第50話 君はそこにいるだけで

 塔まで戻ってきた僕らは研究室にドリアードを連れてきた。

体についていたキノコはすべて取ってあげたけど、彼女はまだ苦しそうだ。


「タオ、時間がないぞ。寮まで走れ」

「わかってる!」


 イライラした様子でタオはドリアードを見つめている。

きっと心配なのだろう。


「治療法は本で調べておくから、心配するな。彼女の面倒もしっかり見ておく」

「本当に?」

「約束する」

「彼女にいたずらしない?」

「タオと一緒にするな! 僕は小さい子に興味はないんだ!」

「冗談だよ」


 タオは肩の力を抜いた。


「冗談ってこんなときに?」

「下ネタでも沈黙に押しつぶされるよりはマシだろう? なあ、ロウリー……」


 タオはいつになく真剣な目で僕に語り掛けてくる。


「どうしたんだい?」

「今夜だけでいいから俺をこのままここにいさせてくれ」

「そんなことをしたら、タオが罰を受けるよ」

「構わない。俺は何としてもあの子を救ってやりたいんだ」


 タオの視線がドリアードに注がれた。

一時は具合が良くなったように見えたけど、時間の経過と共に容体はさらに悪くなっている。


「でも……」

「笑わないで聞いてくれ」


 タオ?


一目惚ひとめぼれなんだ」

「おまっ……だって、相手はドリアードで少女で……」

「仕方がないだろう! もう俺は報酬を受け取ってしまったんだ。彼女は綺麗だ、それが俺のためじゃないのはわかっている。だけど、愛するにはそれだけでじゅうぶんなんだよ。彼女が存在しているだけで、俺にとっては意義があるんだ!」


 おっぱい大司教が宗旨替しゅうしがえで純情に目覚めたか!? 

友人としてはタオの願いを叶えてやりたい。

こうなったらとっておきの秘密を一つ開示してしまうか……。


「わかった。だけど、夜の10時まで待ってくれ」

「どういうことだ?」

「消灯時間の10時を過ぎたら迎えに行くから、グノーム寮の地下にある排水点検室まできてほしい」

「排水点検室? いいけど……」

「そうしたら僕が必ずここまでタオを連れてくるから」

「わかった」


 それでもタオは疑わし気に僕を見ていたけど、何とか納得してグノーム寮へと帰っていった。


 こうして、僕とドリアードは二人きりになった。

静かになった研究室でドリアードはじっと僕を見つめている。

ただでさえ気詰まりなのに、その肌はつややかで人間の姿に似ているから始末が悪い。

子どもとはいえ女の子であるからして、視線のやり場に困るのだ。


「あの、服か布をかけてもいいかな?」


 しばらく待ってみたけどドリアードの反応はない。

言っていることが理解できないのかもしれない。

僕はポイント1を消費して白いコットンのワンピースを1枚作り出す。

ポイントを使うのはもったいない気もしたけど、彼女が裸のままではどうにも落ち着かなかった。


「ごめん、だけど、これを着てくれないか?」


 できたばかりのワンピースを彼女の前に出してみる。

ドリアードは服と僕を交互にみてからゆっくりと頷いた。

どうやらわかってくれたみたいだ。

服を着せてようやく落ち着いた僕はドリアードの生態から調べ始めた。


 研究室の書架にあった『精霊大辞典』にはドリアードの項目もあった。

もっともたいしたことは書かれていない。

ドリアードは長命で、中には400年も生きる個体があるそうだ。

栄養は土や空気、太陽の光から摂取している。

ドリアードは森林の奥深いところに生息し、滅多に人に見つからない。

繁殖はんしょくは母親となるドリアードの根から分化して新しいドリアードが生えてくるのだが、ごくまれに他の生物と交わって子を成すこともあるようだ。

残念ながら治療法のたぐいは載っていなかった。


「食べ物は必要ないみたいだけど、お水は飲ませてあげた方がいいのかな?」


 僕は水を入れたグラスをもってドリアードに近づく。


「お水いる?」


 ドリアードは小さく首を振った。

こうしてみると本当に人間の少女みたいだ。


「もう少し待っててね、有効な魔法薬か治癒魔法を探してみるから」


 ドリアードは返事をせずにじっとこちらを見返すだけだ。

でも、その瞳は悲しげで、何かを訴えているようにも見える。


「さっきのお兄ちゃんさ、タオと言って僕の友だちなんだ。あいつはスケベだけど優秀な錬金術師でもあるんだよ。だからきっと君を助けてあげるからね」


 ドリアードは小さく首をかしげた。

僕の言っていることは半分も伝わっていないかもしれない。

それでも、ドリアードは僕とタオのことは信用してくれたように思う。

僕も頑張って治療法を探してみよう。



 書架の本を引っ張り出して、片っ端から調べてみたけど、有効そうな治療法は見つからなかった。

時刻はもう10時にならんとしている。

そろそろタオを迎えにいく時間だ。

ドリアードをみると、目を閉じて眠っているようである。

僕は彼女を起こさないように足音を忍ばせて研究室を出た。



 五重にかけられた結界を解いて僕が姿を現すと、タオは驚きのあまり声を上げそうになった。


「シッ!」


 すんでのところでタオの口を手でふさぐ。

ここを見つかるわけにはいかない。


「静かに」


 僕はゆっくりと手を離した。


「おいおい、これは一体どういうことだ。ロウリーはどこからやってきたんだ?」

「これは僕の師匠が作った秘密通路だよ。これでローレライの森まで行けるんだ」

「すごい、まさかこんなものが寮の下を通っていたとは」

「絶対に内緒だからな」

「ああ、わかってる。それより急ごう、ドリーのことが心配だ」


 ドリー? 

ああ、ドリアードのことか。

僕らは秘密のトンネルを走って引き返した。



研究室に戻ってくると、扉の開く音でドリアードが目を覚ました。


「ごめんね、そのまま寝ていていいから」


 話しかけるとドリアードは苦しそうに手を伸ばしてきた。


「おー……りー……」


 檻? 

檻って何だろう? 

病気に関係したことだろうか?


「この子、何かを伝えたがっているみたいだけど、タオ、わかるかい?」


 タオもドリーの前に膝をついて耳を傾ける。


「おー……」

「いや、わからん」


 タオは遠慮がちにドリアードの緑の髪に手を伸ばした。


「必ず助けるからな。その時は俺のことをお兄ちゃんって呼んでくれ。礼はそれだけでいい……」


 タオは文献をあたり、僕は濃いめのカフェオレを用意する。

長い夜になりそうだった。


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