第2話 カンタベルの奇跡

 王都カンタベルは大都会だった。

山育ちの僕が見たこともないほど、人も物もてんこ盛りだ。

カンタベル中央学院はそんな大都会の郊外にあった。


 訪れた魔法学院は予想よりもはるかに立派で、僕は不安に押しつぶされそうになっている。

建物なんか宮殿みたいに立派なんだよ。

これが国王の住む城だと言われても、僕は素直に信じただろう。

それはそうか。

ここは王族さへも学ぶ、国一番の教育機関なんだから。


 本当にこんなところに入学できるのか? 

ラッセルの推薦状があっても怪しいものだ。

だって、昨晩推薦状の中身を確かめたのだけど、ひどい内容だったんだもん……。



カールマルケへ

 よう! 俺だ、ラッセル・バウマンだ。俺の弟子を学院へ入学させてくれ。俺ほどじゃないが才能は保証する。基礎の方は叩きこんであるからそのつもりで学ばせるといいだろう。特待生ってことで頼むわ。よろぴく!



 三行もないような短い手紙。

一般的な推薦状ってこんな感じなの? 

守衛さんに推薦状を託して門外で待っているのだけど大丈夫だろうか? 

何の反応もないまま日が暮れてしまう予感でいっぱいだよ。

ところが――。


「ロウリー・アスターさん。ロウリー・アスターさんはいませんか?」


 学院の中から現れた中年女性に声をかけられた。


「ロウリー・アスターは僕です!」


 女の人はじろりと僕を睨んだ後、予想外の言葉を発した。


「学院長がお会いになります。私についてきてください」


 学院長が会ってくれる? 

あの推薦状で? 

奇跡だ! 

奇跡が起きたんだ!! 

ごめんラッセル。

僕は絶対に無理だと絶望しかけていたよ。


 こうして僕はカンタベル中央学院の門をくぐった。



 通された学院長室はこれまで見たこともないくらい立派な部屋だった。

天井は見上げるほど高いし、調度も高級品ばかりだ。

壁にはキラキラ輝く石の標本や、よくわからない魔道具の数々が並んでいる。


 そして学院長は品の良い中年紳士だった。

細身で手入れされた口ひげをたくわえている。

知的な顔をしており、いかにも学者っぽい人だった。

詐欺師さぎしっぽいラッセルとは大違いだ。


そして、学院長の横には僕と同い年くらいの女の子がいた。

ただの女の子じゃない。

絶世の美少女と言っても言い過ぎじゃないだろう。

これまでの人生で見たこともないくらい可愛くて、まるで天使のようだ。

スタイルも抜群である。

年齢は僕と同じくらいかな。

髪は金髪で肩甲骨のあたりまでの長さ。

学院の制服を着ているところを見ると、ここの生徒なのだろう。



「君がロウリー・アスター君かね?」


 学院長は確認するように僕を見ている。


「はい。お初にお目にかかります、ロウリー・アスターです」


 失礼にならないように丁寧にあいさつすした。

僕の今後はこの人の判断にかかっているのだ。


「ふむ、推薦状は読んだよ。君はバウマン様の弟子なんだってね」


 バウマン様? 

カンタベル中央学院の学院長って、確かそうとう地位が高いはずなんだけど、ラッセルを様付けで呼ぶの?


「はい、ラッセルには……バウマン師には魔法の基礎を二年間にわたって学びました」


 僕、バウマン師とか言っちゃってるよ。

そんな呼び方なんてしたことないんだけどなあ。


「ふーむ……」


 学院長は小さくうめいた後、しばらく口をつぐんでしまった。

なんだか雲行きが怪しいぞ。


「あの、やはり僕の入学は認められませんか?」

「いや、そうではない。前宮廷魔術師長であるバウマン様が認めた人材だ。本当に君に能力があるのなら特待生で入学だってかまわんのだよ。ただね、私としても君の能力を見極めなくてはならないのだ」


 それはそうだよね。

どこの馬の骨ともわからない少年がいきなり特待生になれるほど世の中は甘くない。

しかし、あのラッセルが宮廷魔術師長だったとは驚いた。

よくやっていられたな。

朝だってまともに起きられなかった人だぞ。

宮仕みやづかえができたとはとても思えない。


「本来は入学試験で資質を見極めるところなのだが、本年度の試験は終わっているからなぁ……」


 追試でも受けさせてくれないかな? 

魔法学の基礎や一般教養ならちゃんと勉強したぞ。

実技もペーパーも必死で合格する意気込みはある。

さあ、どうなる……。


「……わかりました。入学を認めましょう」

「えっ?」

「だから入学を認めます」


 そんなにあっさり? 

なんか拍子抜けしちゃった……。


「あの、テストは?」

「本当は君の実力を確かめなければならないのですが、今は時間がありません。始業式は明後日なのです。それに君の入学を認めないと、後でバウマン様にどんな仕返しをされ……お叱りをうけるかわかりませんからね……」


 ラッセルはいろんなところで自由気ままにやってきたんだな。


「なんか、もうしわけありません」

「いえいえ、それはまあいいでしょう。ただ、問題がもう一つあります。君はこの中央学院が全寮制だということを知っていますか?」


 それなら有名な話だ。

カンタベル中央学院には四つの寄宿寮があり、それぞれがしのぎをけずっているらしい。

たしかグノーム、ウンディーネ、ヴルカン、シルフィーの四つだったはずだ。


「存じております。それがどうかしましたか?」

「空きがないのですよ。今年は新入生が多くてグノームもヴルカンもいっぱいになってしまいました。ウンディーネとシルフィーに部屋はありますが、あそこは女子寮です」

「はあ……。いざとなれば使用人部屋でも構いませんが」


 どうせ山奥の掘っ立て小屋に住んでいたのだ。

それくらいならいくらでも我慢できる。


「いやいや、学生を使用人部屋に住まわせるわけにはいきません」

「あっ、そうだ!」


 ふいに僕はラッセルの言葉を思い出した。


「どうしましたか?」

「あの、ラッセルが……バウマン師に聞いたのですが、学院の敷地内に師の土地と小屋があるそうですが本当ですか?」


 学院長は少しだけ首をかしげてから思い出したように手を打った。


「ああ! ありましたね。確かローレライの森の中です。ただ、あそこはバウマン様の手によって封印されていて誰も入れないのですよ」

「封印の解き方なら教わってきました。もしよろしければ、僕にそこを使わせてはもらえませんか?」


 このままじゃ、学院生活もままならなくなるから僕だって必死だ。

何とかラッセルの小屋に住む許可を得なくては。


「そうですねえ……。それしかないような気もします。わかりました、君がバウマン様の小屋に住むことを特別に認めましょう。さもないと……」

「さもないと?」

「私、学生時代にバウマン先輩と決闘して負けているんです。罰ゲームで1週間ネズミに姿を変えられました……」


 うわあ……。


「かけられた呪いを解除しようにもバウマン様の魔法は強烈過ぎました。当時の教官たちが何をしても私の姿は元に戻りませんでしたから」

「すごいですね……」

「あれから猫とバウマン様には逆らえない体質なんです。そんなわけで君がバウマン様の小屋に住むことを例外的に認めます」

「ありがとうございます!」


 ところがだ、ここで思いがけない横やりが入った。

さっきからずっと学園長の横にいた女の子が不意に口を開いたのだ。

「ダメよ。ローレライの森の所有者は私なんですから」

 え、いきなりどういうこと? この子はいったい……。


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