第54話 薬の配達

 地獄の日々はついに終わり、僕らは人もまばらな午後の教室で、自由な雰囲気を満喫していた。

そう、ついに試験期間が終わったのだ。


「どうだった、ロウリー君?」


 ララベルが心配そうに結果を訊いてくる。


「実技は問題なかったよ。筆記は答案が返ってくるまではわかんないけど、落第はしてないと思う」


 試験勉強はかなり頑張ったので、赤点を取るということはないはずだ。

裏口とはいえ、僕は授業料免除の特待生であり、立場というものがある。

頑張らなければ推薦状を書いてくれたラッセルや、入学を認めてくれた学院長にも迷惑が掛かってしまうのだ。


「実技には攻撃魔法もあったでしょう。苦手って言ってたけど合格だったの?」

「攻撃魔法の試験は四大魔法から好きなのが選べるから、得意な土魔法で挑んだんだ。まあ、僕がまともに使える攻撃魔法はストーンバレットだけだからね」


 謙遜けんそんはしたけど、実は攻撃魔法テストの内容はトップクラスだった。

これには理由があって、最近の僕はストーンバレットに特化した修行ばかりしている

どうせ他の攻撃魔法は使えないから、それらを切り捨てて、得意なもののクオリティーだけを上げることに専念していたのだ。


 僕が重要視したのは石弾が打ち出されるスピードと威力。

本当は命中率も上げたかったんだけど、今回は無視した。

シールドで防いで攻撃が僕の戦闘スタイルだから、長距離の射撃はそれほど使わないんだよね。


 豊富な魔力量を活かして修行した結果、威力は以前の1.3倍に、発射速度は最高1秒で142発を撃てるようになった。

今も記録更新を目指して修行中だ。

何とか今年中に秒速150発の壁を越えたいと思っている。


 テストは先生の張った結界に魔法を打ち込んで数値を見るんだけど、僕のストーンバレットは3秒弱で先生の結界をボロボロに破ってしまった。

先生はちょっと悔しそうな顔をしたけど、それによって不合格を言い渡されることはなかった。


 極大魔法のような一発の威力はないから、中には低い評価をつける人もいるかもしれない。

でも、長い詠唱は必要ないし、積み重ねれば威力はお見せした通りだ。

僕の保有魔力量から計算すると、現時点で47秒の連射が可能でもある。

実戦においては非常に役に立つ魔法だろう。

とりあえずは不合格にならなければそれでいい。


「もうすぐウィンターレよね。ロウリー君はどうするの?」


 ララベルが訊いてきた。

どこかワクワクとした顔つきだ。

きっとパーティーが楽しみなんだろう。


「僕はアネットをエスコートすると約束したんだ」

「そっか……、二人は婚約者だもんね」


 ララベルとルルベルが複雑そうな顔をする。


「まあ、偽物だけど、だからこそこういう日はきっちりしないとダメなんだと思う」

「アスター君、あのね……」


 ルルベルが遠慮がちに話しかけてくる。


「どうしたの?」

「時間があったらでいいから、私ともダンスをしてくれないかな? 他の人と踊るのは緊張しちゃって」


 ルルベルは未だに男の人が苦手なようだ。

同じ部員ということもあって、タオとはだいぶ話せるようになったみたいだけど、タオも人間の女の子は苦手である。

二人が一緒にいると全く会話が弾まないと言っていた。


「うん、僕からもお願いしたかったくらいさ。ララベルもいいかな?」

「私とも踊ってくれるの?」

「ララベルとなら楽しく踊れると思うんだ」


 パーティーのダンスで同じ相手とばかり踊るのははしたないとされているのだ。

いくら婚約者だからと言って、アネットとばかり踊っていては白い眼で見られる。

同じ相手とは三回以上は踊らないというのが暗黙あんもくのルールなようだ。


「よかった、壁の花にはなりたくなかったんだよね。ほら、私たちは庶民だから、踊ってくれる人も少ないしさ」


 ララベルが珍しく自嘲的じちょうてきな笑いを漏らしている。

でも、ララベルは可愛くて元気がいいので、ファンは多いとタオは言っていた。

それはルルベルも同じで、家庭的なルルベルを彼女にしたがっている男子は少なくないようだ。


「どうかな? 当日はお誘いが絶えないかもよ」

「そんなわけないよ。いまだにエラッソとかはすごい眼で睨んでくるし……」


 なんだかんだで、あいつは貴族たちに影響力があるからなあ。


「変なことされてない?」

「最近は全然だよ。無視されてるくらい」

「だったらいいけど、何かあったらいつでも言ってね」

「うん、ありがとう。頼りにしてるよ!」


 ララベルは明るく笑っているけど、たぶん差別とかもいろいろ受けていると思う。

なるべく守ってあげたいと思った。


「ロウリー、シャロン先輩が呼んでいるぞ!」


 タオに呼ばれて振り返ると、教室の入り口でシャロン先輩が待っていた。

試験も終わったので、僕らは研究室での薬品づくりを再開するのだ。

ルアーム迷宮ギルドの納期が迫っている。


「早く行きましょう。マウスを使った実験結果が出ているはずよ」


 僕らは怪我をしたマウスを使って回復薬の実証実験の最中だ。

シャロン先輩は試験期間中もずっと一人で研究を続けていた。

先輩にとって学校の勉強などは余裕のようだ。


「私も手伝いに行っていいかな? 寮に帰ってもやることないし」

「あ、私も行きたいです」


 結局、僕らはみんなそろって、その日の午後を研究室で過ごした。




 そして迎えた終業式前日。

この日は答案用紙の返却があり、授業は午前中で終了した。

僕とタオは塔で出荷の準備をしている。


今回の試験は頑張っただけあって、僕の成績はどれも学園10位以内に入っていた。

特に『魔物の生態』と『魔術運用理論』はよくて、学年1位の栄冠に輝いた。

残念ながら『魔法薬学』は学年2位だ。

1位は僕もよく知るあの男、タオ・リングイムだった。


「俺はいつか究極の媚薬を作る男だぜ。これくらいはな」


 タオの計画は始まったばかりなのだ。


「どうだい、ドリー? 俺もやればできる男なんだぜ」

「アオー、エロイゾー」

「ドリー、それを言うなら偉いぞ、だろ?」


 いや、ドリーは間違っていない。


 それから、武術の実技はギリギリのラインで合格した。

生まれて初めて剣を握って、3カ月の授業でここまでやれたのだ。

まあ、良しとしよう。

でも、悔しいからレノア先輩に剣術を習おうかな? 

身体強化魔法の使い方とかも習っておきたい。

冒険部員は一人も赤点を取ることなく、期末試験を終えることができた。


 いよいよ今夜はウィンターレのパーティーだ。

アネットと約束しているから、少し早めに塔を出ないといけないだろう。

でも、その前に僕にはやることがある。

ルアーム迷宮のギルドに頼まれていた魔法薬を届けなければならない。


「荷物はこれで全部か?」


 ガレージでミニモルに荷物を積み込んでいるタオが最後の確認をしてきた。


「回復薬が20、痛み止めが30。それから止瀉薬ししゃやく(下痢止め)が10。いいよ、これで全部だ」


 タオは不服そうな顔をする。


「気に入らないな……」

「どうしたんだよ?」

「止瀉薬なんてもんを作ってしまった自分に腹を立てているのさ。だって、お腹の痛みをこらえる女の子を見るのって最高だろう?」

「いや、君は最低だよ……。とにかく行ってくる。パーティー会場で会おう」


 僕は単身でルアーム迷宮へとミニモルを走らせた。

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