんなんですかいきなり!」
「お前、この状況をなんにもわかってねぇな?」
「状況? 俺は事故を起こして……あっもしかして、相手の関係者の方ですか?」
「やっぱこいつ、ただ事故を起こしただけだと思ってんだよ」
ニヤニヤとした笑い顔を男性に向けながら化粧濃いめの女性はそう言う。
なんなんだこの二人は?いきなり人の事をクソガキだのこいつ呼ばわりするし、失礼極まりない。
「いいか?まず、ここは病院じゃない。とある施設内の医務室だ」
「とある施設?」
「あぁ、ここは地下スタジアムで俺たち三人はここで行われる試合に出場するプレイヤーってわけだ。で、最悪なことにお前が事故ってくれた相手がこいつ」
そう言うと、俺が寝ていた隣のベッドのカーテンを勢い良く開けた。そのベッドには、目をつむった男性が横たわっており。
「まさか……意識が?」
「いや、寝てるだけ」
んだよっ!寝てるだけかよっ!
「怪我自体は、腕の骨折だそうだ。大事になってたらお前のことも同じ目に合わせてたかもな」
体格のいい男はゆっくりと視線をこちらへ向けた。
確かに事故を起こした責任は俺にあるのだろう。しかし、なんだろう彼らから漂ってくる高圧的な態度に心が少しざわついていた。
「……この度は誠に申し訳ありませんでした」
「そう思ってんなら話は早い。お前には責任を取って明日の試合に出てもらう」
「そうですね……明日の試合に出るのが……へ?」
「へ? じゃねぇんだよ。俺たちはプレイヤーだっつってんだろうが! そしてテメェが仲間の一人を怪我させてんだから代わりに出ろって話さ、単純明快だろ!」
「いやいやいや!ちょっと待ってください! そもそも何の試合かもわかりませんし、素人を出してどうにかなるようなものなんですか!?」
百歩譲って、責任は俺にあったとしてなぜそうなる。
男性は睨みつけていた視線を外し、右手で右耳のあたりを軽く触れた。すると、男性の眼の周辺にうっすらとホログラムが浮かび上がる。おそらく、眼鏡型のウェアラブルデバイスだろう。
「ナオ、ここで鉄平に付き添っててくれ」
「うん、マサは?」
「このクソガキに試合見せてくる、口で説明してもわからんだろうから」
ナオと呼ばれる女性、事故した相手が鉄平、おそらくリーダー格のマサ、そして俺はクソガキ。口を開けば他人を嫌な思いにさせる天才の方々なのだろうか。
「ついて来い」
再び強く睨みつけてくる。
拒否することも出来たはずだけど、拒否したところで何も進展しない気がした。
部屋を出ると同じような部屋が複数あることがわかった。医務室とは聞いたけれど、ちょっとした病院といえる規模はあるように思えた。
廊下を歩きエレベーターに乗り、階を上がっていく。行き先は地下三階。驚いたのは階層のボタンの数だ。全部で二十個はあるだろうか。地下スタジアムと言っていたけれど、ここまで巨大な施設とは思いもしなかった。
エレベーターが上昇している間、マサと呼ばれる人物は何も喋りもせず、エレベーター内の壁に寄りかかりほとんど動かなかった。
そうこうしていると到着を示す電子音が彼を動かした。
エレベーターの扉が開くとなだれ込むように音が入って来た。人の声や歩く音。自然とエレベーターの外へと足は動いていた。
そこは人で溢れ、様々な音で溢れていた。エレベーターから出て人々が行き交う通路の反対側は、まさにスタジアムのようになっており、観客席にはたくさんの観客、そして観客達が熱い視線を注ぐ先、中央には競技場があった。
なんのスポーツなのかはよくわからない。パッと見た感じではテニス? のようにも見えるけれど、コート内には6人も選手がいるようだ。三人対三人のスポーツ……なんだろう? それにテニスコートよりも少し大きく見えるし、コートの周りは薄い半透明のようなドーム状のものに囲まれている。
「すご……」
声が漏れた。
こんな施設があったなんて……ここは地下だぞ? コートをぐるりと取り囲む観客席はドームほどは大きくないにしてもそれなりの規模だ。
観客の歓声と視線と照明を集めるプレイヤーのきらびやかさに吸い込まれそうだった。
「これに出てもらう」
嫌な音がした。正確には声なんだけれど、首根っこを掴まれ夢から起こされたように我に返った。
「これにって……」
はっきり言って訳がわからない。いや、訳は分かる。彼の言っている事も理解できるし、何を言っているかも分かる。ただ、色んな不確定要素が騒がしく頭の中で大声を上げながら駆け回るので、結果として訳がわからない。
「いや、確かにここが地下スタジアムだと言うことは分かりましたけど、これに出てもらうって言われてもなんのスポーツかもよくわかりませんし、どう見ても草野球の人数合わせで出て良い雰囲気じゃないでしょう!」
「アニマクラッシュ」
なんだか聞き慣れない単語が彼の口から聞こえた。
「は?」
「この競技の名前がアニマクラッシュだっつってんだろうが」
「アニマクラッシュ……」
全く分からない。そんなマンガの必殺技みたいなスポーツ聞いたこともない。
「まぁ、あとの細かい説明はプレイヤーサポートの連中に聞いてくれ。俺は色々忙しいんだわ」
「は!? いやっちょっと!! 痛っ」
「逃げんなよ。めんどくせぇから」
そう言い残し俺の肩を軽く殴りつけ、行ってしまった。
まったく、何をするにしても苛立たせてくる。こう言っちゃなんだけど、事故の相手を間違ったとさえ思ってしまった。
「……プレイヤーサポートの連中って言われても」
どこかにそういう部屋というか受付みたいな場所があるのだろうか。寄りかかっていた観客席から通路に出て、案内板でも探してみることにする。
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