『塔の主人』に恋してる! ~魔法学院最強の特待生は、ラブコメしながら世界の秘境を見に行きます

長野文三郎

第1話 魔法学院へ入学しろ!

 二年間の魔法修行の末に、師匠は言った。


「ロウリー、お前はここを出ていけ」


 師匠はいつだって思いつきでものを言う。

実際は高名な魔法使いらしい。

けれども、この山奥の小屋に引きこもり、怪しげな研究に明け暮れる変人である。

四大魔法だけじゃなく、光と闇、精霊魔法に神聖魔法まで使いこなせる大魔法使いであることは認めよう。

だけど、炊事洗濯すいじせんたくなどの生活能力は壊滅的かいめつてき

底なしのスケベ。

それが師ラッセル・バウマンという人だった。


「ロウリーは今月18歳になるんだよな?」

「16歳だよ、しかも三か月後に……」


 弟子の誕生日を憶えているような人ではない。


「そうだったか? まあいい。お前の修行も一段落した。だから学校へ行ってこい」

「学校?」

「王都にあるカンタベル中央学院って知ってるか?」

「もちろん知っているよ。国の有力者子弟を集めたエリート魔法学校のことだろう?」

「それだ、そこに入学しろ」


 ラッセルはこともなげに言った。


「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなりそんなの無理だよ。あそこの生徒は小さいころから英才教育を受けた魔法エリートだろう? 僕がやっていけるわけないじゃないか」


 慌てる僕をラッセルはなだめた。


「おいおい、情けないことをいうなよ。お前は俺のなんだ?」

「え~……、弟子であり家政夫かせいふ?」


「その通り。しかも大賢者ラッセル・バウマンの養い児やしないごでもあるんだぞ」


ラッセルは魔法の師匠であると同時に命の恩人でもある。

薬師だった両親と薬草を採りに来たところを魔物に襲われた。

両親は僕の目の前で殺されている。

僕だって同じ目に遭いそうだったけど、そこを助けてくれたのがラッセルだ。

命を助けるだけじゃなくて、身寄りのなかった僕を引き取って魔法の知識を授けてくれた。

僕にとっては第二の父であり師匠ともいえる人だ。


「でもさあ、入学試験とかどうするんだよ? たしか試験を受けて、いい成績をとらなきゃ入学の許可は下りないんだろう?」

「それも心配するな。ここに推薦状を用意した。こいつを持っていけば入学させてくれるさ」


 手渡されたのはくしゃくしゃの封筒だ。

ぼろい……、ぼろすぎるけど大丈夫なのか?


「あそこの学園長は俺の知り合いだから、きっちり裏口入学させてくれるはずだ」


裏口って言っちゃったよ、この人……。


「でも、学費はどうするの? とんでもなく高いって聞いたよ。まさかラッセルが出してくれるの?」

「俺だって金はない。だが心配するな。特待生枠で入れてもらうから」


裏口のくせに特待生? 

どんだけ図々ずうずうしいんだ……。


「お前は防御魔法のスペシャリストに育った。これ以上俺が教えることはない!」

「いや、攻撃魔法も教えてよ」


 ラッセルはひたすら僕に防御魔法だけを修行させたんだ。


「やだよ、めんどくさい。それに、そんなものはもう必要ねーよ。お前はじゅうぶんに強いんだからな。これからはさらに強くなる」

「そうなの?」

「人には向き不向きってもんがあるんだよ。お前は防御からはじめるべきだったんだ」


 山奥に二人だけで住んでいるせいで比較対象が師匠しかいないんだよね。

ラッセルと比べると僕はまだまだのような気がするんだけど……。


「防御に特化した修行のおかげで『塔の主人タワーマスター』なんていう御大層な能力が覚醒しただろう? そんなの、文献のどこを探したってないんだぞ。オートシールドを使える奴なんざ、世界でも数人だぞ」


 『塔の主人』というのは僕に備わった特殊能力だ。

ラッセルとの修行中に魔力が暴走して偶然に覚醒しただけだから、詳しいことはわかっていない。

今のところオートシールドという技が使えるようになっただけである……。


 不意にラッセルがしんみりとした顔つきになった。


「まあ、ロウリーと別れるのは俺も寂しいさ。はっきり言って、別れた妻よりお前といる方がよっぽど楽しかった」

「ラッセルって結婚してたの!?」


 二年も一緒に暮らしていたのに初耳だよ。

こんな偏屈男がよく結婚なんてできたものだ。


「政略結婚だったんだよ。エルミナは伯爵家の令嬢らしくとんでもなくわがままな女でな……って、こんな話はどうでもいいか」


 突然のことで頭が追い付いてこないけど、僕も寂しい気持ちになってくる。


「僕がいなくて生活は大丈夫? ラッセルは料理も洗濯も掃除もできないけど」

「俺のことは心配するな。俺も旅に出る」

「え、どういうこと?」

「実は、ついに触手魔法の習得に成功したんだ」


 はあ? この人は何を言っているんだ?


「触手魔法!?」

「人工細胞を増殖させて、ウネウネする触手を生やすという魔法だ。分泌液でスムースタッチ。とりあえずプロのお姉さんで修行させてもらって、ゆくゆくは万人を昇天させるというのが俺の遠大なる計画なんだな」


 あ、あほすぎる。

そんな気持ちの悪いものを見せたら、誰だって逃げ出すだろうに……。


「というわけで、これからはちょいとただれた生活ってやつになる。お前に見せられるような代物じゃないだろう? だからお前はついてくんな」


 つまりなんですか? 

めくるめくエッチな旅をするから来ちゃダメってこと? 

それで魔法学校に? 

こいつは……。


「ちょうど潮時ってやつが来たのさ。ロウリーも人生ってやつを楽しんで来いよ。学園には可愛い女の子もいっぱいいるぞ」


 そりゃあ僕だって年頃だから、彼女の一人も欲しいけど……。


「そうそう、学園の隅に俺の土地と小屋があるんだ。封印解除の方法を教えるからそこをお前の秘密基地にしちまえ。きっと楽しいぞ。好きに改造していいからな」

「何でラッセルが学園の敷地に土地を持っているの?」

「ん? なんでだったかな? なんかのご褒美にもらった気がするけど大昔のことで忘れちまった!」


 ひょっとしたら小屋なんてもう残っていないかもしれないな……。

話半分に聞いておこう。


 とにもかくにも、こうして僕はカンタベル中央学院に入学することになった。

いや、本当に入学できるのか? 

行ってみなけりゃわからない……。

でもさ、いつまでもラッセルの世話になるわけにもいかないもんね。

それに、自分に何ができて、どういう大人になりえるのかを知りたくもある。

僕にとってどんな未来がそこにあるのかを探したい。

そんな風に考えたら学院に行くのも少し楽しみになってきた。

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