第3話 アネットとの勝負

 僕は改めてその女の子のことを見た。

まだ自己紹介もされていないんだけど、何なんだ? 

ローレライの森というのはラッセルの土地であって、この子の所有地ではないはずなんだけど。


「あの、どういうことかな?」


 質問すると学院長が改めて彼女を紹介してくれた。


「紹介が遅くなってしまったね。彼女の名前はアネット・ライアットさん。君と同じ新入生で、ラッセル・バウマン様の御息女でもあるのですよ。今日はたまたま学院に来ていたので、ここに来てもらったのです」


 ええっ!?  

あのラッセルに子どもがいたなんて……。

いや、それ以上に驚きなのは、親子なのに全然似ていないことだ。

かたや詐欺師、かたや天使の顔をしている……。


「君、ラッセルの娘さんなの!? 奥さんがいたことは最近知ったけど、娘さんがいるなんて初耳だよ」

「で、貴方は本当にパパの弟子なの? ちょっと信じられないんだけど」

「正確に言えば、僕はラッセルの弟子というか家政夫というか。身寄りのなかった僕を育ててくれたのが君のお父さんなんだ」


 この説明で納得してくれるかと思ったけど、女の子の驚きはますます大きくなってしまったらしい。


「子どもを育てたですって!? あのラッセル・バウマンが!? ジャイアントフロッグのオタマジャクシも育てられない男よ! 壊滅的かいめつてきに生活能力がなくて、破壊的にいい加減なあの男が!?」


 ひどい言いようだけど外れてはいない。


「いや、その評価はだいたい合っていると思うけどさ……、君のお父さんだろう? ちょっと酷すぎないかい?」

「ふん、お母さまがパパを家から追い出して、もう4年以上会っていないわよ。あの人、今どこで何をしているの?」


 アネットがジト目で睨んでくるけど本当のことはとても言えない。

触手魔法を開発して、めくるめく愛の旅に出たなんて口が裂けても白状できないよ! 

この子は性格がキツそうだから、きっと親子関係に修復不可能な亀裂きれつが入ってしまう気がするもん。


「研究の成果を確かめるために旅に出ているよ。詳しい場所は僕も知らないんだ」

「どうせろくでもない研究なんでしょう?」


 当たっているだけに不用意に頷くこともできなかった。


「というわけで、僕が森に住むのを認めてくれないかな? ラッセルも僕が小屋を使うのを認めてくれたよ」

「私がダメって言ってるの。あそこはパパが私に残してくれた唯一のものなんだから……」


 森の小屋は、この子にとっても特別な場所なのかもしれないな。


「う〜ん、そちらにも事情があるみたいだけど、僕もここに住めないと行くあてがないんだよ。そのうちなんとかするから、しばらく使わせてもらえないか?」


 できるだけあわれっぽく言うと、女の子の感情も揺らいだようだ。


「そりゃあ、困っている人を追い出すのは可哀想だけど……」


 なんだかんだで親子だな。

態度には出にくいけど、根が親切なところは同じようだ。


「わかったわ」

「本当に!? ありがとう!」

「だけど! 一つ条件があるわ」


 条件だって? 

無茶なやつじゃなければいいけど。


「貴方が本当にラッセル・バウマンの弟子かどうか証明して見せて」

「それならそこに推薦状が――」

「そんなのいらないわよ。どうせパパの字なんて判読不可能なんだから」


 確かに痺れヒルがのたくったような字だけどさ……。


「じゃあどうするんだよ?」

「私と勝負しなさい。魔法でも格闘でもなんでもいいわ。貴方が私に勝てたら森の小屋を好きに使っていいから」

「でもなんで勝負なんて?」

「パパの弟子の実力を見たいのよ!」


 そういうことか。

戦闘はあまり得意じゃないから、できることならやりたくない。

でも、贅沢を言える立場じゃないことも心得ている。


「わかったよ。そのかわり約束は守ってね」

「ライアット伯爵家の女に二言はないわ。私の名前はアネット・ライアット。表に出なさい」


 この子は母方の姓を名乗っているんだな。

やれやれ、ようやく入学を認められたと思ったら、今度は美少女と決闘か。

でもこれに勝たなければ住むところがないんだ。

なんとしてもこの試練を切り抜けなくては。


 僕とアネットは闘技場というところへやってきた。

学院長は「あとはお任せします」と言ったきりで、自分は関わらないという態度を鮮明に押し出してきた。

入学を認めたのだから、住むところは自分で何とかしろということのようだ。


広い円形の闘技場で僕とアネットは外に出て対峙たいじする。

攻撃魔法については不安が残るけど、負けるわけにはいかない。

野宿は困るのだ。


「覚悟はいいわね。どこからでもかかってらっしゃい!」


 アネットは自信があるようでその場で腕組みをして僕を見据みすえている。

大きな胸が持ち上がり、こちらに向かって存在を強調してきた。

この子、大きい……。

いやいや、見とれている場合じゃないぞ。

実力を示さなくてはならないんだ。

僕は胸を極力見ないよう、アネットの顔だけを見つめて考えた。

いきなりかかってきなさい、とか言われても困るのである。


「ラッセルの弟子だということを証明すればいんだよね?」

「そうよ。だからなに?」

「それはどうやったらいいの?」

「やっぱり魔法勝負しかないんじゃない?」


 魔法勝負といっても色々あるだろう。

決闘という方法もあれば、技術や、魔法展開を競うというやり方もある。

だけどここは自分に有利な展開でことを進めたい。

それに師匠のお子さん、しかも綺麗な女の子相手に攻撃魔法を放つのはいやだ。

となると、あれしかないか。

僕は自分の特性を活かせる方法で魔法勝負をすることに決めた。

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