第15話 悪魔の娘

 カフェテリアは塔の大広間よりも広くて、明るく清潔な空間だった。

見渡す限り重厚な木のテーブルが並んでいるので、これなら全生徒が一斉に座っても余裕があるだろう。

食事は自らが自由に取っていくスタイルだった。


 僕はメインディッシュにビーフシチューを選ぶ。

大きな肉と野菜がふんだんに入ったシチューはとても美味しそうだ。

パンも数種類から選べたので、もっちりしたのと、外側がカリカリの二種類の丸パンをとる。

どちらも焼き立てで香ばしい匂いがたまらない。

デザートにはフルーツが添えられたゼリーを選んだ。


 僕とアネットは同じテーブルに座ったんだけど、さっきから生徒たちが遠巻きに僕らのことをチラチラと見ている。

踊り場での騒ぎがもう噂になっているようだ。

パットン姉妹も僕らに気を遣ってか、いつの間にか姿を消している。

人に注目されながらの食事は気まずい。

美味しいシチューも台無しだった。


「アネットの友だちはどこに行ったの?」

「気を使って私達を二人にしてくれたみたい」


 お上品なお友だちだな。

一つ離れた席で聞き耳を立てているタオとは大違いだ。


「それで、どうしてくれるんだよ?」

「はっ?」

「僕がラッセルの弟子ってバレちゃったじゃないか」

「ああ、そっちか……ごめん」

「そっちかじゃない。あの人の弟子だと知られたら、絶対によくないことが起こる気がするんだよ。秘密にしておこうと思ったのに困るんだよね」

「弟子くらいどうってことないじゃない! 私なんて娘よ! それだけで危険人物扱いなんだからね!!」


 そう言えばコーラル平原の悪魔とか言ってたな……。


「悪魔ってなんなの?」

「コーラル平原は古戦場よ。20年前までは大量のアンデッドの住処だったわ。でもカンタベル王国はその平原のアンデッドを一掃してそこを開拓することにしたのよ」

「それを受け持ったのがラッセルだね?」

「ええ、パパは一人でコーラル平原まで行って伝説の召喚獣を呼び出したわ」


 たしかボーン系のアンデッドは火に弱いんだったな。


「だけどパパはいつだってやり過ぎなのよ。呼び出したのはサラマンダーの上位種の、そのまた生みの親の、さらなる原種、カイザーザラマンデルよ」


 あの人は加減というものがわからない。

というより何回も召喚術を使うのが面倒だったに違いない。

一回で済ませてしまおうと不精をしたのだろう。


「結果は?」

「コーラル平原は今でも溶岩が吹きだしているわ。とうぜん開拓計画は白紙よ」


 やっぱりな。


「なんというか……君も苦労しているんだね」

「でもありがたいことに、四年前にパパが家を出てから、次第にみんなは私がパパの娘であることを忘れてくれたわ……」


 ありがたいとかいいながらも、アネットの声はどこか寂しそうだ。


「まあ、ばれてしまったことは仕方がない。そっちは諦めるとしよう。ただ、婚約者というのはまずくない?」

「それもごめん……。ユンロンとの婚約は義理の父が決めてしまったの。お母様も賛成しているわ。でも私はユンロンが嫌いなの。むしろ大嫌いかな」

「そこは賛同するけどね」

「ロウリーには悪いけど、しばらくこのままにしておいてくれない?」

「僕にアネットの婚約者のふりをしろと?」

「うん、ダメかな?」


 こちらを見つめてくるアネットの瞳は真剣だ。

それほどまでにエラッソが嫌いなのだろう。


「婚約と言ってもまだ正式なものではないわ。義父とエラッソ伯爵の口約束みたいなものなの。だからなんとか回避してみせる。義父もパパが関わっていると思えば無理強いはしてこないはずよ。なんだかんだでパパが怖いから……」


 厄介なことに巻き込まれている自覚はある。

自覚はあるけどアネットも可哀そうだ。

婚約者があのユンロン・エラッソではね……。

それに、あいつの悔しそうな顔は見ていて気持ちが良かった。


「わかった。しばらくの間なら君の婚約者を演じるよ」

「本当に? ありがとう!」

「いちおう君は師匠の娘だからね、少しくらいなら協力する。ぼくもエラッソは大嫌いだし。で、具体的にどうすればいいの?」

「え? 具体的に?」


 詳細はアネットも考えていなかったらしい。

急に挙動が不審になってきた。


「そ、それは……こうやって一緒にランチをしたり、放課後に図書館で勉強をしたり、週末にデートに行ったり?」

「な、なるほど……」


 婚約者というか、恋人みたいに振舞えってことなのか……。

なんだか緊張してきたな。


「それじゃあ明日も一緒にお昼を食べる?」

「うん……ロウリーがそれでいいなら……」


 それ以上の会話が続かなくて僕らは黙り込んでしまった。


「ケッ、見ちゃいられねーなー。カフェテリアにラブコメの持ち込みは禁止だぜ」


 離れた席からタオの大きな独り言が聞こえてきた。



 午後はローレライの森に戻って塔づくりに勤しんだ。

レベルが上がってできることが増えている。

保有ポイントにいたっては43もあるから、どんな部屋でも作り放題だった。


 欲しい部屋の優先順位としては書斎(4)と洗濯室(4)だ。

僕は学生であるからして、勉強をしなければならない。

今日だってノエラ先生に宿題を出されている。

明日までに『基礎魔法概説きそまほうがいせつ』を52ページまで読んでくるように言われているのだ。

キッチンのテーブルで宿題をしてもいいのだけど、やっぱり雰囲気は大切だ。


 まずは寝室を二つに分けて、書斎を追加した。

それからキッチンの横に洗濯室も追加する。

どれどれ中を確認してみようか。

僕はまず書斎から見ていく。


「おお! これはすごい」


 相変わらずだだっ広いけど、部屋の隅にはきちんと勉強机が用意されていた。

椅子もビロード張りで座り心地もよさそうだ。

机の上には光魔法を応用したランプもあって、真鍮の台座の上には緑色のガラスシェードが輝いていた。

これなら勉強もはかどりそうだ。

じっさいはどうか知らんけど……。


 お次は洗濯室に入る。

洗濯室にはキッチンやバスルームと同じように蛇口がついていて、そこからお湯と水が出る仕様になっていた。

床は石畳で排水もきちんと考えられている。

大きなものもここで洗うことができそうだ。

そして、なんといっても目玉は部屋の隅に備え付けられた箱だ。


 これは洗濯機と言って、中に入れた服を自動で洗い、脱水までしてくれる魔道具だった。

寮にはお手伝いさんがいるので、学生は汚れ物を全部洗ってもらえる。

でも、塔暮らしの僕は炊事洗濯掃除のすべてを自分でやらなくてはならない。

はあ、これがラッセルと暮らしていたときにあったらなあ……。

師の靴下は地獄の瘴気みたいに臭かったのだ。


 こうして書斎と洗濯室を増やした僕だけど、ポイントはまだ35も残っている。

次は何に使おうか。

塔を二階建てにすることもできるけど、それはまだ必要を感じない。

それよりも備品を増やそうかな。


 項目で最初に気になったのは自動掃除機(3)だ。

直径が40㎝ほどの箱型をしており、床に落ちている埃やゴミを吸引してくれる魔道具らしい。

塔はやたらと広いのでこれは何としても手に入れたい。

さっそく入手することにして、僕はステータスボードの決定ボタンをポチっと押した。


 次に手に入れたのは玄関マット(1)だ。

地味だけど必要なものだろう? 

これさえあれば室内に持ち込んでしまうゴミは相当抑えられる。

玄関マットくらいなら現金でも買うことはできる。

だけど今の僕にとって現金はポイントよりも貴重だ。

なんせ週末には食料を買いに行かなければならないからね。

冷蔵庫は毎日ひとつ食料を与えてくれるけど、それだけじゃ僕の若い胃袋は満足しない。

冒険部の活動が本格的になれば少しは生活に余裕ができるかな? 

とにかく今は節約に努める必要がある。


 さて、こうしていろいろ用意したけれどポイントはまだ31もある。

そろそろ気になっていたあれを作ってみるか。

そう、この小砦(15)というやつだ。

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