第47話 ドライド+オートシールド
次元の裂け目から光と共に浮かび上がったドライドは箱型をしていた。
アニマル型ではなくマシン型のドライドだ。
僕らはじっとその場を動かず、ドライドが完全に生み出されるのを待つ。
下手に近づけば次元の裂け目に吸い込まれるかもしれない、そんな気がしたのだ。
やがて光は収まり、裂け目も閉じた。
残されたのは四つの車輪を持つ、馬車を小型にしたようなドライドだ。
車体は銀色と黒で前後二人乗りができる座席がついていた。
「すごい……書物や授業で習ったことはあったけど、ドライドが生まれるのを見るなんて初めて」
アネットは小さく震えている。
「うん。一般にはめったに見ることのできない光景だもんね。僕たちは本当に運がいい」
ドライドが生まれるのは人がいない場所が多い。
「あれはオートモービル型?」
「ああ、間違いない。でも、こんな小さいのは見たことないよ」
目の前のドライドは横幅が1メートルくらい、全長も2.5メートルくらいしかない。
その代わり車輪は大きく、最低地上高が結構ある。
走破性は悪くなさそうだ。
箱馬車のような形をしているけど屋根はなかった。
「アネット」
「うん、契約の儀式をしてしまいましょう」
マシン型はアニマル型と違って逃げることはあまりないという。
ましてやここは迷宮の中の小部屋だ。
扉を閉めてしまえば確保したも同然だろう。
僕とアネットはそろりそろりとドライドに近づき、操縦席の横に来る。
オーブは目の前にあって乗り込まなくても手は届きそうだ。
ドライドはおとなしくその場に止まっていて、僕らは苦労することなく契約を済ませてしまう。
「やったわ、この手でドライドを確保できた!」
アネットは感動をかみしめているようだ。
「さっそく乗ってみようよ。この部屋の中でもちょっとくらいなら動かせるだろう? 練習、練習」
「それなら私に任せておいて。我が家にもオートモービル型があって、何度か動かしたことがあるから」
ライアット家にはもっと大きなオートモービル型があるそうだ。
さすがは伯爵家といったところだ。
「とりあえずこの子に名前をつけましょう。その方が扱いやすいから」
「いいけど、なんて名前にする?」
「そうねえ……」
アネットはしなやかな指で自分の顎を軽くつまむ。
「ミニモルっていうのはどう? 小さいオートモービルだから」
「いいね。呼びやすいし、こいつにぴったりだと思う」
こうしてこのドライドの名前はミニモルになった。
ミニモルの後部は荷室になっていて、僕らのザックを積むには十分なスペースがあった。
荷物をおろして身軽になった僕らはミニモルに乗り込む。
まずはアネットが運転のお手本を見せることになった。
「ミニモル、ライトを点灯して」
アネットの声にミニモルの丸い眼がびっくりするほど光り輝く。
「ほとんどのオートモービル型はこういうライトがついているのよ。迷宮ではとっても便利よね」
青白い光は迷宮の石壁の細部まで浮き上がらせている。
これならトラップを看破するのも簡単そうだ。
それにミニモルの車体は重厚な金属でできている。
先ほど見た矢のトラップくらいなら弾き返してしまうだろう。
「私の足元を見て。ペダルが二つ見える?」
僕は後部座席から覗き込むけどアネットの大きな胸が邪魔をしてよく見えない。
仕方がないので、アネットの肩に触れるか触れないかくらいまで身を乗り出す。
そうすると、鎧と服の隙間から胸の谷間が見えてしまった。
いかん、いかん……。
「右がアクセルペダルで、左がブレーキペダル。アクセルを踏めば前に進んで、ブレーキを踏めば止まるわ。簡単でしょう?」
「うん。レノア先輩のバイク型と同じイメージだね」
「そうそう。同時に踏まないように気をつけてね。ドライドが混乱するから。あとは横のシフトレバー。前に倒すと前進で、後ろに倒すとバックよ。じゃあちょっと動かしてみるね」
アネットは器用にミニモルを動かしていた。
「すごく小回りが利いて、運転が楽だわ。これなら迷宮探索にも使えるんじゃないかしら」
「それはいい。こいつに乗ればずっと早く移動できるもんね。そうだ! アネット、ちょっと実験に付き合ってよ」
アネットにミニモルから降りてもらい、今度は僕が操縦席に座る。
アクセルペダルに軽く足を乗せるとミニモルはごくゆっくりと動き出した。
「よし、この状態で僕に石を投げて」
「え?」
「ミニモルを操縦しながらオートシールドが使えるか試したいんだ」
「あ、そういうことか!」
オートシールドとミニモルが組み合わされば、タンク型の超小型装甲車になることもできるはず。
アネットは僕の意図をすぐに理解し、床に落ちていた小石を掴んだ。
「いくよー!」
低速でミニモルを走らせながらでもオートシールドは出現し、ミニモルと僕を守って小石を弾き返した。
「うん、これなら安心して迷宮でも活用できるね」
「じゃあ、帰りはミニモルに乗ってポータルまで移動しましょう」
「よし、お茶を飲んだら出発だね」
ドライド出現ですっかり忘れていたけど、僕らは休憩のためにこの部屋へ来たのだ。
リュックから魔導コンロとヤカンを取り出した。
「へえ、ちいさい魔導コンロね。いいな、これ」
「携帯用で風にも強いんだ。今年の新作だって」
買ったばかりの魔導コンロは真鍮製でピカピカしている。
冒険者に人気の商品だから、品薄で手に入りにくくなってきているそうだ。
「不思議……、お湯の沸く音ってなんか落ち着くよね」
僕の隣に腰を下ろしたアネットがつぶやく。
ヤカンのお湯がシュンシュンと音を立て始めていた。
危険な迷宮の中だというのに落ち着いた気分になってしまう。
僕は湧いたお湯で二人分の紅茶を淹れた。
「今日は冷蔵庫からベリーのジャムが出てきたんだ。紅茶にいれようと思って持ってきたよ」
「私のにも入れてほしいな。少し多めで」
湯気を立てる紅茶にたっぷりのジャムを溶かすと、甘い香りが小部屋に広がっていく。
味も美味しく、目が合った僕らは温かい気持ちで笑顔になった。
これ、なんかいい雰囲気じゃないかな?
もしかしてまた好感度が上がる?
なんて考えが頭をよぎる。
だけど、人生というのはなかなかうまくいかないものだ。
僕らの楽園は突然の闖入者によって台無しにされてしまった。
部屋の扉を開けて入ってきたのは5人の冒険者だった。
装備はどれもボロボロだし、数メートルは離れているはずなのに体臭が漂ってくる。
しばらく地上に出ていないのか、どの人の顔色も悪かった。
「よおしガキども、そこを動くんじゃねえ! 金と食料、装備品を全部おいてきな。そしたら命までは取らねえ!」
こいつらは冒険者じゃなく盗賊の方か。
さっきの罠はこいつらが仕掛けたものだな。
罠があったのだから、しかけた奴らも当然すぐそばで見張っていると考えるべきだった。
うかつだったな……。
「おお! ドライドじゃねえか。こいつはついてるぜ!」
「しかも見ろ、あの女! 相当な上玉だ。ガキのくせにとんでもねえおっぱいしてんな。こいつは味見をしないわけにはいかねーぜ」
盗賊たちは下品な笑い声を立てている。
だけどそういうのはやめてほしい。
アネットは短気なところがあるから、すぐにトリプルトルネードを使うかもしれないのだ。
いや、人道主義で盗賊の心配をしているわけじゃない。
狭いところであの技を使われると、こちらにまで害が及ぶからである。
オートシールドの相克魔法でなんとかなるけど、僕の魔力もかなり吸い取られるから疲れてしまう。
奴らがこれ以上調子に乗る前に片付けてしまうか。
僕はアネットをかばうように(本当は火炎魔法をつかわせないため)前へ出た。
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