11

 海から上がり、しばらく歩いた。だが、一向に少女に逢える気配はなかった。

 いつの間にか彼女の声も聞こえなくなった。一度は晴れたかに思われた黒煙も、再び余の周りを取り囲み始めた。

 余は苛立っていた。何に対して苛立っていたのかと訊かれると、すぐに答えを返すことはできない。あらゆる物事に苛立っていたようにも思えるし、何に対して苛立っているかわからぬことに苛立っていたようでもある。自分で自分の尻尾を追いかける蛇のように、怒りは余の中でぐるぐると回転している。

 雨あられのような攻撃に晒されているうちに、頭の奥に眠っていたいくつかの場面が瞼の裏や耳の内側に蘇ってきた。生まれ育った島の風景、波の音。小憎たらしい息子の顔、皮肉屋の親友、鱗粉を振り撒く博識君。彼らを見た途端、不覚にも余の胸に、寂しさが去来した。郷愁とでも言うのだろうか、無性に島へ帰りたくなり、彼らの顔が見たくなった。

 自分はこんな所で何をしているのだろうという思いがこみ上げてくる。先程の勢いはどこかへ消えてしまった。少女に逢いにきたはいいが、一向に巡り合うことができぬではないか。そればかりか、あらゆる物事に恋路を邪魔されている。わざわざ海を渡り、一体何という様だろう。数多の破裂音の向こうへ耳を凝らし、再び少女の声を聞かんとするが、もう少女の声も聞こえない。胸の内に穴が空いたような寒さがある。

「邪魔をされたぐらいで何ですか」聞いたことのある声である。飽きるぐらい毎日聞いていた声である。「パパから往生際の悪さを引いたら、何が残ると言うのです」

 息子なら、そんな憎たらしい台詞を述べるに違いない。

「ハハハハ、君、恋路というものは平坦ではないだろう。一つ学ぶことができてよかったじゃないか。更に二つ学ぶか三つ学べるかは、君次第だがね」

 自分だって大した経験をしていないくせに、親友は上から見下ろすように嗤うに違いない。だが不思議と嫌ではない。

「先輩の気持ちが本物なら、必ずその女の子とも出会えるはずです。ただ小さ過ぎて見落としているだけかもしれませんよ」博識君は慰めてくれるだろう。彼も、小さ過ぎて視認できない妖精と心を交わしている。本当に気持ちがあれば、相手が砂粒だろうと見つけることができるのだ。

 余の行く手を阻むように、蔦のようなものが渡されていた。構わず進むと、全身に激しい痛みが走った。体中が痺れ、自由が利かなくなる。余は身を捻りながら倒れた。鱗を焼かれ、肉を痙攣させられ、まさに満身創痍の状態であった。立ち上がろうにも、尻尾を振り上げる力さえ湧いてこなかった。

〈ヒコーキ〉が空気を切りながら飛び交い、甲虫の群れがキュルキュルと音を立てながら地面を這い寄ってくる。その反響を聞いていると、夢と現実の境目がぼやけてくるような感覚に襲われた。

 次第に現実は薄れていき、余の視界は、意識は、夢に覆われる。

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