第49話 林の中にいた少女

 カンタベルではついに初雪が降った。

町はうっすらと粉雪に覆われ、とてもロマンチックな雰囲気を醸し出している。


「なのにお前と二人っきりなのな!」


 タオは忌々いまいましそうに文句を垂れた。

僕らはニグラダ平原をミニモルで走行中だ。


「ブツブツ言うなよ。タオだってアルバイトがしたいって言ったじゃないか」

「まあ、そうなんだけどさ……」


 僕らは薬草を集めてポーションや薬を作るために平原に来ている。

もちろん売ってお金を稼ぐためだ。

僕は日用品や装備品を揃えるため、そしてタオは大人のお店に行くためらしい……。


「前に、セックスのときには愛がほしいとか言ってなかったっけ?」

「愛か、せめてそれに似たものがほしいと言ったんだ。お店なら少なくとも……合意はあるだろ?」


 合意って愛に似たものなのか? 


「リア充にはわからないんだよ。フンッ!」

「ところで、いくらくらいかかるものなの? そういうお店って」


 僕が質問するとタオは身を前に乗り出してきた。


「おやおやぁ~、真面目なロウリーちゃんもそういうのには興味あるんだぁ。婚約者ちゃんに言いつけちゃおうかなぁ~」

「よしてくれ、事態が複雑になりすぎる」


 アネットなら絶対に怒り出すと思う。


「安心しろ。俺もそこまで嫉妬の闇に落ちたくない。で、料金の話だったな」

「うん」

「まあ、ピンからキリまでいろいろだな。だけどこのタオ・リングイムの童貞だ。安売りはしたくない!」


 安売り? 

もらっていただくの間違いじゃないのか?


「俺も色々調べたんだが、高級店だと10万レナウンくらいみたいだ。それだけ払えば相当な美人が相手をしてくれるらしい。スタイルだってこう……でへへ」


 バックミラーにタオの緩んだ顔が写っている。

シートに涎を垂らさないでくれよ。


「手元にあるのは2万レナウンだから、残りは8万だな。頑張って稼ぐぞ!」


 8万を稼ぐのは簡単なことじゃない。


「性衝動って人を勤勉にするんだね」

「取り繕っているけど、ロウリーだって俺と同じだろう? 本当はやりたいくせに!」

「否定はしないよ」

「言っとくけど、俺はお前よりずっと理性的だからな。止めどもなく湧き上がるこのリビドーを抑えているんだから。ふぅ……そうだ、いい子にしていろ、俺のマジカルステッキ……」


 僕は灌木の林の手前に薬草の群落を見つけてミニモルを止めた。


「ヨモギーがいっぱい生えているぞ。摘んでいこう」


 ヨモギーは傷薬の材料になる植物だ。

荷台に乗せた大きな麻袋を取り出し、僕は採集にかかる。


「俺は林の中を見てくるよ。何かあるかもしれないから」


 僕らは二手に別れて採集を開始した。


 普通の傷というのは少し洗ったくらいでは化膿し、場合によっては肉が腐っていく。

そこまでいかなくても高熱が出たり、苦しんだりするものだ。

だけど、ヨモギーを使った軟膏はそういった症状を緩和させる力がある。

だからほとんどの冒険者はヨモギー軟膏を探索時に携帯するのだ。

僕らのように治癒師がパーティーにいるというのは滅多にない幸運である。


「ロウリー! 来てくれえええ!!」


 ヨモギーを積んでいたら、林の方からタオの切羽詰せっぱつまった声が聞こえてきた。

まさか、魔物にでも遭遇したか!? 

僕は慌てて林の中へと駆け出した。


 林に駆け込んだ僕は我が目を疑った。

なんとタオが12歳くらいの裸の少女の肩を掴んでいるのだ! 

身長は140センチくらいで、緑色の髪をした女の子だ。


「タオ! おまえ、ついに犯罪を!」

「ち、違う! よく見ろ、彼女はドリアードだ!!」


 ドリアード? 

確か木の精霊だったな。


「つまり精霊相手に犯罪行為を?」

「だから違うって! よく見ろってば、この子は病気だ」


 近寄ってみると、その子の足は樹木になっていて、大地に根付いていた。

あどけない顔はかわいらしく、でも熱があるように赤い。

かなり息苦しそうで、ハアハアと口を開けて呼吸をしている。

見れば体には無数のキノコがうろこのように生えていた。


「これはエピシレ茸だな。こいつがつくとすぐに樹は枯れてしまうんだ」


 キノコには宿主と共生するものもあれば、寄生している相手を殺してしまうものもある。


「対処法は?」


 さすがにそこまでは僕も知らない。


「とりあえず体についたキノコを取ってあげよう。あとのことは帰ってから調べてみないと」

「そうだな……」

「君、大丈夫かい?」


 ドリアードに話しかけてみたけど、この子は返事を返さない。

ただ苦しそうに僕らを見つめるだけだ。


「君についたキノコを取ろうと思うんだけど、いいかな?」


 ドリアードはじっと僕らを眺めていたけど、しばらく後にコクリと頷いた。


「よし、手早くやってしまおう」

「ああ。すぐに楽にしてやるからな」


 僕らはドリアードの体についたキノコを取り始めた。

だけど、相手は見た目だけなら人間の少女だ。

しかも肌の手触りはかなり人間に近い。

ちょっとだけ硬い皮膚って感じだ。

傍から見たら、僕たちがいけない遊びをしているように見えるかもしれない。

こんなところ、誰もいないに決まっているのに思わず周囲を気にしてしまう。

持っていたタオルや水魔法を使って、あらかたのキノコはきれいに落とすことができた。


「見た目だけならきれいになったな。だけど……」

「ああ、ここに置いておくわけにはいかないぞ」


 タオは林に生えている他の樹を指さした。

その木には同じようにエピシレ茸がびっしりと寄生している。

この場に残して置いたら、このドリアードにも再びキノコが生えてくるだろう。


「でも、どうする?」

「頼む、この子を連れて帰ろう。なんとかしてやりたいんだ」


 タオの目が決意に満ちていた。


「わかったよ。問題は掘り返しても平気かだけど」


 年を経たドリアードは大地から足を抜いて動くことも可能になるそうだ。

でも、この子は見た目通りまだ幼い。

タオは膝をついてドリアードに尋ねる。


「君を掘り返して安全な場所に連れていく。いいかい?」


 ドリアードはコクリと頷いた。

そこで僕は土魔法を使い、ドリアードの周囲を掘っていく。

大きく根を張っているかと思ったけど、幸いにも根の幅は小さい。

薬草を入れるために持ってきた麻袋に土を入れ、ドリアードにはその中に入ってもらった。


「とにかく、ローレライの森へ戻ろう。タオはもうすぐ門限の時間だぞ」

「ああ、わかってる……」


 タオはリアシートに座り、ドリアードを膝の上に乗せた。

その様子は顔の似ていない兄妹みたいだ。

普段はエロが先行するタオだけど、今日は純情な部分が前面に出ているらしい。

ドリアードは不安そうだけど、僕らが彼女を助けたいというのは理解しているようだ。


「出すぞ」

「急いで頼む」


 ミニモルは僕らを乗せて夕暮れのニグラダ平原を走り出した。


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