第21話 八月八日、守り人

「あの。僕達、お祭りで観光課の人達から紹介されたのですが、一泊泊めて貰えることは出来ますか?」


「観光課……。ああ、なるほどね。そのパンフレットね。あ、はいはい。大丈夫よ、上がって。どうぞ」


 女性は蒼太からパンフレットを渡されると、合点がいったように頷いた。

 そして、スリッパを人数分出すと歩き出す。


「付いて来て。部屋へは後で案内するわね。まずはお茶でも出すわ。ご飯は食べてきた?」


 気軽に話しかける女性は、民泊をやっていて接客に慣れているのか、気さくで話しやすい。


「はい。お祭りの屋台で」

「ああ。今日、花火か。だからこんなにも賑やかだったのね」


 女性の言葉に、碧理は違和感を覚えた。

 花火大会の場所は、ここから目と鼻の先。今日の花火大会を忘れているかのような言葉が、少し気になった。


「こっちよ。あ、適当に座って。はい。ここにお名前書いてね」


 そう言って案内されたのは、十畳ほどの畳の部屋。その奥にはキッチンが見えた。和洋折衷でモダンな造りは、リフォームされているらしい。

 掘りごたつ式のテーブルに着くと、代表して蒼太がノートに全員分の名前を書いていく。


「花火見物に来てホテル取り忘れたの? それとも急に行きたくなったとか? どうぞ、レモン水よ」


 女性は、涼し気なガラスのコップを五人の前に置いていく。そして、栗羊羹も出してくれた。


「あ、えっと。皆で小旅行してたんですけど、宿を予約するのを忘れていて……今に至ります。実は花火大会に来るのが目的では無かったので」


 美咲が簡単に事情を話す。言いたくないことは上手く誤魔化し、勿論、親に内緒で来ていることは秘密だ。


「あら。それは大変だったわね。……目的は花火ではなくて『紺碧の洞窟』でしょ?」


 女性からその言葉が出てくるとは思わず、五人は息をのむ。

 そんな素直な五人の反応を、女性は面白そうに見ている。


「なぜわかったのかって顔をしているわね。簡単よ、この宿にやって来るのは、洞窟を目指す人だけだから。観光課はわかっていて回してくるのよ」


「……どうして、この宿に?」


 警戒しながら碧理が聞くと、女性は笑った。



「簡単よ。私も昔、洞窟へ行ったことがあるの。条件あったでしょ? 管理人へ会うことって。私が『紺碧の洞窟』の守り人……榊知世です」


 まさか、ここへ来て、こんなにもすんなりと管理人に会えるとは思わず、五人は言葉を失った。

 都市伝説だと、ただの噂だと思っていた話は、突然、現実味を帯びてくる。



「皆、良い反応するわね。青春十八切符でここまで来るのは大変だったでしょ? 途中で止める子達もいるのよ。長時間の電車は飽きるし疲れるわよね」


 グラスの中に入っていた氷が、溶けて音を立てた。


 その涼し気な音を聞いても、理解が追いついていない碧理達は、それを見ていることしか出来ない。


 五人が青春十八切符を使って、ここまで来たことがわかるのか疑問だった。見張っている人もいない。それは、五人以外誰もわからない。なのに、知世は確信しているらしい。


 五人が約束通り、青春十八切符を使って旅をしたと。

 困惑している五人を見て知世は話を続ける。


「……願いが、本当に、心からの願いがないなら止めておきなさい。軽い気持ちで出来ることじゃないから」

「どう言う意味ですか?」


 問いかけたのは碧理だ。


 今、この中で、誰よりも願いが強いのは碧理だろう。


 慎吾と翠子はお互いの気持ちが通じ合い両想いになった。だから願いも必要ない。美咲も黒川健人と話すことが出来て少しだが落ちついた。

 まだ未練は残しているが、凄く付き合いたい訳じゃない。


 蒼太は皆が心配で付いて来ただけで、最初から願いはなかった。

 でも碧理は違う。居場所が欲しい。そのために、ここまで来た。

 碧理の必死な様子を見て、知世は向かい合った。


「願いは、本当に叶うからよ。でも……代償も大きいわ」

「代償……?」


 怪訝な顔をした碧理に、知世は言う。

 それは長年、「紺碧の洞窟」の守り人として、探しに来た全員に伝えていること。

 願いは叶う。でも、無くなるものがあると。


「それはね。……願いが叶うと、大切な、忘れたくない記憶を一つ失うの」

「えっ……。記憶を?」


 思いもよらなかった代償に、五人は顔を見合わせた。

 記憶を失う。そんなことはファンタジーの世界だ。現代社会ではあり得ない。

 変なことを言って追い返そうとしているのか、それとも、洞窟の話自体が嘘なのか、碧理は判断に迷った。


「そんな、非現実的なこと……ある訳がない」

「そうね。皆、最初はそう言うわ。でも本当なの。もし願いを叶えたかったら覚えておいて。大切な記憶が一つ無くなると。それでも願うなら……案内するわ」


 知世は真剣で、騙そうとしている様子や、嘘を付いているようには見えない。


 碧理は願いを叶えたかった。

 でも、記憶を失ってまで欲しい物か考え込む。

 あと半年経てば家を出る。


 いつも不愛想で、碧理と進んで話すこともなく家にはいない。そんな拓真は、再婚してから穏やかになり人が変わったように笑うようになった。

 しかも、さっきの電話だ。

 今までなら碧理を気にかけることなどなかった。なのに、外食まで提案された。何かが変わり始めている。


「願いを叶えたいのは、あなただけかしら? 後の人は興味がないみたいね」

 黙り込む碧理とは対照的に、他の四人は心配そうに様子を伺っている。

「碧理。本当かどうかわからないけど止めとかない? 記憶を失うとか怖いよ」


 美咲が止めに入る。


「止めとけよ、花木。願いは……自分で叶えれば良い。現実味はないけど嫌な予感がする」


 美咲の意見に、野生の勘でも働いたのか慎吾も引き止める。


「そうですよ、碧理さん。辛いことがあれば、私も協力しますから」

「花木さん。記憶を失うだけの価値が、その願いにあるか考えて。……困っているなら、迷っているなら、僕も相談にのるから」


 美咲以外は碧理の願いを知らない。でも、口々に思い留まるようにと説得をしてきた。


「いいお友達ね。明日のお昼までに返事を頂戴……ゆっくり考えて。あ、もうすぐ花火よ。二階の部屋に案内するわね。ここから良く見えるわ」


 四人が何を言っても、碧理は考え込んだままで返事はない。

 それを見ていた知世が碧理を見た。


「後悔をしないように。人生は一度きりだから。願いを取るか、記憶を取るかはあなた次第よ」







「……碧理。どうする?」


 知世に案内された部屋は二階の二間。続き間になっていて、今ではあまり見ることのない畳の部屋だ。

 知世は「寝る時は男女別々ね」と言うと、一階へと下りて行った。


「……うん」


 気のない返事をしながら、碧理は窓の外の景色をじっと見つめる。

 色とりどりの大輪の花火が、暗い夜空を飾っていた。

 水上花火も行っているらしく、光が海に映る様子は、また格別に美しい。


 他の四人も、その光景を目に焼きつけるように見入っていた。

 明日、家に帰ることは決定事項だ。逃避行も終わりを迎える。


「……皆、家に帰ったら、残りの夏休みはどう過ごすの?」


 沈黙が続く中、碧理が口を開いた。


「私は勉強する。引きこもり止めて二学期から学校行くから」

「えっ?」


 不登校児の美咲の宣言が意外すぎて、碧理以外の三人も目を見張った。


「なによ、その意外そうな顔。私もそろそろ本腰入れて勉強する。ほら、商社狙いたいし、そこから素敵な結婚に繋げたい。待っているだけじゃ相手は来ない! シンデレラじゃなないんだし。なら将来有望な人がいっぱいいる一流企業狙いよ」


 いつの間にか、美咲の夢はお嫁さんになったらしい。しかも、相手はハイスペック狙い。そのために自分自身を磨くと言う。

 理由はともあれ、引きこもり解消は目出度いことだ。


「なら、美咲と学校で会えるね」

「うん。たまにはお昼を一緒にお弁当食べよう」

「楽しみにしてる」


 学校でも美咲と会えることが嬉しくて、碧理は笑顔を見せる。


「俺も勉強かな。まず英語。それから……白川と同じように学校、真面目に行くか」


 慎吾の口からも勉強の二文字が出てきて碧理は驚いてしまう。


「良いんじゃない。慎吾は元々、頭が良いからすぐに追いつくよ。僕も頑張ろう。部活で遅れた分、取り返さないと」


 高校三年の夏、皆が未来に向けて動き出す。

 手探りで、そして、まだ見ぬ先に不安を抱いて。少しでも前へ向こうと。


「私は残りの夏休みで海外に行って来ます。留学先を選びたいので」


 翠子は張り切って未来を語る。

 一番大人しいように見えた翠子が、一番行動的だった。ここにいる誰よりも先に歩き出そうとしていた。

 そんな翠子の姿が、碧理には眩しい。

 目標を決めて夢を叶えようとする姿が、羨ましいと思った。


「碧理はどうするの?」


 美咲の声に、碧理は答えられない。自分で質問をしといて、自分がどうするのか、全く思いつかない。


「うん。たぶん、私も勉強かな」


「そっか。……来年の今頃は、私達、高校生じゃないんだ。なんだか寂しい。皆、どんな道に進むんだろうね」


 漠然と不安を感じているのは、碧理だけではないようだ。

 皆がもがき、最善の道を探すため必死に努力する。


「なんか……センチメンタルだね」

「だって、こんなに綺麗な花火を皆で見られるなんて思わなかったから。一人で見ても面白くないし」


 美咲の感想は他の四人も同じだ。

 偶然とは言え、そこまで親しくなかった四人が不思議な縁で今ここにいる。それが、碧理には嬉しかった。

 仲間が出来たみたいで。


「あ、もう終わるね……。私、眠くなっちゃった。お風呂入って休もう」


 美咲の言葉に、全員が頷き眠る準備をする。



 花火が終わった空はとても暗くて、海もまた、全てを呑みこんで消し去りそうに見えて、碧理は身震いした。



 

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