三、不穏

「急いでたくさん武具を作らされて、もうへとへとだよ」

 疲れた顔で清二郎があやめの許へやってきたのは、暗い海鳴りが鎌倉の浜に響き、街道沿いにも寒椿が咲きこぼれるようになった頃である。

「合戦にならなくてよかったけどさ」

 女物の袿を肩に羽織った清二郎が、火鉢で指先を暖めながら、ぶるっと肩を震わせた。

 つい先日、屋敷が隣合っている御家人同士で痴話喧嘩が起こり、それぞれ武者たちを集め、すわ合戦か!という事件が起こったのであった。

 血の気の多い荒武者どもが勢いにまかせて私闘に至ることなら幾度もあったが、戦闘となると堪えるらしく、この十年ばかり無い。

「それを大騒ぎにしたのは和田さまじゃないの」

 御家人の吝嗇けちな揉め事が合戦寸前まで発展したのは、御家人全てを統轄する軍の長官であるはずの和田が立場を忘れ、日頃より懇意にしていた片方へ馳せ参じてしまったからである。

 そのせいで町家の住民たちが大慌てで、財を抱えて鎌倉市街から逃げ出す羽目になったと、あやめは少し怒ったように言った。

 おかげでずい分稼がせて貰ったけどなと、清二郎がぺろりと舌を出してからあやめを抱き寄せ、一緒に袿の中にくるまると、

「こうして無事に会えたんだから、いいじゃねぇか」

 耳元で宥めるように囁いた。

「もう……」

 男の勝手な言い草にむっとなりながらも、頬が緩みそうになり、あやめはわざと唇を尖らせた。

「将軍さまが叱りつけて騒動を収めたって、みんな言ってるわ。そうなの?」

 あやめが、盃を勧めながら問いた。

「和田は、北条が将軍を唆して邪魔をしたに違いないと逆恨みしているらしいけど」

 清二郎は、「もっぱらの評判だよ」と、ひと息に盃を煽った。

「怒りの矛先を、北条に向けるんじゃないかってさ。もともと和田は、幕府を仕切っている北条が目障りで仕方なかっただろうしな」

「まぁ、怖い。和田さまのお屋敷で詳しく見聞きしないの?」

「おれより……御家人衆の方が、よほど詳しいんじゃないか?」

「え?」

 あやめが丸い瞳で見つめると、清二郎は目をふいっと反らした。

「まぁ、例えば?」

「おれが知るわけないだろ」

 自分から他の男をほのめかすくせに、答えると、決まってこのように悋気を起こす。

 どれだけわらわなのだと、いつも呆れるのだが、

「そうねぇ、和田さまに怒ってたかしらね」

 しれっと、あやめは答えた。

「詳しくは知らないけれど、和田一族は大事な盟友なのに馬鹿な真似をって怒ってたわ。普段から仲がよかったのかしらね」

「ふぅーん盟友ねぇ」

 清二郎は訝しげに振り向くと、

「なにを企んでるんだろうな。やっぱり、将軍の忘れ形見のことかな」

「まぁ、企むだなんて」

「怒るなよ、冗談だよ。だいたいそんな眉唾な話、本気にするわけないだろ」

 ふっと笑って、口をへの字に曲げているあやめの眦に唇を寄せた。

 ずいぶん調子のいい男だと、あやめは軽く睨んでみせた。


 武装した兵士つわものどもによって、高手小手に縛められた男たちが八方から引き連れられてきたのは、それからほどなくしてである。

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