第4話 ラッセルの小屋
「わかった、それじゃあ君が僕を魔法攻撃してくれないかな?」
「えっ?」
アネットはここで初めて戸惑いを見せた。
「貴方、マゾなの?」
「そうじゃない。僕は防御魔法が一番得意なんだ。どうせならそれを見てほしい」
探るような視線が僕を観察している。
「言っておくけど、私の魔法攻撃は強力よ。それを受ける覚悟がある?」
そう言われるとちょっと怖い。
先に予防線を張らせてもらうか。
「…………」
口の中で呪文を唱え、
これで大抵の魔法攻撃には耐えられるようになっているはずだ。
近所の崖から300m下に落ちた時も、これのおかげでかすり傷一つ負わなかった。
たぶん大丈夫だろう……。
「なっ!? プロテクト? しかも五重に張ったの?」
「正確には六重だよ」
念には念を入れて急所に小さいのもかけてある。
わざわざ説明をする気はないけど……。
「それならこちらも手を抜かずにすみそうね。まずは
アネットの掌に魔力が集まり、小さな火球が形成されていく。
火球は子どもの拳大にまで膨らみ、僕に向かって勢いよく飛んできた。
さすがはラッセルの娘さんだ。
ブオンッ!
さすがに顔面直撃は怖いからね。
炎は僕の手で四方に飛び散り爆散する。
アネットはその様子を見て小さく目を
そして、僕の実力が予想以上であったことが嬉しいらしく、ニヤリと笑った。
「やるじゃない。だったらこれはどう?」
先ほどよりずっと巨大な魔力がアネットの中で渦巻いている。
いよいよ本気を出すようだ。
アネットの全身から練り上げられた魔力が放出され、地中から二本の火炎竜巻が巻き起こる。
その姿はうねる炎のドラゴンだ。
たぶん同年代でこれほどの火炎魔法を使える人は少ないだろう。
これは防御魔法だけでは危ないかな?
衝撃は弾き返せても、高温になった空気でのどが焼き付いてしまう。
こちらも本気を出すしかない。
「ダブルファイヤートルネード!」
突如、空中に現れた大楯がそれを弾き返したのだ。
「な、なんなの……それ?」
「これは僕の特殊技能でオートシールドっていうんだ。実験ではラッセルの極大魔法さえはじき返したことがあるよ」
赤地に金の縁取りで装飾された盾には焦げ跡ひとつついていない。
うん、今日も絶好調だ。
オートシールドは表面に
もっとも、そのせいで僕の魔力が切れれば単なる物理的な盾になってしまうんだけどね。
ただ、僕の魔力量はラッセルとの修行(ほとんど自習だったけど)で大幅に上がっているから、そうそう後れを取ることもないとは思う。
もちろん、物理攻撃だって弾いてしまうぞ。
「オートシールド? そんなものを使える人は初めて見たわ……」
「これの術者は世界にも数人しかいないって、ラッセルが言ってたよ」
アネットは不思議な生き物でも見るみたいに僕を見ている。
「貴方、何者なのよ?」
「だから、名前はロウリー・アスター。スケベ大王ラッセル・バウマンの弟子にして
僕の答えにアネットはようやく満足してくれたみたいだった。
「どうやら本当にパパの弟子みたいね……」
「まあね。でも、僕が教えてもらったのは学問の基礎と魔法だけ。あと毛生え薬の作り方くらいかな」
「ぷっ、やっぱりパパはハゲたんだ」
「年々後ろに後退してたよ。でも、新作の毛生え薬で最終防衛ラインを押し戻せるって」
「はぁ〜、いかにもパパが言いそうなセリフ……」
それまでの殺気が消えてアネットは少しとっつきやすくなっている。
「それで、どうだろう? 僕は森の小屋を使ってもいいのかな?」
「そうねえ、私の秘密基地にする予定だったんだけどなぁ……」
秘密基地って、発想が親子で同じじゃないか。
でもそんなことを言ったら怒りだしてしまうんだろうな。
「そう言わないで頼むよ。アネットには寮があるんだろう?」
「私はウンディーネに決まっているわ。ただ、ここは息抜きに丁度いいのよね。実家には義理のお父さんとかがいて、色々と息が詰まるの」
なるほど、人にはそれぞれ事情というものがあるのだな。
「なるべく早く自分の
アネットは横を向いて小さくため息をついた。
「仕方ないわね。好きにするといいわ」
「最悪の場合は小屋の横に掘立小屋でも作るから、よろしく!」
「それじゃあ行きましょう」
「行くってどこに?」
「ローレライの森に決まっているじゃない」
なんだかんだでアネットは親切だった。
さっきまでの態度はたぶん嫉妬のせいだろう。
自分が一緒に過ごせなかった父親と、僕が二年も暮らしたことに複雑な思いがあったようだ。
でも、そんなわだかまりももうないようだ。
意外とサバサバした性格なのかもしれない。
校舎からあるくこと5分、ローレライの森はけっこう離れた場所にあった。
霧が立ち込めていてなんだか不気味な雰囲気をたたえている。
「この霧も結界の一部よ。いろんな手段で侵入が妨害されるようになっているの。無理に入ろうとすれば、怪我をするから気をつけてね」
「小屋はどこにあるの?」
「ほら、あれが目印よ。あそこで結界を解けばいいわ」
アネットの指し示す先に傾いた小さなポストが立っていた。
「あら、また中身が空になっているわね」
ポストを覗いたアネットが首をかしげている。
「どういうこと?」
「このポストに手紙を入れておくと、夜のうちになくなってしまうのよ。どうやら転移魔法が施されているみたいで、パパの手元に届くみたい。先日もお母様からの手紙を入れておいたんだけど、もうなくなっているわ」
慰謝料でも請求されているのだろうか?
それはともかく、ということは僕の手紙もここへ入れればラッセルに届くということだな。
だったら後で、無事に学院へ到着したと報せておこう。
さて、ラッセルに教えてもらった解法の呪文とやらを唱えてみるか。
僕は周囲を見回してから、誰にも聞かれないように口の中だけで呪文を唱えた。
「…………」
呪文の効果はてきめんだった。
小道の上だけたちまち霧が晴れていく。
僕はワクワクしながら木々の間を進み、ついに古ぼけた小さな小屋を発見した。
「あれがそう?」
「ええ。思っていたよりボロボロでびっくりしたんじゃない?」
「いや、そんなことは……」
とは言ったものの、ラッセルの小屋は本当にオンボロだった。
僕らが住んでいた山奥の小屋も大概だったけど、ここは古い分だけさらにひどい。
石造りだから腐ってはいないと思うけど、さっそく中に入って状態を確かめないといけないな。
アネットに促されて小屋に入ると、中は予想していたよりずっと整っていた。
部屋は清潔だったし、備え付けのソファーには鮮やかな色のクッションが並んでいる。
暖炉もきれいで、薪も用意してあって、すぐにでも使えそうだ。
「びっくりしたでしょう? 中は状態保存の魔法がかかっているらしくて、意外と整備されているのよ。でも、数日前はもっと汚くて私が掃除をしたんだけどね」
「そんなことだと思ったよ。あのラッセルが部屋をきれいに保つなんて想像できないもん」
「寝室は奥よ。使うのは良いけど、きれいに使ってね。それから私もたまに息抜きに来たいんだけど……」
アネットみたいに可愛い子なら大歓迎だ。
「いいに決まっているよ。僕もティーセットでも用意しておくから、いつでも遊びに来てね」
「ありがとう……」
お礼を言うアネットの顔はなんだか赤い気がした。それともこれは窓から差し込む光のせいか?
「家族が心配するからそろそろ家に戻るわ」
気がつけば太陽が西の空をオレンジ色に染めている。
「今日は色々と教えてくれてありがとう。これからもよろしく」
「ま、まあ、貴方はパパの弟子なんだから、私にとっても無関係な人間ってわけじゃないし……。よ、よかったら明日も来てあげるわよ」
「本当に? ありがとう、まだまだ分からないことがいっぱいだから助かるよ」
「そう? それじゃあ、また明日」
沈む夕陽で金色に光る森の中へアネットは消えていった。
彼女が帰って、一気に静寂がやってきた。
誰もいない部屋は寂しくていけない。
今のうちに夕飯の準備をしてしまおうかな。
町で買った干し肉と玉ねぎでスープでも作ってしまおう。
小屋には台所もついていたので、僕はそちらに移動しようとした。
すると突然頭の中に声が響いた。
(おめでとうございます。『塔のマスター』のレベルが2に上がりました)
え、どういうこと?
ワタワタと戸惑っていると、突然僕の前に光り輝く文字盤が出現した。
「うわっ!」
思わずしりもちをつきそうになるくらいびっくりしたよ。
これはいったいなんだろう?
そっと指を伸ばしてみると文字盤には触れることができた。
ちゃんと実態があるんだな。
あれ? 僕の名前が書いてあるぞ!
そういえばラッセルに聞いたことがある。
特殊技能を持つ人間はステータスボードというもので自分の能力を発現させることがあるとか言っていた。
ひょっとするとこれがそうなのかもしれない。
どれ、ちょっと確認しておくか。
え……、いや……、え~と……、何じゃこれはあああああ!!!!
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