第9話
……誰だ? ギルバートの従者か?
部屋の前に立つ少年は圧倒的に幼い。雑用くらいなら任せられそうだが、従者としてそばに置くならもう少し同い年か年上の護衛になりうる者を選ぶだろう。
年齢は高く見積もっても10歳程度。身長は低く、少し垂れ目の可愛らしい顔をしている。少し変わっているのはその格好で、金の刺繍の入った白いフード付きローブを着用している。ただし、そのローブも体のサイズにあってないためブカブカだ。
「入っても宜しいですか?」
「あ、ああ」
「国王の命により記憶操作に関する書物をかき集めてまいりました。役立ちそうなところをまとめてから見ていただこうと準備をしておりましたら、少々時間がかかりました。申し訳ございません」
少年は淡々と落ち着いた口調で説明する。
「どうぞ」と差し出された書類を受け取ると、びっしりと見たこともない文字が記されている。
予想はしていたが文字はやっぱり日本語ではなかったか。
言葉が通じるご都合展開が機能しているなら、できれば文字も一緒に自動翻訳してくれ。
「もっとも記憶に関する魔法はどの文献にもほとんど記述はなく、時間を待つ他に手立てはないと思われます」
「そうか」
天才ギルバートが文字が読めないなど笑い者でしかないので読むフリをしながら返事をする。役に立たないと言ってくれたので、さらりと目を通すくらいでも大丈夫だろう。
「……ん? 記憶に関する魔法は存在しないのか?
シャーロットは精神感応魔法がどうこう言っていたぞ」
「シャーロット様とお話になられたのですか? 珍しいですね」
おっと、ここでも仲の悪さが露見しているな。
もういちいち気にする方が無駄だと思うのでスルーする。
「ああ、見舞いに来た」
「まぁ……殿下が倒れた際もシャーロット様が側にいらっしゃいましたし、あの方なら特に理由もなくいつも来てましたから驚くことではないですね」
「それよりも精神感応魔法について教えてくれ」
「精神感応魔法とはその人個人の精神に何かしらの影響を与える魔法ですよ。幸福な気分にさせたり、嫌な気分にさせたりするだけの魔法です。
高度な魔法士であれば相手の心を読んだり、自分の気持ちを伝えたりも出来ます」
「記憶を消すようなことはできるのか?」
「脳を麻痺させるくらいならできるでしょうが、記憶を消すまでは難しいですね。
ああ。まさか殿下は今回の記憶喪失はシャーロット様の魔法と言いたいのですか? 確かに彼女は優れた魔法士ですが、そのような魔法は使えないでしょう。
それにシャーロット様の専門は魔法薬物です」
あいつ、元に戻ったら俺の記憶だけ消してやるって言ってなかったか?
とんだブラフをかけられていたわけだ。あんなに自信満々に「消してやる」と啖呵を切っていたが、あくまでも俺を脅すための文句だったのだろう。実際俺はあの時少しシャーロットに怯んだのだから効き目はあった。
今の説明で分かったが、精神感応魔法とは俗に言うテレパシーに近いみたいだ。
……SFとかでは割と簡単に登場するテレパシーすらまともに使える人が少ないってことは、この世界の魔法って思っていた以上に進んでいないのか?
シャーロットは魔法こそ史上みたいな発言してたけど。
「なるほどな。なら、俺は安心して記憶探しをして平気というわけだ」
少し懸念点だった『俺』が消される心配が無くなった。この情報を教えてくれた少年には感謝しなければならない。
「教えてくれて助かった。
……ええと、……」
色々説明させておきながら名前さえ聞いていなかったことを思い出す。
子供なのに非常にわかりやすい説明と落ち着いた対応をしてくれたので、できれば今後も保っておきたい縁だ。
「王宮筆頭司書のルサファ・ニールですよ、殿下。2度と忘れないように記憶してください」
は?
……王宮筆頭司書!?
こんな子供が!?
「そんな驚いた顔しないでください。
一体どこまでお忘れになってしまったのですか」
「いや、だけどこんな子供が……」
「ふむ、聞き及んでいたよりも記憶喪失は深刻なようですね。自分のことはおろか一般常識さえもなくしてしまったんですか?
私はエルフです。確かにまだ数百年しか生きておりませんからエルフの中では若輩者ですが、少なくとも殿下よりは数倍も歳を食ってますよ。
私のように年若そうに見える役職付きの大半がエルフというのは普通のことです」
被っていたフードを取り払うとライトグリーンの短髪のためか短めのとんがった耳がより目立って見えた。
「あ、ああ。そうか、そうだったなぁ……」
慌てて話を合わせようと相槌を打つが、ルサファ・ニールは少し呆れた様子だった。
それにしてもこの世界に人間以外の種族がいるなんて思いもしなかった。
エルフってあの、ファンタジーで絶対出てくるあの種族だろ?
エルフがいるならダークエルフやドワーフとかもいるのだろうか。魔族なんてのもいたりして。
それは少し心をくすぐられる。
「さて、先ほどすれ違ったシャーロット様からは『要件を終えたら直ぐに持ち場に戻るように』と釘を刺さらておりますので、私はこれで失礼致します」
静かに頭を下げてルサファは部屋を出て行こうとする。
「あ、ちょっと待ってくれ」
物凄く年上だと分かった彼だが、そうは言っても一応ギルバート殿下である俺の方が立場が上なので先ほど同様に声をかける。
「はい、なんでしょうか」
「俺はいつまで部屋に閉じ込められていればいいのか聞いているか?」
「いいえ。ただ記憶が戻るまではなるべく外に出ないようにと」
「そうか」
ルサファはまさにお手本と呼ぶにふさわしい礼をして部屋を出て行く。そしてドアを閉める直前に、ふと思い出したかのように俺をじっと見つめるとにっこりと微笑んだ。
「ああ、お忘れでしょうからお伝えしておきますね。明後日から2学期が始まります。それまでにどうにか記憶を取り戻した方がよろしいかと。
……では」
……何でそんな大切な情報を後出ししてくるんだ。
ダールベルク王国民は嫌がらせの名手が揃ってんのか、この野郎。
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