第14話 あてうま
部室である資材倉庫から出ると、そろそろお昼ご飯の時間だった。
学院生はカフェテリアで昼食をとる。
そういうところは初めてだから、なんだか期待しちゃうよね。
カフェテリアでは数種類の中から自分の好きなメニューを選べるそうだ。
大抵のメニューは美味しいとララベルも言っていた。
タオとパットン姉妹と連れ立って歩いていると、階段の踊り場でアネットに出会った。
彼女もクラスメイトと一緒にいる。
邪魔をするのもなんなので「やあ」とだけ声をかけると、驚いたことにアネットは笑顔で話をふってきた。
「あら、ロウリー。残念ながら違うクラスだったみたいね。私はC組よ。ところでもうクラブは決めた?」
人前でも気さくに話しかけてくれたのでちょっとだけびっくりした。
考えてみれば彼女は伯爵家のご令嬢だ。
しかも美人で可愛らしい。
きっとクラスでも人気者なのだろう。
みんなの前で庶民である僕に声をかけて大丈夫なのか?
そんな屈折した考えが頭の隅によぎってしまう。
エラッソみたいな奴を目の当たりにして、格差コンプレックスを覚えてしまったのかな?
でも、アネットは全く
「冒険部に入ったんだ」
そう報告すると心底驚かれてしまった。
「うえっ! あそこの噂を知らないの? 怪我人が続出しているらしいわよ」
「そうみたいだけど、説明を聞いたら思った以上に楽しそうなクラブなんだ。僕は野外活動が好きだし、なんといっても珍しいドライドが手に入るかもしれないから」
「ドライドかあ、それは私も興味があるな」
アネットもまだ自分のドライドは持っていないそうだ。
「今年の誕生日には買ってもらう約束になっているの。ホース
ホース型はその名の通り馬の形をしたドライドだ。
単体なら走破性が高いし、馬車を引かせることだってできる。
若い貴族の間では友人や恋人同士で遠乗りに出かけるのが流行っていると聞いた。
「アネットはどんなクラブに入ったの?」
「私はまだ決めてないんだ。ちょっと事情があってね……」
アネットが何か言いかけたとき、前の方から彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
「アネットさん、こんなところにいらしたんですか? 社交部で昼食をご一緒しようと思ったのにどこにも見当たらないから探してしまいましたよ」
この鼻にかかった気取り声は見るまでもない。
アネットに声をかけてきたのはユンロン・エラッソだった。
「私は社交部に入部した覚えはないんですけど」
エラッソと会話するアネットは不機嫌そうだ。
だがエラッソのやつは気に留める様子もない。
「何を言っているのですか、ご両親から伝えられているはずですよ。必ず社交部に入るようにと」
「聞いてはいるけど、興味はありません」
アネットはそう言ってそっぽを向いてしまう。
そのときになってユンロンは僕の存在に気付いたふりをする。
「ん? お前は庶民のアスターじゃないか。アネットさんから離れろ、無礼者め」
ユンロンは無視された怒りを僕で解消しようとしているようだ。
もしかして、僕を
だとしたら相当あさはかだ。
「僕は失礼なことなんて何もしてないよ。邪魔しないでほしいな」
「ふん、分をわきまえろと言っているのだ。お前なんかがおそばにいるのもおこがましい。この人は八大伯爵家の一つ、ライアット家のご令嬢だぞ。しかも私の婚約者でもある」
「え……」
脳天を殴られたような衝撃だった。
アネットがよりにもよってユンロンの婚約者だったなんて……。
だけど、アネットはすぐにユンロンの言葉を否定した。
「勝手なことを言わないで。それは親が決めただけで私は了承していないわ!」
ユンロンはアネットの主張を余裕の笑みで受け流す。
「勝手なことを言っているのは貴方でしょう。貴族にとって婚約とはそういうものですよ。それに、僕というものがありながらこんな男と一緒にいるのは困りますな」
態度だけ見ていれば、アネットがユンロンを好きじゃないことはわかる。
だけど、僕はどうすればいい?
エラッソ家とライアット家が取り決めた婚約に口を差し挟むことができるのか?
「さあ、社交部の部室へ行きましょう。あそこの方がカフェテリアより数倍ましな料理があります。昼ご飯を食べながら将来のことについて話しましょう。僕のことをもっと知ってもらえれば、お互いに分かり合えると思いますから」
ユンロンは馴れ馴れしく手を伸ばしたけど、アネットはその手をはねつけた。
「たしかに貴方は母上と義父が決めた婚約者よ。でも……」
「でもなんでしょう? 貴方は卒業と同時に私に嫁ぐことになっているのです。今から愛を育んだとしても早すぎるということはない」
勝ち誇ったようなユンロンの顔が腹立たしい。
だが、アネットの次の一言でユンロンの顔は驚愕に歪んでしまった。
「私にはもう一人婚約者がいるの!」
「な、何だってええええ!?」
ざまあみろ。
ユンロンは震えるほど驚いているぞ。
でも、もう一人の婚約者?
すごいなあ、貴族社会はそんなにポンポン婚約者を立てられるのか。
「だ、誰だ? その婚約者というのは」
まあ、ユンロンじゃなくても気になるよね。
僕も知りたい。
「そ、それは……」
煮え切らないアネットの態度にユンロンの表情へ余裕が戻った。
「ははーん……、さては僕の気を引くためにそんな嘘を?」
「違うわ! ちゃんといる。パパの……、そう、私の実父であるラッセル・バウマンが用意してくれた婚約者が。ここにいるロウリー・アスターがそうよ!!」
「な、何だってええええ!?」
再びユンロンが叫ぶ。
いや、でもそれは僕のセリフだよ。
だって、そんな話は聞いたことがない。
「し、しかし、こんなド庶民がアネットさんの婚約者だなんてあり得ない!」
ユンロンは何とか自分を奮い立たせようと反論を試みる。
だけど、一度決壊した堤防が音を立てて崩れるように、アネットの嘘は奔流となってその口から溢れ出した。
「ロウリーはパパの弟子よ。あのコーラル平原の悪魔と呼ばれたラッセル・バウマンが才能を認め、長年にわたって手塩にかけて育ててきたんですから!」
なんですか、コーラル平原の悪魔って?
聞きたいけど怖いからやめておこう。
それに僕がラッセルと暮らしたのは二年だけだ。
長年手塩にはかけられていないぞ。
あのラッセルがそんな長期間飽きもせず、弟子を育てるなんてできるわけがない!
「アスター、その話は本当なのか?」
ユンロンは燃え盛る瞳で僕に訊いてくる。
「まあ、ラッセルの弟子だというのは本当だよ」
トラブルメーカーの弟子であることは知られたくなかった。
ラッセルは敵が多そうだから、僕の将来にも関わってきそうで気が気でない。
まともに就職できなかったらどうするんだよ。
ただ、アネットにもいろいろ事情がありそうなので、婚約者であることは肯定も否定もしなかった。
「そういうわけなの。いきましょう、ロウリー」
アネットはカフェテリアへと歩き出す。
この場にいたらユンロンに色々訊かれそうで面倒だ。
「じゃあまた」
それだけ言いおいて、僕も急いでアネットを追いかけた。
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