第48話 噂のルーキー

『先手必勝、不意打ち上等、やられる前にやっちまえ!』は師ラッセルの教えだ。

僕は無言でストーンバレットを盗賊たちの頭に撃ち込んだ。

全員がヘルメットをかぶっているから、死ぬことはないだろう。

その代わり脳震盪を起こしていると思うけど。


 あっさりと倒れた盗賊たちの武装を解除し、ロープで縛り上げた。

他の人が見たら僕らの強さに圧倒されるかもしれないけど、魔法学院の生徒と一般人ではこれくらいの実力差がある。

詠唱は10分1の時間、もしくは無詠唱だし、身体強化魔法の使い方も段違い。

魔法学院の生徒が冒険者になるなら、最初からCランクは間違いないと言われているくらいだ。

冒険者のクラスはS~Fだから、けっこう上位だろう? 

もっとも学院の生徒が卒業して冒険者になるなんてことは滅多にない。

もっと安全で社会的地位の高い職業に就くのがほとんどだ。

僕としては冒険者というか、冒険家になることに魅力は感じている。

そういう未来があってもいいと思う。


「こいつらどうしようか? ここに残して魔物の餌にするのもなんだよね」

「そんなの、警備兵につきだすに決まっているわよ。私のことをいやらしいで目で見たんだもんっ!」


 いやらしい目というなら僕も同罪な気がする。

ミニモルの練習中に谷間を覗いてしまったし……。

だからと言ってこいつらを放免するわけにはいかないな。

放置すれば善良な冒険者が襲われてしまう。


「了解、じゃあそれは僕がやっておくよ。アネットには門限があるから先に帰りな」

「一人で大丈夫?」

「ガーディアンに手伝わせるから大丈夫さ」


 ポータルのある場所から迷宮の出口まではたいして時間はかからない。

僕らは盗賊をひとつなぎにしてミニモルで引っ張る。

途中でアネットには先に帰ってもらい、アーチャーLv.2を1体呼び出した。


「わかってると思うけど、妙な真似をしたらこいつが矢を放つからね」


 盗賊たちは不貞腐ふてくされて返事をしない。


「警告はしたよ」


 アーチャーをリアシートに配置して、僕はミニモルのアクセルを踏んだ。



 ドライドのまま迷宮のゲートを出ると、周囲の冒険者が僕に注目していた。

珍しい超小型のオートモービル型に乗っているうえ、ガーディアンを従え、盗賊を五人も縛っているのだ。

人々の目を集めても仕方がない。

僕は門を守る兵士のところまで盗賊たちを引っ張っていった。


「なんだい、こいつらは?」


 警備の兵隊さんは胡散臭うさんくさそうに僕と盗賊を眺める。

長身でなかなかステキなお姉さんだ。

茶色の長髪は無造作に頭の後ろで一括りにしてある。

目は細くて華やかさはないけど、唇に妙な色気がある人だった。


「迷宮で襲われたんです。ご丁寧にトラップまでしかけていました」

「は~ん、盗賊ね。ちょっと待ってて」


 お姉さんは一旦待機小屋のようなところに入って、書類の束を持って戻ってきた。


「お~お~、どっかで見た顔だと思ったらやっぱり懸賞金がついていたよ。こいつらはそこそこのワルなんだけど、よく一人で捕まえたね」

「相棒がいるんですよ。まだ迷宮の中ですけど」


 アネットはもうウンディーネ寮に戻ったかな?


「それにしたって坊やの年でたいしたもんだ。そいつらは殺人、強盗、放火の重罪犯だよ」

「どうりで悪人面をしているわけだ」

「とにかく、手続きをするから事務所の中まで来ておくれ」


 僕はミニモルに待機命令を出して、すぐ横に建てられている事務所に入った。



 案内された事務所は小さな机がいくつか並ぶ、簡素な作りだった。

僕らの他に四人ほどの警備兵が事務仕事をしている。

小さな椅子に座らされると、さっそく調書作りが始まった。


「さてと、坊やの名前は?」

「ロウリー・アスターです」

「ロウリー・アスターね。冒険者かい?」

「いえ、ギルド所属の冒険者ではありません。本業は……薬師です」

「ああ、そっち方面の人ね。それにしては腕が立つじゃないか?」

「相棒の魔法がすごいんですよ」

「へ~」


 お姉さんは僕に質問をしながら書類へいろいろと書き込んでいる。

日付けとか、誰が誰を連れてきたか、どこでどのようにして捕らえたかなどなど。


「薬師なら傷薬とかを商っているのかい?」

「いろんな薬を作れますよ」


 これでも薬師の息子だし、ラッセルの教えも受けている。

魔法薬学の成績だって悪くないぞ。


「それだったら、こんどギルド購買部にも品物をおろしておくれよ、傷薬や解毒薬なんかの在庫が足りなくなってきてるんだ」


 そういった薬品は場所が場所だけによく売れるそうだ。


「機会があったら今度持ってきます」


 新しいアルバイトの匂いがするな。

タオと一緒に研究室で薬品を作って小遣い稼ぎをしてみようか。


「調書はこれでよし。自分の名前は書けるかい?」


 国民の識字率は40パーセントくらいと言われている。

冒険者の中には自分の名前も書けない人が多いからこんなことを聞くのだろう。

僕はサインをしようとして、ある項目に目を止める。


「報償金が12万レナウン?」

「ああ、不服かい?」

「いえ、そんなにもらえるとは思ってなかったので」


 顔には出さなかったけど心の中ではウッキウキだった。

予想外の臨時収入だ。

これでずっと欲しかった冒険用の冬服や、革のブーツが買えるというものだ。



 ずっしりと重たくなった懐をさすりながらミニモルのところへ戻った。

ミニモルは言いつけを守ってじっとその場にとどまっていたようだ。

その姿は小動物のようで可愛らしい。


「よう兄ちゃん、ずいぶんと儲けたようだな」


 ミニモルに乗り込もうとしたらゴツい冒険者たちに取り囲まれてしまった。

数は六人か……。


「どいてもらえませんか? 通れないので」


 そう言ったのだけど、冒険者たちはニヤニヤ笑うだけで動こうとしない。


「つれねえことを言うもんじゃねえよ。どうだい、いっしょにお祝いしようじゃねえか。いい店を知ってるぜ。酒も女も極上なんだ」


 どこで聞きつけてきたか、僕が報奨金を手に入れたのを知っているようだ。

目立たない場所で強盗をしないだけマシだけど、こういう手合は鬱陶うっとおしくて敵わない。


「奢る金はありませんよ。それに良い子は帰らなきゃいけない時間なんです」

「おもしれえ兄ちゃんだが、目上に対しての礼儀がちょっとばかしなってねえな。こいつはお勉強が必要かも知れねえや」


 お勉強といえば今日も宿題がたっぷり出ている。

早く帰って始めなくちゃ。

僕は二枚の大盾で冒険者たちをかき分けた。


「急いでいますので」


 そしてそのままミニモルを発進させる。


「てめえ!」


 殴りかかってきた男もいたけどこちらも盾で防ぐ。

ついでに盾で押し返して、後ろに転倒させてやった。


「くそっ、生意気なガキに世の中ってもんをわからせてやれ!」


 いきりたった冒険者たちが次々と殴りかかってきたけど、そのたびに盾で防ぎ、愛のある優しめのシールドバッシュでひっくり返していく。

背後にオートシールドを出現させて死角から攻撃すると非常に有効だというのがよくわかった。

それから膝の裏などを狙った攻撃もよく効く。

カックンカックン面白いように転んでくれるぞ。

一人につき三回くらい転ばしてやった。

そろそろ諦めてくれたかな? 

泥だらけの冒険者に聞いてみる。


「もう、行ってもいいですか?」

「くそおっ!」


 リーダーらしき男が叫んで、再び殴りかかってきた。

しょうがないから脳天に盾を落としてやる。

もちろん角は使わずに手加減しておいた。

まともに入ると頭蓋骨が割れてしまうからね。

それでも男は気を失って倒れてしまう。

わずか一分くらいの間に起きた出来事だ。


「おいおい、剛腕のドルガーがやられたぞ」

「あいつはC級の冒険者だぞ。それをあっさりと……。あの子どもは何者だ?」


 僕らのやりとりを見ていたギャラリーがざわめいている。

これ以上騒ぎを大きくしない方がいいかな?

警備兵のお姉さんの方をみると、面白そうに見物しているだけだった。

殺し合いにでもならなきゃ仲裁に入るつもりなんてないようだ。

喧嘩なんて、ここでは日常茶飯事なのかもしれないな。



「それじゃあ……」


 僕はミニモルのアクセルを踏んでそそくさとその場を走り去った。


 結局、この騒ぎが原因で僕はルアーム迷宮のちょっとした有名人になってしまった。

ルーキーの賞金稼ぎとか、無敵の薬草屋とか、いろんな噂が流れたらしい。

本当の僕は魔法学院の生徒なのにね。

まあ、学院とルアーム迷宮は何百キロも離れているから、僕の正体がわからないのは無理ないだろう。

その方が僕にとっても都合はいい。


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