第16話 小砦
適当な場所を選んで
塔の時と同じで地面に魔法陣が浮かび上がり、大気がビリビリと震えたけど、あの時ほど大きな衝撃じゃない。
きっとこちらの方が小規模で簡単にでき上るのだろう。
小砦はほんの一分程度で完成した。
そして砦もやっぱり塔だった。
ただ、こちらのスケールはだいぶ小さく、高さは10m、床は直径が5mくらいの円柱だ。
外から見る限りでは三階建てのようである。
砦というだけあって塔は高さが3mほどの壁で囲まれていて、壁の周囲には丁寧に空堀までついていた。
僕は堀にかかる吊り橋に足をかける。
橋の上から見下ろすと堀の深さは2mくらい。
これなら壁をよじ登って侵入するのは難しいだろう。
重い木の扉を開けると、そこは広い部屋になっていた。
荷物などを置くスペースはじゅうぶんあり、一人で暮らすなら塔よりも砦の方が便利そうなくらいだ。
そもそもあっちの塔は大きすぎる。
砦にも塔と同じように部屋をつけられるので、さっそくトイレを作っておいた。
立てこもっている最中に行きたくなったら困るからね。
師ラッセルなら城壁の上から敵にめがけて……くらいはするかもしれないけど……。いや、あの人なら絶対にやるな。
高笑いしながら。
ポイントはまだ12も残っていたので砦にキッチンもつけておいた。
これで残りは7となっている。
とりあえずはこれでいいか。
作ってから気が付いたのだけど、こちらのキッチンにも冷蔵庫がついていた。
これで一日に手に入る食料が二倍になるじゃないか!
わざわざ取りに来るのは面倒だけど、贅沢は言っていられない。
さっそく開けてみると中にはニンジンが3本入っていた。
塔や小砦の出し入れは自由なので、とりあえず小砦は消しておいた。
建物が二つあっても邪魔になるだけである。
必要になったらまた呼び出せばいいだけだ。
夕飯はボロニャンソーセージの残りをソテーにして、ニンジンのグラッセを大量に作って食べた。
この程度の料理でもけっこう時間はとられる。
今頃寮生たちは夕飯を食べ終わっているころだろう。
一人で食べる食事というのは
目の前には誰も座っていない椅子が見えている。
誰かここに座ってくれないかな?
アネット、タオ、ララベル、ルルベル、レノア先輩、シャロン先輩、……ノエラ先生。
エプロンをつけたノエラ先生。
みんなの顔が脳裏に浮かぶ。
最後の一人はちょっとだけエッチな空想になってしまった。
ごめんなさい、先生。
扉を開けると教室の中が静まり返ってしまった。
みんなが僕に注目している。
これはやっぱり昨日のアネットの発言が原因か?
すでに教室に来ていたエラッソとも目が合ったが、不貞腐れた顔で視線を逸らされてしまった。
別にいいけどね。
あいつと見つめあう趣味はない。
「おはよう……」
ぎこちない挨拶をしてララベルの隣に座った。
「ずっと気になっていたんだ。あのあとどうなったの?」
ララベルは遠慮なく質問してくる。
しかもルルベルまでもが身を乗り出してこちらを見ていた。
「どうなったって?」
「もちろんライアットさんとよ」
「別に、一緒にご飯を食べただけだから……」
「うわあ……、二人は本当に婚約者同士なんだ」
うっ……、そう言われるとちょっと辛い。
パットン姉妹とはもう友だちだし、冒険部の部員同士だ。
嘘をつきとおすのは良心が痛む。
親しい人には本当のことを言ってもいいと了承は取ってあるので、彼女たちとタオには真実を打ち明けた。
「――というわけなんだよ」
「つまらん、貴族から令嬢を寝取った男として、お前は庶民の星になるはずだったのに。貞淑な彼女がチャラ男に……というシチュを期待していたんだぞ」
タオは無遠慮にそんなことを口走る。
「僕がチャラ男? キャラじゃないなあ……」
「今からなれ。結婚に不安を抱える女がチャラ男に騙されて快楽に溺れていくとか最高じゃないか!」
「相手は八大伯爵家の令嬢だよ。滅多なことは言わないでくれ」
「たとえ奴隷の身分であっても頭の中だけは自由だろ!? 俺が何を妄想しようと
その妄想を口にするのは問題だろうに……。
「じゃあさ、ロウリー君とライアットさんは本物の婚約者同士じゃないのね?」
「ああ、すべては狂言だよ。恋人同士ですらない」
「ふ~ん……」
ララベルは真実を見極めるかのように僕の目を覗き込む。
「なに?」
「別に……」
それだけ言って、気まずそうにそっぽをむかれてしまった。
◇
教室の一角にいたユンロン・エラッソの取り巻きの一人、ブッカスは横目でボスに視線を送った。
「このままでいいのかよ?」
ユンロンは表情を歪めながら深く頷く。
「ああ、あの野郎、調子に乗りやがって……」
「だったら、例の計画を実行に移すか?」
「そうだな……」
それはロウリーを人気のない場所に呼び出して、みんなで制裁を加えようという計画に他ならない。
8対1で存分にいたぶってやるつもりだったのだ。
「だけど、あいつはバウマンの弟子なんだろう? 大丈夫かな」
ブッカスは心配そうにユンロンを見つめた。
「バカ、ビビってるんじゃない。たしかにバウマンはめちゃくちゃだが、奴にそんな迫力があるか?」
ロウリーはおとなしそうな顔つきをしている。
整ってはいるが人畜無害そうというのが正当な評価だろう。
そしてユンロンは敵を過小評価する癖があった。
良い家柄に生まれつき、すべてが思い通りに育った弊害である。
とにかく、彼はロウリー・アスターという人間を見誤っていた。
「よし、アスターを呼び出す手紙を書くぞ」
「でもなんて?」
「貴族らしく正々堂々と宣戦布告するさ。来なければ臆病者のレッテルを張ってやるとな」
「奴がのこのこと現れたら、アスターをみんなでボコるんだな。他人の女を取るとどういう目に遭うかわからせてやらなきゃな」
ユンロンはブッカスのすねを蹴り上げた。
「バカが。アネットは今も俺の婚約者だ。取られてなんていないぞ。ただ、奴がいらないちょっかいをかけたのは間違いない。だからその罪の償いをさせてやるんだ」
自分勝手な言い分だったが、ユンロンは己の正当性を信じている。
集団でのリンチだって悪いことだとは思っていない。
彼はいつだって自分が正義なのだ。
「放課後にやるからな。みんなを集めておけ」
ユンロンはロウリーに一瞥をくれ、呼び出しのためのメモを書き始めた。
◇
五限目の王国史の授業の後、僕は一通のメモを受け取った。
ロウリー・アスターへ
話をつけようじゃないか。放課後の屋上で待つ。もし来なければお前が臆病風に吹かれたものとみなし、そのことを公表する。欠片ほどでもプライドがあるなら必ず来い。
差出人の名前はなかったけど、ユンロンからのメモだというのは明らかだった。
それにしても神経質そうな字をしている。
線が細くてピリピリした感じなんだよね。
横からメモを覗き込むタオが訊いてきた。
「行くのか?」
「行くわけないよ」
明快に答えるとタオは嬉しそうな笑顔になった。
「お前がますます好きになるな」
どうせエラッソは大勢で待ち伏せしているのだ。
『敵のフィールドでは闘うな』は師ラッセルの基礎的な教えの一つだ。
それに今日は冒険部の活動もある。
エラッソに付き合ってやる暇はない。
「でもさ、またエラッソが絡んできたらどうする?」
タオが訊いてくる。
「そのときはまた考えるよ。サシの勝負なら負ける気はしないし……」
「へー、意外と自信があるんだ。いざというときは陰から守ってやろうと思ったけど……」
僕に劣らずタオも自信があるようだ。
彼の場合ハッタリということも多分に考えられるけど……。
「ロウリー君、タオ君、そろそろ行こうよ」
教室の入り口でパットン姉妹が呼んでいる。
僕らはそろって冒険部へと向かった。
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